パズルガール | ナノ
 #26

「奏さんってお仕事速いんですね……!」

 彼女は入社したその日に、もう仕事を始めた。
 それなのに、なんでも並の人間以上に上手にこなしてみせた。私は、初めて教える立場に立つのだと張り切っていたけれど、その張り切りはどうやら無駄だったみたいです。

「え、そうですか?」

 カタカタと鳴っていたキーボードの音がピタリと止む。謙遜をしているのかとも思ったけれど、どうやら本当に自覚が無かったのか自分が今までどれくらいの仕事をしたか思い返しているよう。

「あっ、そういえばこの書類って勝手に作って良かったんですかね!?すみません、言われてない事までしちゃって……」

 しまった、と呟きながら両目をぎゅっと瞑る奏さん。
 その仕草が可愛らしくて、ついくすりと笑ってしまう。隣の万理さんも穏やかに笑っているのが見えた。

「なんですか……!?
 なにかおかしかったでしょうか!?」

 正直言うと、最初見た印象はとても美人なのだけれど、どこか近寄りがたい所があった。見えない壁を感じる、というのだろうか。彼女が故意的にそうしているのでは無いだろうから、圧倒的なオーラを生まれながらに持ち合わせているのだと思う。
 けれど、実際はこんなに可愛らしい面があるのだと親近感が湧く。それと同時に、すごく嬉しくなりました。

「いえ、何でもないんですよ!」

 必死に手を振って否定する。
 でもにやけてしまった顔がなかなか引き締められなかったので、それに不満な顔をされてしまう。

「でも奏さんって本当に凄いですね……私も見習いたいです」

 私は仕事が遅いですし、ダンスの指導はおろか、作詞だって出来ません。一織さんを見ている時にも感じた僅かな劣等感に蝕まれる。劣等感なんて感じる自分に、嫌気が差す。

 今自分が暗い顔をしているなんて気が付かずに、下を向いていると私の頬に手が伸びてきた。

「そんな事ないですよ」

 優しく微笑むその顔は、どこかで見た事がありました。

「今でも充分、紡さんは私なんかよりも凄いですよ」

 その少し影のある表情が頭に引っかかった。
 どうしてそんなに切なそうな顔をするんですか?

 私の表情がまた曇ったのが分かってか、頬を撫でながら私を安心させるようにまた笑った。私は、奏さんに笑って欲しいと思っていたけれど、今みたいな無理しているような笑顔はして欲しくないと思ってしまった。
 分かってる。彼女にとってしてみたら私のこんな思いは迷惑にしかならないだろう。

「紡さんにしか出来ない事だってあるじゃないですか。あの演出、私凄いって思いますよ?」

 その優しい言葉に、涙が込み上げてくる。

「どうして、演出を私がやってるって……」
「あの演出が好きで、聞いたんですよ。そうしたら万理さんが自分の事のように嬉しそうに教えてくれました」

 万理さんのあの優しい笑顔が浮かぶ。
 それだけでも胸がいっぱいになるというのに、初めて他人から『あの演出が好き』と言われて浮かれてしまう私がいました。気を落とす私に対する社交辞令かな、なんて一瞬でも思ってしまう後ろ向きな自分がいる事に申し訳なさを感じる。

「それだけじゃないですよ。
 みんな、紡さんが好きなんですよ」

 充分凄い事でしょう?と目を細めながら優しく笑った。

 見たかった彼女の本当の笑顔が目の前に広がる。
 その笑顔が嘘を吐いていない事を如実に証明していて、私は本当に嬉しくなりました。

「自信を出してください」


***


(奏さんは知らないかもしれないですけど……あの時の言葉にどれだけ励まされたか……)

 紡はそっと奏の横顔を見つめた。
 今まで後ろ向きだった考え方が、少しでも前に向けるようになったのは間違い無く彼女の言葉あってこそだった。

──ありがとうございます。

 心の中で礼を述べる。いつか胸を張ってマネージメント出来るようになったら改めて言おう。

 彼女と言えば、なんだか少し遠い目をしながら向こうにいる陸と天を見つめていた。最初は、IDOLiSH7のセンターとTRIGGERのセンターが双子だと言う事を知ってなんとなく心配になっていたのだろうかと思ったけれど、どうやらそれだけじゃないみたいだった。
 なんというか、二人を誰かと重ねているような……。もちろん、気のせいかもしれないけれど。

「よろしく。
 IDOLiSH7の七瀬陸」
「…………。よろしくお願いします。
 TRIGGERの九条天さん」

 IDOLiSH7とTRIGGERのセンターが握手し合う。

「上出来」
「はは……」

 まだ照れ臭いけれど、これからはきっと『勝手に家を出ていった双子の兄』ではなく『TRIGGERのセンター、九条天』として向き合っていけそうな気がした。
 当然、陸の中から双子の兄である九条天……否、七瀬天が消えた訳では無いけれど。けれど、なんだかすっきりしたような気持ちがあった。

