#12
──Fly awayコンビの場合。
「少し時間が押しましたが、次は陸さんと一織さんの番です!」
お待たせ致しました!と勢い良く彼等がいるトレーニングルームに突撃すると、振り向いた二人は驚いたようにこちらを見つめた。
どうしたんだろうかと思って一瞬きょとんとしたけれど、すぐに自分が羽織っているパーカーの存在に気付いた。
「あっ、えっとこれは……先程MEZZO"のお二人といる時、空調が少し寒くてクシャミをしてしまったんですけど、その時に環さんが貸してくれたのを忘れていました……」
襟元を引っ張ると、被っていたフード部分がピョコピョコと動いた。
「そういえばフード部分が猫耳になってたんだっけ……」
アイドルでも無い22歳が猫耳なんて恥ずかしくて死ねる。
楽に見られたら間違いなく笑われているだろうな、と思って絶望に打ちひしがれていると、慌てて陸が口を開いた。
「だっ、大丈夫です!可愛いと思いますよ!?」
「……七瀬さん。年上の方に『可愛い』は失礼ですよ」
「え!?そうなの!?」
素直に思った事を言ったつもりが、逆効果だったらしい。もう言ってしまった後だというのに自分で口を塞ぐ辺り、本当に彼は天然だった。
「い、いえ……失礼なんて思いませんよ?ただ……その、恥ずかしいだけで……」
見た事の無い位、真っ赤になる奏。
彼女が褒められ慣れていない事を知らない二人は、つい目を丸くしてしまう。
陸は意外な一面を見れた事に、少し嬉しく思った。
一織は、というと。
「……」
眉間に出来た皺がより一層深くなっていた。
奏は、仕事中だというのに無駄話をし過ぎてしまったかと思い、狼狽える。
「えっと、とりあえず仕事中ですしコレは脱──」
「別に脱がなくて良いですよ」
「えっ?」
「いや……その、寒いから着たんでしょう?無理されて風邪を引かれては困りますからね」
「一織さん……!」
「っ……」
自分より背が低いので必然的にそうなるのだが、彼女が上目使いで、しかも感動しているからかキラキラした瞳でこちらを見るものだから、一織は怯んでしまった。
「か、かわ……べ、別に貴女の為に言ってる訳ではありません……!」
一瞬本音がぽろりと出たけれど、必死に誤魔化すようにそっぽを向いた。
こういうタイプの人間は温度が分かりにくくて戸惑ってしまう。しかも今は別かも知れないけれど、最初の頃はかなり警戒されていたのでつい構えてしまう。
「コホン、では気を取り直してレッスンを始めましょう」
(一織顔真っ赤……)
「レッスン始める前に……少し、良いですか?」
『?』
陸と一織は仲良く同時に首を傾げた。
「陸さん」
「は、はい?」
奏は陸の名前を呼びながら、なぜか陸から距離を少しだけ取った。
それから影からピンク色のもこもこを取り出した。
「きなこちゃん、
触ってみてください」
陸よりも先に一織が焦ったように前に出てきたけれど、真剣な眼差しを向けると、思惑が少しでも伝わったのか踏みとどまった。
「……っ……」
ぎゅっ、と拳を握り、唇を噛んで心の中で葛藤する。
本当は、言おうか迷った。
けれど言ってしまえば、彼女は自分に気を使わせてしまう気がして。一織にバレた時も、自分の事にも気を回させてしまって、ミスをさせてしまった。
それがどこか心に引っ掛かっていたのだ。
「どうしましたか?」
にっこり笑っている、はずなのに、どこか笑っていない。
その笑い方がなんとなく双子の兄に似ていて、怖くなった。
でも、逃げたくなくて。
陸は彼女に近付いていき、手を僅かに伸ばした。後ろでは一織が緊迫した顔で見守っていた。
「はい、ブッブー」
拗ねたような表情できなこを陸の顔に押し付ける奏。
なんて事するんだ!?
一織の方が焦ったように二人の側に駆け寄っていく。
(ま、まさか死ん──)
「あれ、これ……ぬいぐるみ、ですか?」
一瞬硬直していたが、いつまでたっても発作は起きず、驚いたようにきなこもどきに触れた。
「そうです。
でも、ここでは私に打ち明けるのが正解でした。残念ながら陸さんは不正解です!」
「……っ、奏、さん……」
怒ったように目尻を上げて言う彼女に、陸は少し泣きそうになった。
(やっぱり、バレてたんだ……怒られて当然だよね……)
反省したように目を伏せると、唇に異物が当たった感覚を感じた。
すぐに目を開けると、きなこが間近にいて、ぎょっとしてしまう。
「奪っちゃったー、なんちゃって?」
泣きそうになった陸を彼女なりに励ましたかったのか、よく分からない事を言う。
「……??」
「陸さん、私は公私は完全に分ける人間です。仕事中は気なんて使いませんよ」
「……!」
「なのでレッスンは普通通りにさせて頂きますからね!」
「……だから安心してください」と優しく微笑む奏。彼女には何でもお見通しのようだった。
陸も自然と微笑み返していた。
「……はい、ありがとうございます」
アイドルとして花丸の笑みを受けて、奏は安心したように笑った。
「これ差し上げますので、きなこだと思ってどうぞ抱き締めてあげてください!」
きなこを触れなくて寂しい思いをしていると思い、奏が自分で作った物だった。
クオリティーの高いきなこぬいぐるみに、陸は嬉しそうに手に取った。
「ありがとうございます!」
大丈夫だよ、と伝えたくて
(私が大人として、)
(貴方を支えるから)