#30
この場にいる全員が、今スピーカーから流れている音に衝撃を受けていた。
奏に少し贔屓目がある楽と龍之介は勿論、身内にも厳しいことで有名なストイックの塊、九条天もこれは驚きを隠せないようだった。
「これ、キミが作ったの?」
「はい」
既に新曲のデモ音源は出ていたけれど、そこからは考えられないほど完成されている音源に、思わず問う。
少しばかり失礼だったかもしれないが、天は彼女の事をプロの作曲家とは到底思えず、ピアノは弾けるのである程度の所まで作ってから他の人間に任せるのかと思っていたのだ。
……確かに社長が無駄にプッシュするのもわかる気がする。
「八乙女社長がまさか私のあのデモ音源の出だしだけで、あんな素敵なPVを作ってるとは思わず」
まだあのデモ音源は正直な所社長に実力を測ってもらうための所謂(イワユル)、試作品とほぼ変わらない物であった。
もちろん、彼等の仕事を着いていた時の彼等のイメージに合うように作ってはあるけれど、自分のイメージと他者のイメージが合致するとは限らない。
(だからPCのメールにちゃんとデモ音源と一緒に「こんな感じのイメージで良いでしょうか?」って送っておいたのに……八乙女社長め)
謀りおったな。
「でも、あんな完成途中の物をあれだけ素敵にしてくれた3人に、もっと素敵な物をお渡ししたいと思いまして。レベルアップ、させてきました」
親指を立ててサムズアップする彼女を、天は細めた瞳で見据えた。
正直十六夜の姓を持っているだけの一般人かと思っていたけれど、彼女は確実に自分が求めていた音を完璧に作り込んできた事に驚きを隠せなかった。
(……認めざるを得ない、か)
ふぅ、と息を吐く。
そうしてから、彼女に手を差し出した。気恥ずかしいので顔は見ずに。
「……おめでとう」
けれど、彼女は頭の上にクエスチョンマークをいくつも浮かべるだけで、首を傾げる。
「??」
「ちょっと。鈍すぎない?」
「えっ、ごめんなさい、私まだ天さんマスターになれてなくて……」
「なにその天さんマスターって」
そっちの方が意味分かんないでしょ。
「……キミも、TRIGGERの仲間入りって事」
微かに頬を赤らめながら、観念して思っていた事を口に出す。ほんとのほんとに恥ずかしいのだからわざわざ口に出させないで欲しい。
「!!て、天さん!!
ありがとうございます!!!!」
──むぎゅっ。
突然花のような香りが鼻をくすぐったかと思えば、なにやら柔らかな感触も下腹部に感じて、天は飛び退きたかったが思ったよりホールドされていた。
そう、奏は嬉しさのあまり天に飛び付いていたのだ。普段はファンとして畏れ多いと思い、そんな事しないはずなのだが、
「ちょ!?やめてくれる!?」
「お、おい、奏!?」
「奏ちゃん……!?」
他人が自分を認めてくれる。それがどんなに難しい事なのかが分かっているからこそ、本当に嬉しかったのだ。
彼等が魅力的で、その魅力をもっともっと見たい。その自分勝手も同然な感情に任せて曲を打ち込み、それを彼等に聞いて貰った時、どんな反応をされるのか、正直不安だった。
自分としては最高傑作だった。
けれど、それを認めてくれるかは別。それどころか自分達とは全然合わないと全てを否定される可能性も無いわけではない。
だからこそ、認めてくれた時、安心しすぎて思わず大胆な行動に走ってしまった。
本人は、安堵の感情に支配され、天に抱き着いてる事すら自覚がないらしい。
力が抜けたように天に抱きつく奏。奏に抱き着かれながらもがき続ける天。あわあわとなぜか2人の周りを犬のようにくるくる回る龍之介。ショックで放心状態で立ち尽くす楽。
更にここに姉鷺マネージャーがもし入ってきたら完全にカオスな事になるであろう図だった。
「ちょっと、どうすればいいのさ、これ」
やはり素直になんてなるべきではないと誓う天であった。
夢はみないで、前をむきなさい
(もやもやなんて)
(どっか行っちゃった)