パズルガール | ナノ
 #29

『なんだか、久しぶりに自分にも夢があったこと、思い出しちゃった』

 あはは、と力なく笑う幼馴染は明らかに元気が無かった。いつもは無駄に元気な声で電話してきてこちらの耳を潰しにかかる勢いだというのに。
 ばればれだが、一応彼女なりに隠してるつもりのようだけれど、それが逆に心配になるのが分からないのだろうか。

「.......12時」
『んぇ?』
「駅前の大型ビジョン」
『お、おん。分かった』

──プツ。
 返事があったことを確認し、通話を切った。
 もちろんいつもはおやすみと言うけれど、今日はやめておこう。弱っている時の彼女の声は、耳に毒だ。

──ピロン。

 明日ももちろん過密スケジュールの人気アイドルが寝ようとしたところでラビチャがくる。相手はもちろん奏。
(あいつ……なに、を!?!?)

『ちなみに今日のパジャマおニューなの』
 という文面に、女の子座りでぺたんと座って、自分の姿を頑張って写したであろう写メ。なぜか上から撮ってる為、当然だが、上目遣い。
 ズボンならまだいい。しかし、彼女のおニューパジャマはいわゆるネグリジェ。足も、腕も、なんだったら、胸元もちらりしてる訳である。

(ばっ、かやろう!!!!!!)

 顔から蒸気が出んばかりに熱を発する楽は幼馴染を悶々とさせるつもりが、させられてしまったのであった。
 彼も健全な22歳である。夜中にそんな写メを送られてきてしまったらそういう事になってしまう。なりたくなくとも、なってしまう。

(くっそ、覚えてろよ!?!?)

 謎に捨て台詞を心の中で吐き、寝不足覚悟で悶々とした気持ちを少しでも和らげるのであった。ナニをしたかは聞かないでやって欲しい。





「えっ、と駅前の大型ビジョン……と」

 さほど離れていない駅前の大型ビジョンの前で、足を止めた。今は特に何の変哲もなく、新アニメの告知がされている。女児アニメのようだが、どこかマジカルここなに似ていて、ナギを思い浮かべてしまう。

「うん、12時の5分前」

 スマホの画面を開き、1人呟く。

 これから何が起こるかまだ分からないけれど、期待に胸が踊ってしまう。そわそわと落ち着かず、無意味に辺りをきょろきょろと見渡してしまう。
 大型ビジョンの前にぼうっと立ち尽くしてるのは当然自分だけで、周りの人々は一様に忙しなく奏の横をすり抜けていく。


 けれど、時計の針が上を向く頃。その様子は打ってかわる。


 ほんの少しの短い音楽が流れ始めた。それだけなら何の変哲もない事なのだが、その音に人々はひたすらに動かしていた両手足を止め、真っ暗な大型ビジョンを仰ぎみた。
 そう、真っ暗なのだ。その見た事のない演出に、周りがざわつく。

 瞬間。そのざわつきがぴたりと止む位の美声が耳に飛び込んでくる。


──……凍える雪を。

──……熱く溶かして。

──……TRIGGER。


 辺りの黄色い歓声が耳を劈くのも気にならないくらいには、奏も観客の1人として魅了されていた。
 そして右手は自然とスマホを握り、着信履歴を指でなぞっていた。

「……かっこいいです」

 ほとんどコール音を挟まずに、繋がったので間髪を入れずに感想を述べる。
 すると通話相手はぷっと小さく吹き出したかと思えば、先程の声に負けない位の美声で『だろ?』と笑うのだった。

──瞬間、奏は意識が覚醒するように頭の中が色々な音で溢れた。

「きょ、今日!三人揃う時、ある!?」

 先程の呆然としたように感想を述べた時とは裏腹に、急に興奮したように言うと少しの空白の後に通話相手はまるで彼女の唐突な言動に慣れているかのように驚く事なく答えた。







「お疲れ様です!!!!」

 バン!!
 勢いよく扉を開き、けたたましい音をたてる人間に3人のイケメンが同時にそちらに目を見張る。

「奏」「奏ちゃん」「十六夜さん」

 3人が同時に彼女の名前を呼ぶ。
 幼馴染から来る事を聞かされてはいたものの、予想外なまでの勢いのある登場に全員目を瞬かせる。

 呼ばれた当本人はというと、全力疾走してきた事が窺える程に息切れをしており、顔から湯気が出ていた。
 あわわわと、みんなのお兄さん十龍之介はその様子を見てどうしようどうしようと挙動不審になるし、ストイックボーイ九条天はまるでドン引きしてるかのように苦虫を噛み潰したような表情をしているし、幼馴染みの八乙女楽は予想はしていたのかやれやれといった笑みを浮かべていた。

 そんなTRIGGERをよそに、十六夜奏は息を整えてから、抱き締めていたノートパソコンを突き出し、

「これ、聴いてもらって良いですか!?」

 3人にキラキラと輝く瞳と、極上の笑みを向けるのであった。



衝動の走り書き
(彼等の輝きを、)
(私はもっと見たい!)
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