「よし! 鬼ごっこでもしようぜー!」 事の発展は、紅い瞳の少女だったのかも知れない。 「じゃんけーん」 『ポンッ』 一斉に出した手はあいこになる事は無く、二人がグーを出し、紅い瞳の少女がチョキを出して負けてしまう。 思いきり逃げ回って、木の上に身を隠そうと踏んでいた少女は、当てが外れてしまったとつまらなさそうに唇を尖らせた。 「ちぇ、僕が鬼かよー」 「わーいにげろー!」 「えへへ、鬼ごっこなんてはじめて!」 少年はノリノリで逃げ、少女は初めてやった活発な遊びに、思わず笑みを溢していた。 そんな笑みが自分に無い可愛さを持っていたから、すぐに少女は彼女を追う。勿論、彼女に合わせた早さで、だ。 「つかまえちゃうぜー!」 「きゃー、つかまっちゃうー!」 互いにあははと笑いながら、茂みのある方向まで駆けた。 今まさに向かおうとしていた茂みから、なぜだかホウエンのポケモンであるボーマンダが出てきたのだ。 「に、にぃに!!」すぐに兄に知らせると、まだ近くにいたのか飛んでくる。 「野生のボーマンダ!!」 紅い瞳の兄弟がボーマンダを睨んだ時、ボーマンダは一番大人しいからなのか、少女に向かって口を開いた。 「キャアア!!」 『危ない!!』 すぐさま紅い瞳の兄弟が少女を抱いて避ける。 間一髪でボーマンダの口から逃れ、二人は少女を掴んだまま遠くへ運んだ。 「ここにいて!!」 紅い瞳の兄弟は腰につけたボールに手を当て、ボーマンダの所へ駆け寄った。 「NANA!! COCO!! RURU!!」 「VUVU!!」 四匹は一斉にボーマンダを攻撃し始めた。まだバトルは未熟な所もあり、右側だけへの打撃だ。 それでも二人は、バトルセンスを父から譲り受ける少年少女。 普通の子供よりはバトルが強かった。 二人は、夢中になっていた。 『ボーマンダめ、絶対倒してやる!!』 すっかり二人は、紅い瞳を鋭くしてボーマンダと戦っていた。 それに対して、その守っている少女が怖がっているのに、気付かずに。 「VUVU、そこだ!」 「!! イーブイへの指示で、周りが見えなかった時、兄が自分を庇うように抱き締めた。 そして、 「……………………………………………………………………………………………………………………………………え?」 耳元で生々しく響いた音と、顔に迸(ホトバシ)る鮮血。 恐る恐る見上げれば、額を血塗(チマミ)れにさせた大好きな兄の姿が。 「ドラゴンクロー≠ゥ!! なんの! 父さんから教わったバトルの腕前を見ろォォォォ!!!」 血塗れになった兄を見て、ようやく頭が冷えたかのように、恐ろしくなってしまった。 否、怖かったのは、ボーマンダでも、目を鋭くさせる兄の姿でも無い。 自分のせいで誰かが傷付いた事だった。 いつまでも、自分についた鮮血をガタガタと震えながら見つめていた。 目から温かい雫が滴り、それを拭おうともしなかった。 そんな時、「メキ」という音が聞こえ、エネコの捨て身タックル≠ェ命中したのだと思った。 案の定そうだったようで、ボーマンダはカハッと息を漏らし、急いで逃げていく。 それでも、心の中の恐怖は着いて回った。 「勝ったよ! もう…大丈夫!! ボーマンダは追っ払ったから!」 荒い息を繰り返しながら、嬉しそうに顔を綻(ホコロ)ばせ、少女に向かって手を伸ばした。 しかし、少女の顔は一向に明るくならず、寧ろ藍色の瞳からボロボロと流れ落ちてくる。 「……う…。ひっく…、…ぐず」 涙を掬(スク)う事も出来ず、ただただ紅い瞳に彼女の泣き顔と兄の強張る顔を映していた。 「…こ、こわいよォ……」 か細く放たれた少女の言葉は、二人の心を抉った。 『こわい……』 今思い出しても、苦しい気持ちでいっぱいだった。 