#19
──行こう、weak me up!
彼等がスタジオで歌っているのを、まさかこんなに間近に見れる日が来るとは思いもよらなかった。
ステージに立っている彼等は、本当に輝いていて、目が離せなくなってしまう。
誰かが歌って踊っているのを見て、こんなにドキドキするのだと知る。
(……ん?)
楽がソロパートの時に、ちらりとこちらを見て、ウインクをしたような気がした。
幼馴染みの不意打ちファンサービスに、自分まで観客の気分になった。彼のファンなら間違いなく、卒倒する事だろう。いえ、自分も彼のファンですが。
(あれ?)
ふと、一瞬だけ違和感を覚える。
けれどそれはすぐに消えてしまった。他の人は気付いただろうか、と周りを見渡すけれど特に反応を示す人はいなかったので、大丈夫のようだ。
***
「どうだった?」
いの一番で聞いてきたのは、天では無く楽だった。
「素敵でした!」
タオルを手渡しながら、素直に、簡潔に感想を前のめりで述べると、楽は「当たり前だ」とオデコにデコピンしてきた。
「痛い!」
「あはは、本当に二人は仲が良いね」
「腐れ縁の幼馴染みだからな」
「がっくん!頭に腕を乗せんで!」
あまりに変わらない態度で接してくるので、ついつい素が出てしまう。龍之介が、関西弁?と聞いてきたけれど首を横に振ってなんでも無いと否定する。
天は相変わらず、離れた所でぶすっとしていた。
「お前、そんなとこで何やってんだよ」
若干苛立ったように言う楽。
天のなかなか無い様子に、調子が狂っているのだろう。
そんな楽の横をすり抜け、奏は天の所まで駆け寄っていく。
「天さん!」
「……なに」
「これ、よろしければ」
「!」
彼の手を取り、小さな包み紙に包まれた『それ』を掌に乗せた。
「のど飴?」
いつも細められた瞳が、少しだけ大きく見開かれる。その顔がちょっと弟に似ていて、奏は密かに笑ってしまった。
「今日ちょっとだけ喉の調子が悪いみたいだったので、申し訳程度かもしれないですけど……」
「……龍角散、持ち歩いてるの?」
「えっ、えぇ……まぁ?」
「……女子力低いね」
「ええ!?」
普通こういう時、女という性別ならイチゴ味とか果物の味だと思うのだが。まさかの龍角散。
笑いを堪えていると、彼女は他に何か無かっただろうかとポケットや鞄の中をまさぐっているけれど、龍角散しか出てこないらしい。
「こ、これ!シークワーサーの龍角散ですよ!」
「結局龍角散じゃねぇか」
「凄いね!こんな龍角散初めて見た!シークヮーサー味なんてあるんだー」
楽と龍之介が、いつの間にか奏の背後に移動していた。
沖縄出身の龍之介は、妙にシークワーサーに食い付いていた。一粒与えてみると、190pの23歳とは思えない位に嬉しそうに貰ってくれる。
一方、天は手にある龍角散をじっと見つめたままだった。
「あの、天さん?」
「……貰ってあげるよ」
「へ?」
その間抜け顔が、少しだけ腹立たしい。楽は彼女のどこが良いのやら。
「まぁ、結構効くやつだしね。無いよりはマシかな」
「よ、良かった……」
「……」
安堵したように胸を撫で下ろす奏。
彼女はかなりのお節介焼きらしい。どうして赤の他人の為に、そこまでする必要があるのか。
天には理解が出来ないけれど、悪い気はしなかった。
「その……ありがと」
なんだか照れ臭くて、目を逸らしながら小さく礼を述べる。
奏だけでなく、楽も龍之介も驚いたように彼を見つめた。
「ど、どういたしまして!」
嬉しそうに笑う彼女から目を逸らし、素っ気無い態度を取る。
何か不快にさせる事をしたんだろうかと楽と龍之介に聞くけれど、楽は「いつもこんなんだから気にすんな」と言った。
(見ててよね、とか大口叩いたのに上手く歌えなくて、しかもそれに気付かれたのが恥ずかしかった……なんて言えないな)
三人の会話を耳に入れながら、口の中に入れた龍角散をころりと舌で転がした。
甘くない、その一粒
(ボクには丁度良い)