 どことなく天も清々しい顔をしながら、『弱々しくてずっと守らなければならない存在の双子の弟』ではなく『IDOLiSH7のセンター、七瀬陸』から背を向けた。

「バイバイ、陸。
 ……わっ。なにやってんの」
「通りかかったんだよ」
「はは。君を迎えに来たんだよ」

 いつのまにかTRIGGERの二人と、先程まで嫌という位顔を見ていた十六夜奏が何故かいた(ちなみに紡はすれ違いざまに陸の後を追っていった)。

「なんでキミまで……」
「天さん今良いお顔してましたよ!」

 写メ撮っておけば良かったです、と茶化す彼女にはとりあえず「うるさい」と一刀両断しておく。
「ふふ、照れてますね」本当に余計なお世話だ。
 仕舞いには無視して立ち去ろうかと考えていた時、楽が奏の背中を押して進行方向と反対の方に向かわせようとする。

「ちょ」
「お前はあっちだろ」

 耳元でボソリと呟かれる。
 驚いてすぐに顔をあげると、呆れたような顔をしていた。気付かないとでも思ったかなどと言っているような顔だった。

(……やっぱり、ばれるよね)

 幼馴染の無敵さをしみじみ噛み締めながら、嬉しくて頬を緩ませてしまう。

「……ありがとう」

 その幼馴染である楽は驚きに目を見開いた。彼女のそのはにかんだ表情は、過去にあまり見た事が無い物だったからだ。
 嬉しそうにIDOLiSH7に駆け寄っていく彼女の後ろ姿を見ながら、ほんの少しの虚無感を感じていた。

「……良かったの」
「いいんだよ。俺達がこれからやる事は決して楽しい事じゃないしな」
「そう?ボクは楽しみだよ」
「お前な……」
「え、なになに?」

 龍之介は二人の話に主語が無くて戸惑っているのか、去りゆく奏をちらちらと見ながら頭にクエスチョンマークを浮かべる。
 そんな龍之介に楽と天は顔を見合わせ、にっと笑った。
「龍ももちろん付き合えよ」「龍ももちろん付き合ってよね」
 二人で龍之介を挟み込み、歩き出す。なんだかよく分からないけれど、とりあえず分かるのは喧嘩ばかりの二人が前より増して仲良さそうで幸せだという事だった。


 奏は陸に一足遅くに駆け寄ると、七人と紡は少し驚いたように目を見開いた。
 これで本当の意味で全員集合したようだ。

「みんな……」

 陸はどうして他の皆がここにいるのかと驚いているようだった。まさか、他のメンバーは既に気付いていたとは夢にも思わなかった。

 色々重なってしまい、IDOLiSH7に溝が生まれていたけれど結局七人の考える事は同じで、それぞれ真剣に悩んだ事が分かる。
 なんだか微笑ましくて、こっそりほくそ笑む。その隣で、大和が少し罰が悪そうに眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げていた。

「……まあ、せっかく集まったんだし……。社長に頭を下げる方法でも、ラーメン屋で考えますか」
「はは……。賛成です!」
「おお!私ラーメン屋初めて!」
『ええ!?』

 奏がさらりと言った言葉に、他の八人は衝撃を受けたように彼女の方を向いた。

 いや、彼女は常人とはなんとなく違うなとは思っていたけれど、まさかこれほどとは。日本人のソウルフードであるラーメンを食べた事が無いというのか。
 スパゲッティやパスタの方が確かに彼女のイメージに合ってはいる。とはいえ自分達が当たり前に一度は行った事のあるラーメン屋に行った事が無いというのは今年一番の驚きだった。

「だ、だってラーメンって自分で作ってたし……(蕎麦ばっかだったし)」

 思わぬ反応に、自分の言った事が今更恥ずかしくなったのか、心持ち身を縮めながら慌てたように理由を話す。

「じゃ、今日は記念すべきラーメン屋デビューだな」

 腕を組んでこちらを見下ろす大和が、あまり見た事が無いくらい珍しく優しい笑顔を向けてくる。

 不意打ちの優しい笑顔に、悔しいけれど、少し。本当に少し心臓が跳ねた。

「内緒で領収書切ります」
「やるね、紡ちゃん」

 ちゃっかりしているマネージャーさんに思わずサムズアップ。彼女は可愛くて頑張り屋というだけでなく、こういうお茶目な所がとても好感が持てる。そりゃモテるわけだ。

「チャーシュー麺!」
「チャーハンセット!」
「煮卵」
「だけ!?」
「あはは!」

 環と三月はともかく、一織の煮卵とは如何に。
 ラーメン屋に行った事が無いので尚更理解出来なくて、思わず突っ込んでしまった。



──TRIGGERの3人と、IDOLiSH7の7人が、背を向けて、別れ道を歩いていく。互いの仲間達と、笑い合いながら。
それぞれ歩く道は違うけど、私達は、同じものを信じている。
自分の力……。仲間達の力を……。

 紡は、密かに少し泣きそうになりながら、IDOLiSH7と奏の後ろ姿を見つめた。




躓いたら笑ってごらん
(そう、過去の貴方が)
(今の私に言った気がした)
prev← →next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -