本来、主標的(メインターゲット)はリナという少女だが、リュウはルナという少女を追跡する事にした。

とりあえず、リナという少女が本当に『リナ』なのかどうか確認するのは後に回したのだ。

でなければ彼女の事を、自分の師に売らなければいけなくなる。

それはあまりに可哀想な事であり、今はまだ早いと思った。

だからルナの後を追っていた……の、だが。



  ルナは迷子になっていた。



大層困った顔をして、キョロキョロと辺りを見渡していた。

「ここ……どこだろう」

どうやらタウンマップを忘れてしまった事により、方向を見失ってしまったらしい。

彼女は極度の方向音痴だという事は、リュウは知っていた。

血筋もあるが、ルナは両親が殺された日から外に出る事が無かったのだ。

せいぜい、オーキド研究所と自分の家を往復できるようになった位だろう。

ただ、彼女は優秀な頭をしていて、マップの読み方はわかるはずなのだが……方向感覚が無いからだろうか。

実際にマップを見ながら一発で町に着く事は一度たりとも無いらしい。

「だ、大丈夫、チュカ! ここからトキワの森へはさほど遠くない……はず……」

ルナの足下にちょこちょこ着いて行っていたピカチュウとロコンは心配気に主人を見た。

それもそうだ。自分だって、彼女が自分の主人だったらハラハラしてしまう。

仕方ない。力を貸すか  

「……………どうしようか」
「どうしたんだい、そこの可愛らしいお嬢さん?」
「へ?」

自分で言っていて、かなりナンパ臭い言葉だな、と自嘲する。

しかし、この位言わなければ怪しい人間に思われてしまうだろう(十分怪しい)。

足下のピカチュウが嫌そうな顔をしていたが、悲しくなるので無視だ無視。

「どなたでしょうか……」

キョロキョロと辺りを見回すルナに、リュウはハッとした。

そういえば気付かれないように気配を殺していたのだと思い出す。

すぐ気配を現し、後ろからツンツンと突っついた。

「え  
「ここ、ここ」

ふわっ、と優しく振り返った彼女の髪の毛が宙に舞う。

昨日は真っ暗闇で見えなかったが、向日葵の色をした髪の毛が眩しくリュウの目に入る。

ブラウンの目も、チョコレートみたいな目で、美味しそうだなんて思ってしまった。

改めて彼女の顔を見ると、なんだか可愛いと思ってしまう所ばかりで、心臓がむずむずする。

「いつのまに……」
「それより、どうした? 困ってたみたいだけど」

不思議そうに聞かれ、話をわざと逸らす。


まさか「君を追跡していたから気配を消してたんだ」なんて言えない。言える訳が無い。

露骨に話を逸らしてしまったが、ルナは疑問を抱かずに、そうでしたと手を叩いた。

「あの、迷ってしまったんです……」
「へぇ。どこに行きたいの?」
「えと……とりあえずニビへ」
「ニビってこっから近いはずなんだけど……ま、いいや。着いといで」

はい、と素直に返事をしたルナは、自分の後ろに着いてきた。

……やはり、彼女も自分に嫌悪感を感じるのかと、少し苦々しい気持ちになりながら、ただひたすら歩を進めた。


* * *



リュウは大層困っていた。

とにかく困っていた。

「ちょっ……、あ、あんまくっつくなよ」
「だって虫ポケモンが……」
「ピー」
「ぎゃああぁぁ!!」

いつもの丁寧で大人しい彼女の陰を全く感じさせ無い叫び方で、少し驚く。

ルナは虫ポケモンが大の苦手だという事は知っていたが、まさかここまでとは。

その理由はまだ知らない。

なんだかこんなルナを見ていたら気になってきてしまった。後で調べる事にしよう。

それにしても、こう、胸を押し付けるように引っ付かれてしまうと困る。

同業者である少女  ナナは長い付き合いだから平気だが。

「たかがキャタピーじゃん……」
「それでも苦手なんです!」

