パズルガール | ナノ
 #16

「……そんな訳ないだろ!なんだよ!?こんなの嘘ばっかり!」

 出勤してきた瞬間、珍しい陸の怒鳴り声が聞こえ、奏は慌てて事務所内に入っていく。

「さすがに悪質です!抗議します!」
「抗議しても無駄ですよ。裁判でもしなければ、いちいち謝罪文なんて載りません」
「おはようございます……どうしました?」

 テーブルの上に広がった、陸の事が書かれたゴシップ記事を見れば、なんとなく分かるけれど、一応紡に話を聞く。

 そもそも陸がTRIGGERの九条天の双子の弟というのが本当だったのは驚きだった。
 楽の忘れ物を八乙女事務所に届けに行った事があって、遠くから見た事があるのだが、仕事に対してストイックだったのを覚えている。

 アイドルとしての九条天ならともかく、陸と彼はあまり似ていないと思ってしまった。

 それはさておき、陸が怒鳴った原因はゴシップ誌に『七瀬陸は九条天の双子の弟だった!両親は最初に九条天を売り、成功した為に弟の陸も芸能界に売ったらしい』と書いてあったという。
 昨晩、通行人に言われて知ったそうだ。

(人気が出始めたアイドルによくあるゴシップか……陸君は根が優しいからこういうのには弱そうだな……)

 あることないこと書かれたって痛くも痒くも無い人間もいるけれど、IDOLiSH7はみんな優しいから、これは不味いかもしれない。

「天にぃはどうするんだ?否定してくれるかな、ちゃんと……」
「基本ノーコメントですよ。こんな記事、ほとんどの人が信じません」
「でも、信じる人もいるだろ……?」

 実際、通行人に言われたのだ。彼等は信じている様子だった。

「……壮五くんの家庭事情もすっぱ抜かれてますね。さすがに社名は出てませんが。
 大学在籍中の写真まで出回ってます」
「個人情報の漏洩ですね……」

 きっと彼の大学生時代の同級生に金銭のやり取りをした後に手に入れた写真だろう。
 さすが、やる事がとことんえげつない。

「ふざけんじゃねえよ!!」
「今度はなんです?」
「……環くんが妹を探してる件、売名のためのヤラセだって。嘘扱いされてるんだ」

 彼の妹の件は、テレビで何度か環が口にしていたので奏も知っていた。

 嘘なんて吐いてねぇと暴れだしそうになる環を、なんとか奏が抑え込む。気分を落ち着かせてもらう為にプリンも渡して。

「このクソ野郎……!」
「……今度はなんです?」
「二階堂大和は、大物俳優の隠し子疑惑……?」

 紡が大和の手元にある記事を読むと、彼はそのページだけをぐしゃぐしゃにしてしまった。

「……本当ですか?」
「嘘に決まってんだろ、こんなもん!くだらない事書きやがって!」

 陸が恐る恐る聞くと、珍しく苛立たしげに声を荒げた。
(……嘘、なのかな?)嘘なのだったら、彼はいつもみたいに飄々としているのかと思っていたが。

 ちらりと彼の顔を見つめると「……なんだよ」と鋭い三朴眼で睨みつけられてしまった。

「見てください。こっちには六弥さんの記事が書かれています」
「話題のアイドルの正体は、北欧の小国の王子様……」
「嘘だな」
「嘘でしょうね」
(あ、そこ流すんだ)

 肝心の本人もいないし、流れたままで良いかと思い、拾わずに奏もそのまま流す事にする。

「一織さんと三月さんのご実家の情報も出てます……」
「まあ、うちは客商売ですから、宣伝になっていいんじゃないですか」

 紡の言葉に、一織だけが痛くも痒くも無いという返しをする。内容的に一番軽い物だという事もあるが、一織の計算内だったという事もあるのだろう。
 彼は本当に頭が良いと感心してしまう。

「あれこれ書かれる事くらい、みなさん覚悟しておいてくださいよ。芸能界入ったんですから。こんな事くらいでピリピリしないでください」

 溜め息混じりに、いつもの表情で言えば、環と大和のこめかみに血管が浮き出る。

『してねえよ!』

 ……頭が良すぎると、一般人の考えが分からなくなってしまい、こういう揉め事を起こしてしまう所は困ったものだ。
 奏も人の事は言えないけれど、自分で何でも出来てしまう人間は、人を頼る事を知らないので協調性が無かったりする。

 今後の課題として頭に入れておこう。

「……それにしたって、悪意の多い記事が多すぎます。誰かが背後で、動いてるんじゃないですか?」

 万理は、いつもの柔らかい雰囲気はどこへやらという様子で顔を強張らせている。
「…………」紡が真剣な表情で万理の言葉を聞いている時、奏はある人物が頭をよぎっていた。

 違うかもしれない。けれど、自分の中でその人物が頭から離れなくて。
 こういう時、かなりお節介で行動派な彼女は、彼に会いに行く算段を頭の中で考えていた。



歓びも哀しみも何ほどの
(あの人ならやりかねない)

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