#27
「おお……ついにこの中に……」
「大袈裟過ぎだろ」
まるでこれから秘密の軍団基地にでも乗り込むような緊迫感のある面持ちでたかがラーメン屋を見上げるので、三月はいの一番に突っ込む。
「外観だけはたくさん見てきたんだけどね、この中に入るのは生まれて初めてだもん。緊張もするよ」
「ほんとにねーんだ。カナってビンボー?」
「こら、環君!!失礼だろ!?し、しかも、カナ、って……!!」
「俺もだから安心していーよ」
「!」
勝手に赤面して慌てふためく壮五を押し退け、どこか嬉しそうに自分を指差す環。いきなりカナという愛称で呼んだ事もそうだが、もしかして彼は自分に対して、彼の妹を重ねて見ているのでは無いかと奏は思った。
誰かと重ねて見られるのは、あまり得意ではないけれど……彼の嬉しそうな顔を見たら、別に良いかななんて思った。
「っていうか、カナちゃん絶対貧乏じゃ無いでしょ」
「あ」
「えー、違うのか?」
黙っていようかと思ったのに、大和が冷静に突っ込んでしまう。
「……早く入りましょうよ」
「なんだよ一織。お腹減ったの?」
「違いますよ!いつまでもラーメン屋のど真ん前にいたら邪魔でしょう!」
「照れなくて良いのに」
「照れてませんよ!!」
一織と陸がなにやら可愛らしい言い争いをし始めたなぁ、と思わず笑ってしまう。うん、彼等はいつも通りだ。
「よし、いざラーメン屋へ!」
ガラリと引き戸を開ける。
開けた途端にラーメンの美味しい匂いが鼻をくすぐり、お腹が鳴き声をあげそうだった。
「らっしゃい!」
「ど、どうも!」
活気のある店主の声に反射的に答えるけれど、慣れないその雰囲気に戸惑っているのか、彼女の頬は僅かに赤らんでいた。
その分かりやすい位に緊張している姿に、周りが気付かないはずがなく。数名の人間は内心可愛いとすら思っていた。
「おっ、見ない顔だね!」
「へ!?あ、そ、ですね!?」
ガチガチに緊張してしまい、声を裏返す。
もちろん、店主を始め周りが気づかないわけがなく。店主は「はっはっは!」と高らかに笑い、後ろにいる8人はまるで我が子を見るような暖かい目で見ていた。
若干1名、大和という男は腹を抱えて大笑いするのを我慢していたが。
(くぅ……っ!大和さん……後で殴るっ!)
物凄く真っ赤な顔で大和を睨む奏。
たしかに殺意に満ちていたけれど、全く怖くはなく。むしろ、真っ赤な顔に目を潤ませるのは反則な程に子供のようで可愛らしかった。
おっと、と小さく焦った声をあげながら目を逸らす大和。ただ単に睨むよりか、そちらのほうが彼にはきいたようだ。
「嬢ちゃん!そう緊張せずに楽しくラーメンを食ってってくれや!」
「は、はい!そうさせて頂きます!」
なぜだか好印象を持ってくれたようで、嬉しそうに笑って座席の場所を示してくれた。
それは良かったが……やはり恥ずかしい。こんな所を幼馴染に見られなくて良かった(そもそも蕎麦屋の彼に、ラーメン屋に連れてってもらうというのは彼に対する冒涜にあたるので一緒には来ないけれど)。
「ちなみに私のここのおすすめは醤油です!」
「そうなんだ、じゃあそれにしようかなぁ」
「お兄さんもそれにしよ」
「大和さんもですか?お揃いですね!」
「ラーメンのお揃いって……」
奏の天然発言に苦笑いしながら、隣に座った大和が頬杖を突く。
そんな彼を不思議そうに眺める彼女は、紡と負けず劣らずな天然だと思う。見た目はしっかりしてそうで、実際仕事の時はしっかりと気持ちを引き締めているし、まさしく公私を分けているという感じだ。
ただの推定だが、仕事慣れしている。しかもただの仕事ではない。この業界の仕事≠、だ。
(なーんか、どっかで見た事あるんだよね)
気のせいだと思うけど……。と思いながら、紡と陸と一緒にここのメニューをみながら目を輝かせる彼女にちらりと視線を向ける。
すると、たまたま気付いた奏は目が合った瞬間にこりと笑いかけてくる。
「!」
「大和さんも食べたいですかぁ?この激辛ラーメン」
「……いや、お兄さんは遠慮しておこうかな」
さっき笑ったのがそんなに許せないのか、心なしか殺す気満々な気がする。
(天然かわざとかはわからないけど、彼女に喧嘩売るのは止めておこう……)
