パズルガール | ナノ
 #28

 結局ラーメンを食べる事に夢中になり、社長に頭を下げる方法を考える暇もなく。ラーメン屋からの帰り道、一同は少し暗い面持ちで歩みを進めていた。

「社長、許してくれっかな……」
「結構怒ってたからなぁ……」
「シャチョーさん、歌を大事にしてくれています。今のワタシたち、歌を歌う資格がない。そう思って、解散と言ったのでしょう」

 三月と大和の言葉に、ナギは皆の胸をずんっと重くする言葉を口にする。きっと紡や奏ではなく、歌ってきた彼等が1番解散の理由になんとなく覚えがあるのだろう。

「IDOLiSH7の曲.......」
「あの曲の作り手も、結局、謎のままですね.......」

 いつもは笑顔で眉根を寄せない陸が、いつも眉根を寄せている一織の隣で眉根を寄せる。

「..............」

 突然、ナギがピタリと足を止める。
 驚いた全員がナギを反射的に見つめる。その顔は真剣な顔をしていて、いつも「ここなここな」とアニメのキャラに愛を注いでいるから忘れていたが、その整った顔は眩しいくらいだった。

「どうしたんだ、ナギくん?」
「今までだまってましたが、ある秘密をお話します」
「秘密.......?」
「ワタシ.......」

 ナギはその美しい柳眉を寄せ、若干の躊躇いを見せてから俯いていたその顔を上げた。

「ワタシたちの歌の、作曲家知ってます」

 その予想外の言葉に、眉根を寄せていた顔が一瞬で鳩が豆鉄砲を食らった顔にならざるを得なかった。

「そうなのか!?いつ社長に教えてもらったんだ?」
「教えてもらっていません」
「教えてもらって、ない.......?」

 大和の問いに首を振るものだから、まさか、と奏はナギの言ったことを反復して口から零す。

「IDOLiSH7の曲、小鳥遊事務所に内緒で送ったの、ワタシです」
「ナギさんが!?」
「すげーな!ナギっちが作曲したのか!」

 素直に驚く紡と環に、ナギは首を振った。
 そして自分ではなく知り合い、年上の友人が作ったと説明した。彼はずっと、ある人のために曲を作っていたという。
 けれどある日、その人はいなくなってしまった、という。友人がいなくなってしまった事を思い出すかのように、ナギは夜空を切なげに見つめた。

 その綺麗な碧眼には夜に瞬く星々が映し出され、まるで異国の王子のようで奏は彼の姿に惹き込まれてしまった。

「友人は、曲を作りながらその人を探し続けて、ワタシの国にやってきました。友人の名前は、サクラハルキ」

 ナギは静かに、けれどはっきりと口にした。

「サ、クラ、ハルキ.......」

 その作曲家を、奏は知っていた。

「桜春樹って、まさか.......」
「イエス」

 そして三月も、当然知っていた。
 そう、なぜなら彼は──

「ゼロの歌う曲を作っていた人です」
「.......ゼロの.......!?」
「では、私たちはずっと、ゼロの作曲家の歌を歌っていたんですか!?」
「わ、私なんて更にその曲に歌詞を付けてたんですか.......??」
「すげー.......」

 全員が驚く中、一人だけ驚きを超えて絶望したように顔を真っ青にして頭をぐらぐらと揺らしていた。
 あの、ゼロと同じくらいに知名度が爆発的に広まった、天才と称されていた『桜春樹』の曲に、自分が、歌詞を。

 確かに何度も何度も聞く中で、似ていると思っていた。けれど、まさかほんとにそうだなんて思わないじゃないか……。

 作詞家が頭を抱えてうんうん唸っている中でも、ナギの話は続く。
 桜春樹はナギにたくさん曲を聴かせてくれたそうだけれど、病気になってしまったという。病気を治して欲しかったナギだが、そのナギに迷惑をかけてしまうからと、手紙と曲を残して桜春樹はいなくなってしまったという。

