#21
どうして、こうなったのであろうか。
背中にぶつかっているのは、冷たい壁。これ以上後ろに行きたくとも、もう逃げ場なんて無い。
「お前さ、本当の事言えよ」
とん。顔の横にある壁に手を置かれ、切迫感が増す。
これが今の世でいう『壁ドン』と呼ばれる物だとは全く気付かず、緊張した面持ちで彼を見上げていた。
ちなみに彼等の距離、約15p。そして片や『抱かれたい男No.1』である。それに対してちっとも、これっぽっちも、微塵も、ドキドキしていない奏は、天然記念物と言えよう。
「本当の事って、
……何の事ですか?」
彼にとっては休憩でも、自分にとってはまだ仕事中だと思っているので、あくまで「TRIGGERの仕事を見学している作曲家」の態度を取る。
それがより一層はぐらかされているような気持ちになり、楽はもう片方の手も彼女の顔の横についた。
「何の事ですか、じゃねぇ……答えろよ」
「……」
「なぁ」
「……っ」
また縮まる距離。お互いの息がかかりそうな程の距離にとうとう耐えきれなくなり、顔を逸らす。
ただ彼女の場合、恥じらいでは無い。
「今までTRIGGERの作曲は絶対やらない、って言ってたじゃねぇかよ。なのになんで急に少しでもその気になった?」
「だからさっきも言いました通り、なんとなくやってみようかと……」
「違うだろ」
「違わないですよ」
「違ぇだろ!」
いきなりの怒鳴り声に、肩が跳ね上がる。
その姿を見た楽は、すぐに後悔したような顔をし、優しく頬を撫でた。
「……悪い」本当に申し訳無さそうな表情で謝ってくるので、逆にこちらが申し訳無くなる。
「……分かった」
観念して、口を開く奏。
一応周囲を見渡して、誰も来ない事を確認する。天も、龍之介も番組中だ。しばらくは帰ってはこないだろう。
「実は……八乙女社長がIDOLiSH7のゴシップを流して、ライバル会社のアイドルを本気で潰しに来たんじゃないかっていう事を知りたくて……。それに、作曲家がいなくなったのなら、やってみようかと本当に思って……」
楽がいる『TRIGGER』。
今まで興味が全く無かった訳では無いけれど、以前に事務所で彼等を見た時に感じた気持ち、それが今の行動に繋がっていた。
だから、全く作曲家をしたくない訳では無い。寧ろ、今は直接彼等のプロ意識を肌で感じて、意欲が湧いている。
「それは良いけど……お前……なんで、IDOLiSH7の事なんて……」
「う……」
まぁ、そこが気になるよね、と思いながらも、ついつい目を逸らしてしまう。
「お前、まさか、」
「……っ、ファ、ファンなの!」
「…………はあ?」
自分でも無理矢理だとは思ったが、言ってしまったものは仕方がない。
ありったけの笑顔をひねり出す。
少しでも信憑性が出るようにしたけれど、額に浮かぶ冷や汗はどうしようもない。
「言いにくかったんだけどね、私……箱推しのIDOLiSH7オタクだったの」
「箱推しって……」
それっぽい単語を言えば良いと思ってますが、何か。
「……TRIGGERは」
「え?」
「TRIGGERは誰推しなんだよ」
「え、と……う〜ん……」
真剣に考える。
天はテレビでは小悪魔系、実際は毒舌ストイック。龍之介はテレビではセクシー&ワイルド、実際は少しシャイだけど優しいお兄ちゃん。
どちらにも良い所は沢山ある。……楽は、言わずもがな。
「そこ悩むのかよ」
ぷっ、と笑われる。かと思えば、壁に付いていた手が頭に優しく乗っかり、軽くぽんぽんと撫でられる。
「楽推しにさせてやるから待っとけ」
「あ、はい……」子供の時から変わっていない無邪気な笑顔に、僅かに心臓が揺れるのを感じた。
初めて君が分からない
(貴方の良い所はもう)
(沢山知ってるけどね)