そんなこんなで、全員の元に順次ラーメンが渡り、温かくそして美味しそうな湯気が辺りに充満していた。
「わぁ、おいしそー……」
「うふふ、奏さんたらよだれが出そうですよ」
「ふへっ!?」
「食いしん坊かよ……」
「う、うるさいですー!」
じゅるりとよだれをすする彼女に、別のテーブルに座る三月が突っ込んでくる。
彼のつっこみ能力はとても買っているけれど、今は違う!突っ込んで頂きたくなかった!恥ずかしげにしながら、そんなことを思ったけれど、みんなが笑っているので良いということにしよう(いや、よくないけど)。
「さ!いただきますしましょ!」
「給食当番みてぇ……」
「お似合いですね」
「ちょっと!?環さんは百歩譲って、一織さんのその悪意のある同意はなんですか!?」
「別に、思った事をそのまま言ったまでです」
「う〜……!」
悔しそうに赤い顔をしかめる。
そんな彼女に伊織は密やかに思うのだった。(可愛い……)と。隣に座る兄は、彼の悪い癖にため息を吐くのであった。
「い、いただきます!」
『いただきまーす』
全員でラーメンをずぞぞぞと麺を啜る音が一斉に響き渡る。
「うめぇ!」「美味しい〜」そんな称賛の声が飛び交う中、ラーメン屋デビューを果たした彼女はというと。
──なぜか固まっていた。
全員彼女の反応が気になっていたので、ほとんどタイミングばっちりに彼女に視線を向ける。
けれど、予想していた反応とは大きく異なっていた為、みんなギョッとしてしまう。てっきり彼女はたまに見せるあのだらしない顔をして美味しいと言うかと思っていたのだ。
ところがどっこい。彼女は麺を啜ったらしい箸の跡はあるものの、その啜った後の状態で静止しているのだ。思わず周囲の人々で視線をまじ合わせたりし、戸惑いを隠せない。
あのおっちゃんも気になって視線を向けていたのか、側のアルバイトの子と顔を見合わせ困惑していた。
もしかしてお気に召さなかったのだろうか……?
そんな不安が過ぎる中、奏ははっとしたように目を見開き、静止状態から抜け出したようだ。
自分でも固まっていたのがびっくりしたのか、急にメンバー全員を見るようにキョロキョロと顔を動かした。
そして言った──
「むっっっちゃ美味しい……っ!」
──と。
それだけなら、紛らわしい!と突っ込みをすぐにいれるつもりだったが(主に三月が)、彼女は頬を紅潮させきらきらとした瞳で言ったのだ。
イントネーションが完全に関西弁だったのは何故なのかわからないが、この場の全員にとってその反応は彼女にとって本当の本当に美味しかったのが伝わり、連れてきて良かったと思わせるものであった。
その反応には思わず店主とアルバイトの子もにっこりである。
箸を止めていたのが嘘のように、奏はまたラーメンをがっつき始める物だから、自分達も負けてられないとばかりに全員ラーメンを勢い良く啜り始めた。
不思議なものだ。いつも自分達が当たり前のように食べていたラーメンを、初めて高級料理を食べた子供のような反応をされるとこちらまで嬉しくなるし、自分の食べているラーメンがもっと美味しく感じるようなきがした。
(これは冒涜になろうと、がっくんに食べてもらいたい……っ)
そんなことを思いながら黄金の麺を啜っていると、横からチャーシューが現れ自分のラーメンにそっと置かれた。
ん?と顔を上げると、大和が頬杖をついてまるで子供を見守る父親のような瞳でこちらを見ていた。
「お兄さんからのプレゼント」
「あ、ありがとうございます……って、私大和さんと同い年ですから!」
「ん?そうだっけ?まぁ、精神年齢的には俺が上、って事で」
「ちょ、それどういう意味ですか!!あ、頭を撫でないでくださいぃい!!私子供じゃない!」
まさしく妹にやるように、頭をよしよしと撫でられる。優しい手つきにちょっぴりどきっとするけれど、子供扱いされてるのが丸わかりなので振りほどく。
楽も時折そうなのだが、自分と同い年なのにどうして子供扱いするんだ。自分のどこが子供っぽいのだろうかと疑問に思う。
(……)
「どしたの、そーちゃん。暗い顔して」
「え、いや、別に……」
「チャーシューもーらい」
「な!こら、環くん!勝手に人のもの盗らないで!」
澄み渡る幸福感
(私の世界が、)
(また広がった)