「手紙には、この曲を大切に歌ってくれる人に渡して欲しいと、書いてありました。ハルキ、日本人です。ゼロみたいな日本のアイドルに、歌って欲しいと思いました。だけど、ゼロみたいなアイドル、日本にいませんでした」

 だから、桜春樹が褒めていたという社長.......小鳥遊社長に黙って曲を送ったのだという。
 普通ならば、黙って送られてきた音源など怪しくて使わないだろうが、さすが社長。きっと桜春樹と思わしき人物が書いた曲だと見越して使ったのであろう。

「お父さんを褒めていた.......?」
「人と歌を大切にするって。贈った後で、シャチョーさんの顔見たくなって、日本来ました。そしたら、いきなりシャチョーさんにスカウトされました」
「あはは、小鳥遊社長ならやりそう.......」
「ボスのスカウト、すげーいきなりだったもんな」

 奏は自分で突撃訪問したので、スカウトはされていないけれど、確かにあのにこやかな笑顔を向けながら上手く相手の懐に入っていくようなスカウトをしそうだと苦笑した。

「なんとなく、運命を感じました。それで、シャチョーさんの誘いを受けて、アイドルになったんです」
「じゃあ.......。社長もまだ知らないのか。ナギくんが曲を贈ったって.......」
「イエス。ですが、ハルキの歌ということは、気づいているかもしれません。ハルキの歌、ちゃんと大事に歌うこと.......。精一杯、シャチョーさんに伝えたら、許してくれます、きっと.......」
「そうだな.......」
「許さない言ったら、返して言います」
「ふふ、ナギさん、それは横暴です」
「感動してるところに、水差すなよ.......!」

 真面目な顔で両手を出すナギに、三月はがっくしとうなだれる。せっかくその整った顔に相応しい真面目な顔をして、良識的な事を言っていて感心したというのに。
 けれどそこがまた、ナギらしくて奏はにっこりと微笑んだ。するとナギがそれに気付き、彼もまたにっこりと微笑み返してくれた。うっ、眩しい。そう思ったのは奏だけれど、微笑み合っていた2人を偶然目にした三月の方が眩しくて目がやられるかと思った。ちくしょう。2人とも顔が良い。

「.......謝って、許してもらおう。新人賞にノミネートされたことを喜べなかったことも.......」
「喜びのリアクションの練習しとく?」

陸の言葉に環はバッと両手を上に突き上げ、バンザイをしてみせる。隣にいた壮五がその腕にびっくりした後、苦笑した。

「そういうことを怒ってるんじゃないと思いますけど.......」





 みんなが謝りに行くと、社長はみんなを、IDOLiSH7の原点に連れていった。昔、彼らが路上ライブをしていたところだ。

「上手だね。CDもらうよ」
「はい、ありがとうございます!」
「応援してるよ。頑張って。握手してくれる?」
「はっ、はい.......」
「ありがとう」

 彼らは緊張したようにぎこちなく握手し、社長が離れた後その緊張はそのままで、口を綻ばせた。

「.......握手してくださいって.......。応援してるだって.......」
「.......なんか、新鮮な反応.......」

 初めて言われたのか、心底嬉しそうに顔を合わせ体を震わせた。その横顔には頑張ろうという気力、勇気、高揚が見てとれた。

「..............」
「ここには、まだ夢に届かない昔の君たちがたくさんいる。彼らが死ぬほど憧れてる、素晴らしい舞台に、君たちは立ってるんだ」

 社長の静かに言った、すごく重い言葉を、7人は受け止めながら、昔の自分達を彼らを通して見つめた。
「.......」そしてもう1人。奏も、社長の言葉を聞き、夢の道を駆け出したばかりの彼らをどうしてか、儚げにみつめた。

「それがどんなに光栄で、どんなにありがたいことなのか、忘れちゃだめだよ」
「.......はい.......」
「昔の君たちのことを.......。昔の君たちが描いていた夢を、もっと、大切にしてあげなさい」