「彼女はボーマンダが怖かったわけじゃなく、僕とルビーの戦う姿が怖かったんだ」 『彼女はボーマンダよりも、ボクとユキの戦う姿に恐怖してたんです』 『助けてくれた二人に、そげんひどか言葉言うてしもたと…』 勿論、三人が子供だったから、しょうがないのかも知れない。 けれど、三人とっては『しょうがない』では済まされ無かった。 「そしてその日以来パパが家をあけることが多くなっていった……、 試験に落ちたと聞いたので再挑戦のためにバトル修行の為だと思います。兄とも、向き合えなくなってしまった」 『そしてその日以来父が家をあけることが多くなりました……、 試験に落ちたと言っていたので再挑戦のためにバトル修行に明け暮れていたんでしょう。ユキも、しばらくは目を合わせてくれませんでした』 『そしてその日以来父ちゃんの研究も忙しくなって、 あたしも父ちゃんの手伝いでいろんなポケモンに触れるうちにわかってきたと』 それが、自分自身で見出だした紛れもない、『答え』。 「あの子を怖がらせて兄を拒絶してしまった」 『美しかったあの子と妹の心を汚してしまった』 『二人の強さば否定してしまった』 だから……その時……決めた。 「これからはポケモンだけを愛でてよう、 自分の戦う姿を誰にも見せず本当の自分を隠そう!!」 『これからは強さよりも美しさを追い求めよう、 自分の戦う姿はもう二度と人前にさらすまい!!』 『これからは強さば身につけよう、 自身ば守り誰かも助ける強い力ば!!』 強さを捨てた少年、 美しさを捨てた少女、 そのどちらも捨てた少女。 『今度会うときには、こんなに変わった自分を見てもらえるように……』 話し終えた時、地鳴りがより大きくなっていき、足場が崩れていった。 恩師が、弟子へここは離れようと自分の空での足に乗せる。 「申し訳無いです……監督。こんな、昔話……」 「何を言ってるんだ。尚の事頑張る理由になるだろ!!」 『すいません、師匠。もう最後だと思ったら、つい話しすぎてしまって…』 『最後? バカなことを言うな!!』 『ごめん…先生…あたし』 『しっかりしろ! 対岸のミクリと合流するぞ!!』 急に弱くなってしまう子供に、大人として渇をいれた。 「逢いたい人がいるんなら、逢うまで死に物狂いで頑張るしかないだろう!!」 『今の話を聞いたら、なおさらここで果てるわけにはいかないじゃないか!』 『それほどの思いで変わった自分を、相手に見せぬまま終わってどうする!!』 そんな大人に、子供はハッと気付かされる。 言葉を真っ正面から受け止め、ゆっくり頷いた。 「そう……だね、監督!!」 『そう…ですね、師匠!』 『そうったいね、先生!!』 † † † エアカー、チルタリス、フライゴンが同じ場へと集結する。 そしてそこからは三組の子供と大人が降りて、目の前の古代ポケモンを見据えた。 一瞬、ルビーとサファイアは、ユキがいる事に驚いていたが、三人は顔を合わせると微笑んで頷いた。 「さあ! 気持ちが定まったところで…どうするか!?」 「師匠!! 2匹の戦いの本能を止める方法はただひとつ!! 宝珠(タマ)の力を消し去ることだと思うんです。 ボクたちが海底洞窟で奪還に失敗した宝珠(タマ)は今、彼らの体内にあります!!」 「なんと!?」 ナギとミクリは、その事実に目を見開いた。 宝珠(タマ)が体内にある、というのはどういう事なんだ。 しかし、ルビーが言うのだから、間違い無いのだろう。 「だからあの2人の暴走を封じることで、2匹の超古代ポケモンを制することができると思うんです!!」 「理屈はわかるが、どうやって行う?」 「ポケモンの技で外側から働きかけたのではあの2人の命を奪いかねないぞ!!」 「だからと言って、内側から働きかけるなんて、無理よねぇ……」 『……………』 シグレの第一声で、サファイアとナギは固まって彼(?)を見つめた。 サファイアは他人だから仕方無いとして。ナギもミクリ同様、シグレの事を知ってはいたが、自分の知るシグレはこんなのでは無かった。 決して、オカマなんかではなかった。 「話をややこしくしないでください、監督」 頑張って背伸びをして、シグレの耳を引っ張る弟子、ユキ。 一体どこを突っ込めば良いのだろうかと思っていると、ある事に気付く。 「ム!!」 「どうしたナギ?」 「ナギルン?」 「ナギル……!? ああ、い、いや、さっきサファイアのポーチから落ちたこの石…、熱を発してる…!」 一瞬、シグレのペースに巻き込まれる所だったが、流石ナギ。気にせず続けるというスキルがあるらしい。 そんな事より、肝心の石である。 その石を見た瞬間にミクリが目を見開き、シグレが眉間に皺を寄せた。 「ミクリ、これは」 「ああ……!! それは…、隕石グラン・メテオのかけらじゃないか!!」 ナギの手から石を取ったミクリは、どこでこれを見つけたのだとサファイアに詰め寄った。 サファイアは詰め寄るミクリに少し戸惑いながら、えんとつ山だと答える。 「むう! これさえあればヤツらを封じることができるかもしれない!!」 「どういうことですか? 師匠!」 「私の知り合いによれば…、この隕石、グラン・メテオには自然エネルギーを打ち消す力がある、という!! そうだよな、シグレ!」 知り合いの話を語ったミクリが、なぜかこういう事には詳しいシグレへと話を振った。 すると、さっきとはうってかわって神妙な面持ちで頷く。 「ああ。そのパワーは、活火山・えんとつ山の噴煙すら完全停止させたことですでに実証済みだ。だから…」 「それをヤツらの宝珠(タマ)めがけて照射すれば」 「2人の暴走を止められるかも!!」 「って事ですよね、監督!!」 シグレは深く、頷いた。 段々と希望が出てきた事に、子供達が口許に弧を描いた。 「どこを狙ったらいい!?」 その言葉に、ルビーが何かを思い出すような素振りを見せた中、ユキが「は……」と息を漏らす。 「監督……これって、この時のためのフラグだったんですか?」 服の中に隠れていたのは そのペンダントの光が指し示す方向は、首領二人の額だった。 「さぁてね」 しれっとした顔で、笑って答える監督。 きっと世界はこの人の手中なんじゃないかと疑いたくなる。 「ここからだと宝珠(タマ)までかなりの距離、グラン・メテオの力を両岸にあるマジックコート≠゚がけて同時に打ち出し、反射角を調節して狙い打ちます!!」 「あの足場でそれをなすには私のエア・カーと」 「私のチルタリスが必要だな」 「ワタシはミクルンのサポートをするわんっ!」 「監督、今緊迫した場面なので止めてください」 ちゃんと場をわきまえてのオカマかと思いきや、隙あらばオカマになるらしい。 全く傍迷惑なオカマちゃんだ。 「ゴホンッ。 グラン・メテオのかけらはこれだけ、チャンスは一度しかない、…頼んだぞ!」 グラン・メテオを託されたルビーは真剣な眼差しで頷いた。 それは背後に控えるサファイアとユキとて同じ事だった。 改めて、三人が顔を見合わせ、笑みを浮かべる。 「行くよ!! 今度こそボクたちの手で……」 「うん! あの2匹ば止めるったい!!」 「ああ! 三人で……ね!!」 そして 「1」 「2」 「3」 『GO!!』 僕の犯した罪と罰 (決して許され無い) ←|→ [ back ] ×
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