「う……ん……?」 随分長い事眠っていた気がする位に、目を開くと体が怠(ダル)かった。 ユキは身を起こすと、辺りを見渡した。 辺りは、見た事も無い位に穏やかな場所で、なんだか非現実的であった。 しかも起きてすぐに鼻についた香りは、あのなかなか実らないと言われている木の実の香り。 一体ここはどこなのだ 「お目覚めになりましたか? ずいぶんぐっすりお眠りになっていたようですが……」 不思議と、特に警戒する事も無く、声のした方向を向いた。 すると、そこには白と黒の髪が特徴的克(カ)つ髭と服装で紳士の雰囲気を醸(カモ)し出す男性が立っていた。 少し視線を下げれば、自分よりも小さな少年少女が男性の後ろに控えている。 「ボンジュール、ユキ。ようこそ、この最終特訓の地へ」 いきなり知らない人のはずが、名前を呼ばれ、ユキは耳を疑った。 しかも、最終特訓というのはどういう事だろうか。 ユキは内心バクバクと焦りながら、無表情を装い、手を高らかに挙げた。 「どうしました?」 「質問、良いでしょうか」 「どうぞ。なんでも答えましょう、私の3サイズも御希望とあらば」 「いらねぇよ」 「そうですか、残念ですね」 依然として余裕の表情で癖のように髭を弄る男性に、苛立ちを隠せない。 なんだかどことなく誰かに似ている。 雰囲気、余裕の笑み、この苛立ちの感じ。はて、誰だったか。 疑問を携えながらも、それ以前に聞きたい事を口にした。 「とりあえず、貴方は誰です?」 警戒心を今更見せながら、男性を見据える。 すると男性は、スッと左手を右胸に置き、丁寧に頭を下げた。 「私の名はアダン。ミクリの師、 彼の頼みでこのたび、ルネのジムリーダーに復帰した者です」 その言葉を聞いた瞬間に、ユキは納得してアダンを指差した。 「そうだ、ミクリさんだ!! この寒々しい感じ、そっくりだ!!」 「同じ水タイプ使いですからね、当然でしょう」 「この流しっぷりもそっくりだ」 そういう事じゃねぇよ、と心中で毒を吐きながら、表面では嫌味たっぴりの笑顔を見せた。 アダンも笑顔を見せていて、普通なら互いに笑い合っていて微笑ましいはずなのだが、まるで火花が散っているように見えたと、側にいた少年少女は後に語ったとか。 「それから、ここはどこですか? 見た所、島のようですが」 それも珍しい木の実が実る、と付け足せば、アダンは興味深そうに目尻を上げた。 「観察力が良いとは聞いていましたが……なるほど、納得です」 何かを思い出すような仕草をしながら、何回か頷くアダン。 一体誰に聞いたのか、それも気になる所だった。 「ここは、マボロシ島!! そう呼ぶ方が多いですね。正確な名称は私も知りません。ホウエン地方にあるひとつの島ですが、ある種、隔絶された不思議な場所です」 「マボロシ、島……」 「ウィ!」 どうりで、不思議な位に穏やかな訳だと納得する。 マボロシ島。名前から察するに、きっと簡単には行けないような場所なのだろう。 そんな所に、何故自分が来たのか不思議でならないが、恐らくグラン・メテオを打った時の衝撃かなんかに違いない。 「それで、あの、ホウエンはどうなったんですか?」 一番気になっていて、そして、一番聞くのが恐ろしかった事。 額に汗を滲ませながら聞けば、今まで微笑んでいたアダンの表情がスッと鋭い物になった。 やはりあっちにとっても、ホウエンの事は本題だったらしい事が窺(ウカガ)える。 思わず、固唾を飲んで彼の言葉を待った。 「ホウエンの現状については」 一度言葉を区切って、アダンはパチンとハイパーボールを弾いた。 すると、そのボールからは美しく、堂々としたキングドラが現れて、息を飲む。 ミクリのポケモンのように、キラキラと目に見えて美しい訳では無いのに、その圧倒される位の美しさで目を奪われてしまう。 しかも、アダンが持っているのはスーパーボールでは無く、ハイパーボール。 ハイパーボールはハイパーな実力者のみが持てるボール。彼はかなりの実力者と言う事だ。 「キングドラが作り出す水のスクリーンをよくご覧なさい」 ブシャアアァァ、とキングドラがまるで噴水のように、水を口から吹き出した。 それはまるで、コンテストの技のようだった。 「……!」 映し出された光景に、ユキの眉間が寄り、紅い瞳は鋭く細められた。 カイオーガとグラードンの激突は、まだ続いていた。 「カイオーガと、グラードンが……まだ、戦いは止んではいないというのか……!?」 己の眼(マナコ)を疑いながら、驚愕を露にした声を発せば、アダンは深く頷いた。 「そのとおり。グラン・メテオを利用した攻撃で一瞬は2匹の動きが止まったように見えましたが、 アクア団・マグマ団の両リーダーから宝珠(タマ)を追い出し、暴走から解放するのがやっとだったようです」 「そんな……」 「逆に、その時の衝撃で吹き飛ばされたのを、私がここに連れてきました」 このマボロシ島に来た経緯は分かったが、あまりに衝撃的な事実に、歯噛みする。 出来る事なら、今すぐあそこに行って、どうにか二匹を止めたい。 ←|→ [ back ] ×
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