はぁ、と溜め息を吐いて、腰のボールからポケモンを出した。

出てきたのはガーディのヒエン。リュウの幼馴染みだった。

「ヒエン、火の粉=v

キャタピーには当てず、近くに火の粉≠飛ばすと、キャタピーは驚いて逃げていった。

虫タイプであるキャタピーは炎タイプに弱いので、炎の存在を見ただけで逃げ出すのだ。

なぜ逃がしたかといえば、ルナが怖がっていたからだ。

倒さなかったのは、必要が無いからという事と、この場で倒してしまえば戦闘不能になったキャタピーがその場に転がってしまう。すると、どちらにせよルナが怖がってしまう事になる。

今必要な事は、虫タイプをルナに見せない事と、ニビまで案内する為に進む事。

戦闘不能にする必要性はどこにも無い。

そう思っていると、ルナはこちらを不思議そうに見つめ、可愛らしく首を傾げた。

「倒さないんですか?」
「いや、だって普通だったらそのまま通り過ぎるだけだし……。無用なバトルは必要無いと思うし」
「……優しいんですね」

  ふわり。

ルナが本当に優しく、微笑んだ。それは羽根のように柔らかく、向日葵のように華(ハナ)やいでいた。

ドキッと跳ねる心臓に、自分で戸惑ってしまう。

まるで何かが喉に詰まったかのように声が出せなかったが、どうにか「  はぁ!?」という驚きの声をあげられた。

「だってキャタピーを傷付けたくなかったんですよね?」
「いや、まぁ、そう、だけど……」

それもあるにしても、ルナの事を第一に考えていたんだ、なんて思った瞬間に体中が熱くなるのを感じた。

そんな事は口が裂けても言えないので、珍しく言い淀(ヨド)んでしまう。

図星だから言い淀んでいると思っているのか、リュウを見てニコニコと和やかな笑みを浮かべるルナ。

リュウはなんだか照れ臭くなり、頬を掻きながらそっぽを向く。

それを見て先程よりも和やかな笑みを向けてくるルナ。これ以上羞恥心を煽らないで頂きたい。

と、その時  

ズウ……ン。

  ! 何!?」
「!」

激しい縦揺れ揺れがリュウとルナを襲う。

そんじょそこらの地震より遥かに大きな揺れ。これは間違いない。

  ポケモンだ。

すぐに察知し、リュウは揺れの原因を指差した。

「あれだ!」

ルナがリュウの声を聞き、上を仰ぎ見れば、少し遠方にガルーラが立ちはだかっていた。
ガルーラは自分の何倍もある大きさをしていて、かなり圧倒されてしまう。

「あれは親子ポケモンのガルーラ! 確かこの前見た本では、『メスはお腹の袋に子供を入れて育てる。連続パンチ攻撃が得意』って書いてありました!」
「うわ、歩くポケモン図鑑みてぇ!」

頭が良いとは聞いたが、まさかそこまでとは思わず、驚いたように声をあげてしまう。

まるで頭の中がポケモン図鑑で出来ているかのような彼女は、きっとポケモンが大好きであり、勉強熱心なのだと思う。

そのルナは、少し照れた様にエヘへと笑った。

「沢山本を読みましたから」
「………ふーん」
「ところで、なぜポケモン図鑑の事を?」
「まぁ、色々」
「?」
「それより、逃げるぞ」

「え!?」と耳を疑うように驚くルナに構わず、歩き出す。

対して、歩き出そうともせずに呆けているルナに、思わず深い溜め息を吐いてしまう。

すると何か気に障る様な事を言ってしまったのだろうかと心配になったらしく、ビクリと彼女の体が強張った。

「見ろよ。火が点いてるだろ? 今誰かがゲットしようとしてるんだよ。迷子少女が関わる事じゃねーだろ」
「………そう、ですね」

なんだか妙に焦燥感を感じ、鋭い目付きでルナに語りかけてしまう。

心中で、自分らしくも無いと自嘲しつつ、頭にちらつく真実に舌打ちが漏れそうになった。

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