#22
『大変な事が起きました!!』
そう紡からラビチャで送られてきた。
何が大変なのか、もちろんすごく気になるし、嫌な予感もした。
けれど、目の前の事態も、ほっとく訳にはいかないのも事実だった。
「が、がっくん?今、なんて?」
否、聞こえたけれど、聞き間違いかと思い、もう一度確認の為に聞き返す。
彼はいつになく深刻な顔で、こちらを見た。いつもは、少なくとも自分に対してはいつも笑ってくれていたので、その慣れない顔に戸惑う。
「今から親父を殴りにいく」
彼は、突然TRIGGERを辞めさせられるかもしれないと言ってきたと思えば、間違いなくそう口にしていたらしい。
「ちょっ、ちょっと……!
待てって! 落ち着いて!」
「離せ……!」
飛び出していきかけた彼を、全力で龍之介が止めにかかる。
龍之介は力が強いので、いくら楽であろうと、腕を掴まれたら振りほどけないらしい。
「頭を冷やして。親子喧嘩にボク達やファンを巻き込まないでくれる?」
「親も子も関係ねえよ!俺は『歌手』だから許せねえんだ!」
親子喧嘩、という言葉を聞いて、爆発したように怒りが沸き上がる。
八乙女宗助。彼と親子である事が、今程嫌だと思った事は無い。
「……何があったの?」
『歌手』だから許せない、という事はTRIGGERに関係する事だろうか。天は眉間に皺を寄せて、訊ねた。
「言うつもりはない。お前等は何も知らなくていい。ケジメは俺が付けに行く!」
「水臭いじゃないか!
俺達は……」
「ただのビジネスパートナー」
「俺達はずっと、一緒にやってきた仲間だ!」
龍之介が、天の言葉を押し退けるように凛とした声を張り上げた。
「…………」天がその言葉に、大きく息を吸い込んだのが分かった。
「互いのミスをカバーしあって、嬉しい時は一緒に喜んで、ここまで来たんじゃないか!
俺は友達だと思ってるよ。もっと、強い絆だって感じてる」
「…………」
二人は気付いているか分からないけれど、天の手が微かに反応した。いつものポーカーフェイスが僅かに崩れていた。
そして楽も龍之介のその力強い言葉を聞いて、黙って彼の強く光る瞳をじっと見つめた。
「話せ、楽……。天も、心にもない事を言うな」
「…………」
楽は、目を伏せ、息を静かに吐き出した。
「……俺達は、IDOLiSH7から、盗んだ歌を歌ってたんだ」
「……盗んだ歌……?」
予想外の言葉に、龍之介は理解出来ずにそのまま楽の言った言葉を繰り返した。もちろん、事前に知っていた奏はただただ静かに彼等を見守っていた。
「日向アキヒトが盗んだらしい。親父の指示かどうかは分からない」
日向アキヒト。
彼が作る曲は、とても中毒性があって、奏は好きだったのに、少しショックを受けてしまった。
分かってる。世の中、みんなそれが「仕事」だからやってるのだ。例え作る曲が綺麗でも、本人が綺麗で女神のような人だとは限らない。
(別に……知ってるもん)
奏の脳裏に、忌まわしい過去が過るけれど、見ないフリをする。
「もしもあいつの命令なら、俺は我慢出来ない!ぶん殴っちまう……。
その事を聞いた夜、それこそ今すぐにでもぶん殴りに行こうか、って思って気がどうにかなりそうだった。……でも、こいつが止めてくれた」
頭に優しく手を置かれる。
だから重いってば。なんて言葉が頭に浮かんだだけで、口には出さなかった。
だって、その温もりのおかげでなんだか自分が救われたような気がしたから。
「そうしたら今度は急に奏を作曲家にさせるとか言い出しやがった!こいつだけは……親父の企みに巻き込みたくなかったのに」
自分を撫でていた手が離れ、その手は宙で力強く握られた。
その悔しそうな顔を見るだけで、自分の事をどれだけ守ろうとしてくれたかが伝わってくる。
やはり彼はとても優しい、自分にとって自慢の幼馴染みだった。
「……そんな事だろうと思った」
「気づいてたのか……!?」
「薄々ね」
静かに、淡々と語る彼と対照的に、楽の熱が段々と上昇していく。
「気づいてて、どうして黙ってた!?お前の言うプライドは、そんなもんかよ……!」
