パズルガール | ナノ
 #17

 
『例の件』が気になった、というのもあるけれど、たまたまその日は楽に言われて忘れ物を届けに、八乙女事務所に寄っていた。

 そろりそろりと、別段悪い事をしている訳では無いのに、慎重に抜き足差し足で歩いていく。

「奏」
「…………八乙女さん」

 半ばそんな気はしていたが、八乙女事務所の社長──八乙女宗助に声をかけられる。
 彼は、いつもながら腕を組みながら、誰もを萎縮させる冷たい瞳でこちらを見つめていた。

「……お久し振りです」形だけでも挨拶しようと、そう口にしながら頭を下げようとすると、手で制される。

「形だけの挨拶は結構だ。……実はうちの作曲家が馬鹿をやってな。辞めさせたんだが」
「……はい。がっく──楽さんから少しだけお伺いしてます」

 嫌な予感がしながらも、冷静を装って頷くと「やはりか」と不敵に笑われた。なんだか次の言葉が容易に想像出来てしまって口元が引き吊ってしまう。

「『TRIGGER』の作曲家にならないか」

 ──ですよね。

「えっと、それは以前にもお誘い頂いた際にお断りさせて頂いたと思うのですが……」
「前にお前は『もう既にTRIGGERには作曲家がいるから』と、そう言っただろう?」
(そう、だったかなー……?)

 そうだった気もする。

 何故自分は後々の事を考えて、もう少し捻った返しが出来なかったのだ、と過去の自分を憎らしく思う。

「TRIGGERの今の勢いを止めない為にも、TRIGGERに最も相応しい曲を作れる奴で無くてはいけない」
「他にも沢山代わりがいるんじゃないんですか?」
「いるとも、それはもう大量にな」
「だったら……」
「しかし、少なくとも楽の本当の力を引き出す曲を作れるのはお前だ」
「……」

 何年前の話を持ち出すんだ、この人は。困ったように視線を送るが、そんな視線をナギ払うかのように強い眼光を返される。

 自分も人の事は言えないが、八乙女社長は過去にかなり縛り付けられる人間だな、なんて心の中だけで言ってみる。

「高校の時のお話しなので、今は……」
「今も暇があったら書いてるみたいじゃないか。楽が事務所で見ていたぞ」
(がっくん〜〜!!!!)

 あんたんトコの社長の目に入らない所で見ろ言うたやんけ!

 彼の部屋に押し掛けて今すぐ蹴り飛ばしてやりたい。蹴り飛ばしてやりたいけれども、今はそれよりもどう上手く断るか、それが問題だ。
 彼には昔から口で勝てた試しが無いけれど……大丈夫だろうか。

(…………いや、待てよ)

 ふと、ある思惑が思考を過る。

「……分かりました。即決は出来かねますけど、明日少し『TRIGGER』の三人の側につかせてください」



音のない世界でワルツを
(上手く踊れなくていい)
(ただ出来る事はしたい)

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