#14
(今日はなんか疲れた……)
とか思いながらも仕事後、彼等の寮で料理を作る事は止めたくなくて、台所で身支度をする。
今日はハンバーグでも作ろうかと思っていると、足音が聞こえてきた。
誰か冷蔵庫の中の物でも取りに来たのかとそちらを向く。
けれど、そこにいたのはエプロンを着た三月だった。
「三月さん?」
「うわっ、ハンバーグなんて凝ったもん作る気なのか!?」
「あ、はい!やっぱりみんなが好きそうなのを作りたいですから」
「……」
無邪気な笑顔が、素直に三月の心を打つ。
彼女は不思議と自分とは違う次元にいるような、そんな近寄りがたい印象を受けてしまうのだが、時折垣間見る子供のような一面が親近感を産んだ。
「……手伝う」
妙に照れて、彼女の隣で手を洗いながら、弟ばりにぶっきらぼうになってしまう。
「ありがとうございます!」
一瞬目を丸くした奏が、さぞ嬉しそうに顔をほころばせた。
その笑顔があまりにも絵になる物だから、三月は驚いてしまい、彼女の表情を食い入るように見る。
彼女が可愛かったから、というのも否定出来ないけれど、どこかで見た事のある笑顔だと思ったのだ。
「あんた……オレとどっかで会った事ある?」
「え……」
笑顔が著しく崩れる。
「ない、ですよ。……私は」
「え?」
「いえ……ハンバーグ、作りましょ」
先程の花が咲いたような笑みが嘘のように、なぜだか儚い笑みで笑う。
奏は自分が思っていたよりも色々な顔をするんだな、とそんな事をふと思った。
最初に感じた『自分とは違う次元の人間のオーラ』が不思議と霞んだ。
和泉三月は、昔からどんなに努力しても、『自分とは違う次元の人間』である実の弟には勝てなくて、彼には言えないけれど悔しい思いを沢山してきた。
だから、彼女も明らかにそういう人間だと思い、無意識に苦手意識を感じていたけれど、どうやら違うらしい。
(なんで、あんなに悲しそうな顔したんだ……?)
私は、と小さく口にした彼女の表情は、すぐにでも泣き出してしまいそうな位に弱い顔をしていた。
何が彼女をそうさせるのか、気にしてはいけないと分かっているけれど、どうしても気になってしまう。
「あ、あのさ」
「……はい?」
「──っ」
拒絶。
彼女が向けた瞳には、その漢字二文字が書いてあるかのようだった。
口元は笑っているはずなのに、冷たくて凍えるような鋭い瞳に、畏怖の情を覚える。
「な、なんでも……」
視線を逸らしてもなお、こちらを見る彼女の目が、見れない。
(でも、この感じ……誰かに似てる)
何かあるはずなのに、踏み込まれそうになった途端に拒絶し、ただひたすらひた隠しにする、その感じ。
(そうだ……大和、さんだ)
眼鏡をくい、と上げた瞬間に見え隠れする鋭く細められた三朴眼は、結構な威力があったりする。
そういう時、大抵ナギが大和に突っ込んでいくのだが、三月はどうしても踏みとどまってしまう質であった。
確かに知りたい。だって『仲間』だと思っているから。
仲間の事はどんな事も知りたいと思ってしまうし、悩みがあるなら一緒に解決したいとも思ってしまう。
……それは、いけない事なのだろうか。
大和の事はひとまず置いておき、奏の場合はまだその『仲間意識』というのがどこか足りないのかもしれない。
そう思うと、途端に彼女との距離を感じてしまう。
今、狭い台所に二人で立っていて、実際はこんなにも触れられそうな位に近いはずなのに、背中さえ見えないような感覚に陥る。
彼女が初めてレッスンを見て、七人にそれぞれ指摘をしていた時──正直、感動したし、憧れた。
自分も、メンバーの細やかな部分を見れるようになりたい、そう思った。
その時から、彼女は自分にとって『仲間』の一員になったのだけれど、彼女にとっては違うのだろうか。
「……お上手ですね」
急に話しかけられ、びくりと肩を跳ね上げてしまう。考え事をしながらだったけれど、手癖でとにかく料理をしていたらしい。
「え?──ああ、うちケーキ屋だから」
「??関係あります?」
「あるある。結構親が店やってるだけで料理好きになるもんだぜ?」
「へぇ……」
感心したような声をあげる奏。
「奏さんだって上手いじゃん、料理」
「私は……ずっと一人、だったから」
作りたくて作ってた訳じゃないから。と独り言のように呟く奏に、また地雷を踏んだと顔を青くした。
けれど、一瞬表情に影が出来たけれど、少しだけ上を向いて何か考えている様子を見せてから、柔らかい笑みでふとこちらを見た。
「でも、こうやって誰かと料理作るのは楽しいって思うかもしれません」
その言葉を聞き、三月はなんとなく思った。
彼女は一人に慣れてしまっていて、誰かに頼る事を忘れているのかもしれない、と。
三月は、一人じゃなかった時なんて無かった。中学生位に反抗期になった時は、一人じゃない癖に勝手に一人ぼっちになった気になって、親に対して吠えていた時期はあったけれど。でも周りに友達も、弟も、両親もいた。
もし、彼女に誰もいなかったら?
今までの儚い笑みも、遠い目も、拒絶した事も、なんとなく納得してしまうのだ。
もちろん、彼女の事は微塵も分からないので、ただの想像でしか無い。
それでも、彼女に『隣に誰かがいる事の楽しさ』を少しでも教えてあげたいと思うのだ。
「……じゃ、これからも気ぃ向いたら一瞬に作ろうぜ」
自分よりも少しだけ背の低い彼女の顔を覗き込みながら、優しく囁きかける。
囁きかけるなんて、自分らしくも無いと思うけれども、その上で彼女には伝わって欲しくて。
──あんたはオレの『仲間』だ。
「……っはい!」
瞬間、目に見えた壁
(その笑顔が、オレの目には)
(キラキラ光って見えたんだ)