今にも掴みかかりそうな勢いで、一歩踏み出す。
掴みかかったら、すぐさま駆け寄ろうと準備をしていた奏だったけれど、考えてみたら暴力で解決しようなんて思う人間では無かった。
一瞬だけほっとしてしまったけれど、それでも一触即発の空気には変わりは無かった。
「確信は無かった」
「なかったとしても……!」
更に食い付く楽に、天は一瞬で泣きそうな顔になり、そのクールな顔が激しく崩れた。
「言わなかったのは、楽や龍の傷つく顔を、見たくなかったからだ!」
「…………!」
今まで、聞いた事が無かった天の本音がその口から飛び出す。
その場にいた三人は、驚いて彼を見つめた。
「好きな歌だって言ってた!気に入ってるって!盗作なんて知ったら、情けなくて、恥ずかしくて、歌えなくなるでしょう!?」
天は、本当は聞いたその時から怪しいと勘づいていた。もちろん、言おうともした。天はTRIGGERの中で一番プロ意識が高く、ファンを失望させる事を毛嫌いする人間だ。
ファンにバレたら間違いなく失望させるような事を、例え八乙女社長に対しても許さない。
でも、楽と隆之介の楽しそうな顔を見て、言うのを止めたのだ。
(天さんは、今までずっと戦ってきたのかな……その『情けなくて、恥ずかしい感情』と)
知っているのに、知らないフリをする。それがどんなに大変だったか、少し考えただけで涙が出てきそうだった。
「……天……」
「……楽の言う通りだよ……。ボクはプライドの無いことをした。情を優先して、見て見ぬ振りをした」
弱々しい表情でポツリポツリと溢す彼は、『センターの九条天』ではなくただの18歳の少年のようで。
奏はつられて泣きそうになる。
「だから、ビジネスパートナーに、友情なんて必要なかったんだ……」
「…………」
どうして天がああまで頑なに自分達の事を『ビジネスパートナー』と言っていたのか、龍之介はなんとなく納得した。
言い聞かせていたのだ、自分を。
けれど、薄々気付いていた通り、天の中で二人は大きくなっていて、ただの『ビジネスパートナー』の枠からはみ出してしまっていた。
『友情』を感じてくれていた事に、龍之介は感動した。ずっと、自分が勝手にそう思っているだけだと思って諦めていたけれど、まさか彼も思ってくれていたなんて。
なんだか泣きそうになった時、ドアが叩かれる。
びくりと反応して、そちらを見る頃にはそのドアが開いてマネージャーが入ってきた。
「天、ちょっと確認なんだけど……。
……あら、どうしたの?変な空気ね」
「…………。なんですか?」
さすが天。問いには答えず、尚且つ表情を整えてまるで何も無かったかのように振る舞った。
「あなたのゴシップに、クレーム入れるつもりなんだけど、どこまで否定しておく?」
──天さんのゴシップ?
心当たりがあり、まさかとは思ったけれど、奏はひっそりと息を潜めて続きに耳を澄ませる。
「七瀬陸と双子なら、先に言っておいて。他の事務所のタレント潰しに、巻き込まれちゃったじゃない」
「……タレント潰し?」
(やっぱり……!!)
そのゴシップというのは、やはり例の陸の記事の事らしい。
元々TRIGGERは社長が強い位置に立っている人物なので、ゴシップというのがほとんど無いのだ。
あっても、今マネージャーが言ったように社長の名前を出してクレームを付ければ、相手にダメージを与えられる上に、自分達の会社のアイドルは守れるようになっているのだ。
天はその一言二言だけで全てを察したのか、その鋭い眼光を光らせ、マネージャーを見た。
「…………。マネージャー、前に言ったよね。これ以上、ファンに対して恥ずかしい事をするなら、ボクにも考えがある」
いつもより声が少し低くなり、迫力が出る。
さすがのマネージャーもまずいと思ったのか、後ろに後退する。額には汗が滲んでいた。
見ているこちらまでゾクリという悪寒がしてくる。鋭い、ライオン(百獣の王)のようなオーラ。
「それを思い出した上で、正直に答えて。
陸が双子の弟だってこと、マスコミに抜かれたの?──それとも、抜かせたの?」
絆とは目に見えないもので
(ふとした時に感じる物だ)