カントー地方、トキワシティのあるお嬢様は突然こう言った。 「私(ワタクシ)、旅に出ますわ」 それはもう突然に。なんの脈絡も無く。 今晩のおかず何が良い? うん、私結婚するね。位の話の飛びようだ。 確かにこのお嬢様は普段、何をするか分かった物じゃない上に、思い立ったらすぐ実行タイプである。 しかし流石にこれは聞き捨てならない。 「なりません」 すぐに執事のヤマトはスッパリと切り捨てた。 だが、お嬢様は折れなかった。 「そんな事言われても、私は絶対に行きますわ。トマト」 「ヤマトです。駄目ったら駄目です」 「もう。どうして貴方が決めてしまうの? 私が行きたいと言っているのに」 「危険過ぎます」 「アラ、そんな事無いわ。ねぇ、マリリン?」 執事の言葉に、ニドラン♂がいるから大丈夫というように、ニドラン♂を抱きかかえた。 ニドラン♂も嬉しそうに鳴いてみせる。 執事だけが溜め息を吐いていた。 「大体、お嬢様はきちんと計画していますか? 貴女は方向音痴なんだから。それに思い立ったらすぐ実行という性格も特しませんよ。聞いてるんですか? って」 何の応答も無い事に気付き、ハッとした時にはお嬢様は目の前から忽然と姿を消していた。 「しまった すぐにそれをメイドや御付きの者に知らせに行く為にバタバタと部屋から出ていった。 ♪ ♪ ♪ 「フフ。どうにか逃げられたわね」 ニドラン♂と共に笑う少女。 少女は向日葵色のふわふわした髪を靡かせ、美しい琥珀色の目を細めた。 そのドレスに近い服をひらめかせ、無邪気に駆ける。 思わず周りが振り向いてしまうような、色々な意味で目立つ少女だった。 そこへ、一人の少年がやってくる。 「君はトレーナー?」 「ええ。今日からね」 「そうなんだ。どおりで」 「? 何か変ですの?」 「はは、変って言ったら変かもね。そんなにヒラヒラした格好なんだもん」 「まぁ……そうでしたの」 ふーむ、と悩み込んでしまう少女。 少年は、一目で少女がお嬢様である事に気付いた。 まぁ、これだけフリフリのドレスに、丁寧な言葉使い、常識外れさじゃあ誰でも分かるだろうが。 「良かったら僕が君の服を買うよ」 「まぁ、そんな! 申し訳無いですわ……」 大層申し訳無さそうにする少女。 凄く可愛らしくて、思わず少年は笑ってしまう。 「いいよいいよ。まぁ、センスは保証出来ないけどね」 「いいえ。私の方が、センスは飛び抜けて悪いそうなので」 「そ、そうなんだ。意外だねぇ」 本当に意外で、少女を一瞥するが、特に可笑しな所は無かった。 「ああ、これは執事のトマトが仕立ててくれましたの」 「ト、トマト!? へぇ、トマトが……」 いらぬ誤解を招いたが、少女は全然気にしていなかった。 というか、少女自身も本当に「トマト」だと思い込んでいるのだが。 「これで足りますかしら」 「どれどれ……うわっ、いっぱいだ!」 「ええ。いっぱい持ってきましたの」 その数、約数億円。「いっぱい」という単語じゃあ最早表現出来ない。 しかしあまりにも見た事の無い位の札束の山なので、少年は「いっぱい」としか言い様が無かった。 また、少女にとっての数億円は、ただ「少し多め」というだけで、「いっぱい」としか言い様が無いのである。 「……重くないの?」 「……重いですわ」 「じゃあ少し減らしたら?」 「そうですわね……」 「……何故僕に渡す?」 「そこに貴方がいらっしゃるからですわ」 (なんだろう、その『山があるから登る』的思考は) はふぅ、と溜め息を吐くと、素直に受け取る。 どうせ彼女の服代で消し去る事になるのだが。 「……君、名前は?」 「トキワシティのマリアですわ」 「僕はマサラタウンのアルト。よろしく!」 「ええ。よろしくお願いいたしますわ」 これが、運命の、後に夫婦になる事になる二人の出会いだった。 そしてこの二人が、大きな事件に巻き込まれる図鑑所有者の娘を生むのであるが、そんな事は今の二人には思いもしないのである。 私達の始まりは (なんて、本当はね) (知っていたんだよ) ←|→ |