#09
『がっくん!私のプリン凄い美味しいって褒めてくれたよ!』
いや、誰にだよ。
肝心な所が所々抜けていて、思わず首を傾げる。今日一日果たして彼女が何をしてたのかさえ書いてない。
プリンを誉められたやら、うさぎ可愛かったやら書かれてもさっぱりだ。
「……ふっ」
それでも、彼女が楽しそうに笑っている所が容易に想像出来てしまい、頬が緩む。
「ばーか」そんな事を呟きながら眠りにつく。その日の夢は彼女がへらへら笑いながら何故かうさぎにまたがる夢だった。
彼女の夢は、IDOLiSH7の横で楽しく笑っていた夢だった。
彼等の隣に相応しい自分になりたい、そんな事を自然と思わせてくれたからだろう。
今までは『高嶺の花』だなんて勝手に決め付けられ、他人に距離を取られていた。
だからなのか、他人と距離の縮ませ方が分からなかった。
それは、親のせいだったりするのだが……今回はそれを全て隠した上で接した事もあり、ごく自然に接する事が出来た。
彼等が優しくて良かったと本当に思う。
(もっと仲良くなりたい……IDOLiSH7だけじゃなく、マネージャーさんや万理さんとも)
きっかけをずっと探していた。
もともと、両親の事を隠した上でどこかで自分の能力を生かせる所に入りたかった。
そのきっかけをくれたのは楽だった。
他人にとったら本当にくだらないし、余計なお世話とも言われそうなきっかけだけれど、それでも奏にとっては大切なきっかけだった。
(今日も頑張ろう)
目覚ましの音を聞きながら、そんな事をぼんやり思った。
「よし、頑張ろう。……頑張る為にも、」
彼に電話しようと、携帯に手を伸ばす。
すると、なんとかけようとする前に携帯が鳴り出したではないか。
「おはよ、がっくん!さすが分かってるね!」
『本当にお前は朝から元気だな……昨日のテンションを見れば分かるっての』
「ふふふ、がっくんの声聞いて今日も一日頑張ろうかなってさ」
『毎日聞いてんだろうが』
「だからこそだって!」
聞かないと一日始まった気がしないんだよ、と奏はベットから起き上がりながら言う。
ぎしり、というスプリングが鳴る音を聞きながら、彼の家に毎朝行って「おはよ、がっくん!学校行こ!」と言っていた事を思い出す。
習慣とは恐ろしい物だ。
「私は同居してもいいのになぁ」
『だからそれは駄目だっての』
「なんでー?昔はお泊まりとか普通にしてたやん」
『昔、な。今は色々と駄目だろ』
「何もしないよ?」
『あのな、お前がしなくても──なんでもねぇ』
「……んっ?」
あのな、の後は上手く声が拾えなかったのかよく聞こえなかった。おまけにいつもより少し声が低かったせいかもしれない。
『まぁ、とにかく新しいトコ決まって良かったじゃねぇか。おめでと』
「ありがとう!がっくんは何時から仕事?」
『ん、まぁ、もうちょっとで朝撮りの番組あるけどまだ大丈夫だ』
「嘘!ごめん!ありがとう、時間無いのに!」
『だからまだ大丈夫って言ってんだろ』
ふっ、と笑う息遣いが電話の向こう側から聞こえてきた。
実際側にいたら頭をぐしゃぐしゃにされている所だろうな、と自分も思わず笑ってしまう。
「声聞けて良かった。ありがとね、かけてきてくれて」
『気にすんな。こっちこそ朝っぱらからお前の馬鹿みたいに元気な声聞いて目ぇ覚めたから』
「ちょっ、一言多い!」
『ははは!まぁ、お前も頑張れ。俺も頑張るからさ』
「うん。頑張れ、人気アイドル!」
また笑う息遣いが聞こえてきてから、ツーツーという無機質な音だけが奏の耳に入ってきた。
(頑張れ、がっくん)
自分なんかよりも多忙な彼がわざわざ電話してきてくれた事を嬉しく思い、微笑む。
やはり彼の声を聞くと落ち着くし、安心する。
(よっし、朝御飯作ろ!)
(今度は頑張ってみせるから)
(投げ出すなんて事しないよ)