 2000人入る所を、たった9人しか入らなかった時があった。その時は7人全員が同じ物を目指し、同じ物を思い描き、次は絶対と誓っていた。
 前に進めていた。

「もっともっと、その夢に届いた自分を、誉めてあげなさい」

 何もせずに、その夢に届いた訳ではない。
 一歩一歩、少しずつ少しずつ、努力して辿り着いた道。そんな自分達が、恥であるはずがない。

「もう一度伝えるよ。君たちは新人賞候補になった。今の気持ちは?七瀬くん」
「嬉しいです.......」
「二階堂くん」
「嬉しい.......。すごいことしたなって思います」

 センターの陸、リーダーの大和は前回伝えられた時とは違い、素直に嬉しいと口にする。最初に抱いてた感情を、少しずつ思い出してゆく。

「そうだよ!君たちはすごいことをしたんだ。汚い言葉や、悲しい誤解なんかじゃ吹き飛ばないくらい、すごいことをやりとげてるんだよ」
「.......社長.......」
「僕は君たちを誇りに思う」
「.......っ、.......はい.......」
「君たちも誇りに思って」
「.......うす」

 壮五、三月、環も、今になって感動が込み上げてきたのか少し涙目になる(特に三月)。
 最初に聞いた時も、全く嬉しくなかった訳じゃあない。複雑な気持ちが混じってしまっただけで。少しだけ、遅いけれど。嬉しいと、心の中で叫んだ。

「数ヶ月前の君たちが、ずっとずっと、頑張ってきたことを疑わなくていいんだ」
「.......YES」
「おめでとう。僕から贈る言葉はそれだけだ」
「お父さん.......」

 紡の父だけれど、その見守るような優しい微笑みは、まるでIDOLiSH7全員の父親のようだった。

「あの.......。IDOLiSH7のみなさんですよね.......?」
「あ.......、えっと.......。はい、そうです」
「嬉しい!いつも応援しています!JIMAの新人賞にノミネートされたって聞きました!おめでとうございます!」
「.......はい!ありがとうございます.......!」
「頑張って、新人賞とって、ブラックホワイトも出場してくださいね!年末は、きっとたくさんテレビに出ると思って、ハードディスク新しくしたんです!IDOLiSH7の活躍、いっぱいいっぱい、録画しますから.......!」
「あはは!ありがと!精一杯頑張るよ!」
「せっかくのハードディスクが、もったないもんな」
「美しいあなたのために、JIMAの新人賞、手にします」
「そんで、年末のブラックホワイトで、TRIGGER負かしてやんよ」
「これからも、僕たちを応援してください」
「嬉しいです。新人賞にノミネートされて.......、こうやって、応援して貰えて.......」

 IDOLiSH7全員で、応援してくれているファンの女の子の声援に応える。
 こうして応援してくれて、自分達を見てくれると言ってくれているのだ。しかも声のかけずらい所を、勇気を振り絞って緊張した声で話しかけてくれた。それだけでありがたい事だと、今はちゃんとわかる。

「.......IDOLiSH7で良かった。そう思ってます」
「.......っ、私の方こそ超ラッキーです!全員に遭遇できるなんてレアだもん!めっちゃハッピーです!今夜は眠れません!」
「あはは!オレたちも、めっちゃハッピーです!」

 幸せそうに笑ってくれた女の子に、負けないくらい幸せそうな笑顔で笑う陸。



 名前も知らない女の子の笑顔が、手渡してくれた思いに──
 みんなの背筋が、ぴんと伸びていく。誰も知らなかったIDOLiSH7が、こんなにまで、人に愛される存在になっていたこと。
 その喜びと責任を、みんなで噛み締めていた.......。


「夢、かぁ.......」




染色体から淀んでる
(思い出しちゃったんだ)
(昔思い描いていたもの)
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