パズルガール | ナノ
 #24

 ラビチャは既読を付けたまましばらく返信出来なかったけれど、先程少し時間が空いた時に「ごめんなさい、後で必ず電話します」という返事と、きなこが謝っているスタンプを送っておいた。

 多忙なTRIGGERの側につくというのは意外と大変で、あちこちのスタジオを行き来しなくてはならなかった。しかも、仕事内容も、グラビア撮影、バラエティ番組、歌番組と様々であるから凄く大変だった。
 途中から姉鷺マネージャーに色々頼まれて、付き人も同然になっていた。姉鷺は容赦無く物事を多数頼む物だから、疲れてしまった。
 恐らく自分でも頼みすぎたという自覚があるのか、途中で「……アンタ、やるわね」と褒められたけれど。

 今はもう三人共全ての仕事が終わり、着替えている所だった。電話をするなら今だと思い、携帯を取り出す。

 小鳥遊紡──名前をタップし、通話ボタンを出し、彼女へと電話する。
 なんとワンコールで出たので、もしかしたら紡の事だから電話を片手に、電話が来るのをずっと待ってたのかもしれない。

「もしも──」
『奏さんっ!!』

 出た瞬間に大声が耳元で聞こえ、キーンと耳鳴りが微かにする。

「ど、どうしたんですか?」
『私……どうすれば良かったんでしょう……』
「紡さん?」

 微かに鼻を啜る音が聞こえる。それに、彼女の話し声が鼻声気味だ。間違いなく泣いていたのだろう。
 なんだかそれだけで嫌な予感がして、冷や汗がうっすら浮かんでくるのを感じた。

「落ち着いて、私に話してください」
『……はい……』

 言われた通り、落ち着く為に深呼吸を繰り返す。
 その優しい声にまた涙が込み上げてくるけれど、彼女をこれ以上心配させたくないので抑え込む。



『……IDOLiSH7が、解散しました』



 静かに述べられた言葉は、奏を酷く驚かせるものだった。

 解散、とはどういう事なのだろうか。言葉の意味は分かっているはずなのに、理解が出来ない。頭が真っ白になる。
 これはマズいと頭を回転させるけれど、脳裏に過ぎったのは悲しそうな顔をするIDOLiSH7の七人だった。

「なんで、急に」唖然として問うと、どうやら今日の収録に問題を起こしたのが発端だったらしい。環の妹を探す、というドキュメンタリー番組を撮影する際に、妹ではなく父親が出たらしい。
 すると、環が急に怒りを露わにして父親に掴みかかったという。そのせいで、ミスター下岡まで巻き込み、大変な事になったのだ。

 それがきっかけで言い争いになっていた所に、万理がブラックホワイトの新人賞にノミネートされた事を伝えに来た。けれど、ゴシップ記事の件もあり、互いの結束に亀裂が入っていた状態だった為、喜べなかった。
 それに対して、小鳥遊社長は彼らに容赦無く「アイドルを辞めなさい」と言ったらしい。

 目指していたものに手が届きそうな時に、喜びを感じないんだったら……、もうそれは夢じゃないんだよ、と。

『私……、それを目の前で聞いていたのに……、何も言えなかったんです……!皆さんの悲しい顔、見てるだけで辛くて……!』

 また込み上げて流れ出る涙を止められず、そのまま流して後悔の念を吐き出した。今更後悔して、こうやって「ああしてれば良かった」と言っている事自体、自分でも許せなかった。
 後悔してからじゃ、遅いのに。

 自分は小鳥遊社長の娘で、そしてIDOLiSH7のマネージャーなのに。彼らの為に尽くすのが普通じゃないか。なのに、その場の雰囲気に流されて何も出来ないなんて。そんな無力なマネージャー、彼等はどう思っているのだろうか。


「……紡ちゃん」


 後悔で押し潰されそうな紡を、優しく包み込むような声が聞こえてきた。

「大丈夫だよ、紡ちゃん。
 IDOLiSH7は、解散しない」

 どうしてそんな事が言い切れるのだろうか。
 何の根拠も無いような言葉だけれど、なぜか安心感があった。今まで不安で、どうしようも無かったというのに。

「彼等を、どうか信じて」

 声だけだというのに、その抱き締められているような感覚に、不思議と涙が止まる。

「貴女が信じていれば、みんなはきっと大丈夫。
 ────私も、信じてるから」

 ふわりと、優しく微笑む息遣いが聞こえた。
 彼女の綺麗な笑顔が容易に想像出来て、その神々しさに動悸すら激しくなってくる。

 優しい言葉のおかげで涙が止まったはずなのに、嬉しくてまた涙が一粒頬に流れた。

『……っはい!』

 電話越しだけれど、力強く頷く。

 正直、紡は少なからずプレッシャーを感じていた。有能というにはまだ言葉が足りない位に仕事の出来る奏が入ってきて、自分は必要なのだろうかと不安だった。
 その不安は、今の自信喪失へと繋がっていた。

 けれど彼女は優しく、直接言葉にはせず「貴女が必要」だと言ってくれた。それがとても嬉しかったのだ。

「……私も、後悔は山ほどしてきたからね」

 ふと、静かに彼女が呟く。

「でもね、後悔するって事はこれから前に進む方法を知っているって事だと思うの。後悔すらしない人は、進む事も出来ないもの」

 後は後悔してきた人間に追い越されるだけ。
 そのうち、進み方も忘れるようになるだろう。

(私は、前に進めたのかな)

 後悔に後悔を重ねて、それを糧にして。そうやって紡はどんどん前に進める。自分なんかは置いていかれるのだろうか。
 本当にしたい事も半端に投げ出して、嫌な事からも逃げ出してしまったから。今自分は、前よりも成長出来たのか、自信が無かった。

(でも、頑張るって決めたんだ)

 もう挫折しないと、幼馴染みとの電話の時に決めた事を思い出す。IDOLiSH7を支えていきたいと思ったから。

「そうだ、みんな……」

 IDOLiSH7の皆は、今頃それぞれの思いを巡らせている事だろう。見えなかったものも、見えるようになっているかもしれない。
 恐らくそれが、優しい小鳥遊社長の思惑。あの人がただ「解散」という言葉を出した訳では無いように思う。

「……慰めに行こっか」
『……はい?』



 後悔とは先に進む一歩
(がっくん、連れてって欲しい場所があるの)
(……なんだよ、いきなり)
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