チルタリスの神速とも言える速さで真っ直ぐ飛ぶと、風圧が鬱陶(ウットウ)しい。

髪があらゆる方向に靡(ナビ)くが、今は退けている場合では無い。

ただただ、無我夢中で駆け抜けた。

自分の兄であるルビー、そして友達だと言ってくれたサファイアの無事を、ただ願って  



しばらく飛んだ所に、大きな古代ポケモンが二匹、そこにいた。

監督から話は聞いている。

カイオーガと、グラードンだ。

前者は海を司(ツカサド)り、後者は陸を司(ツカサド)る。

アクア団はカイオーガを欲し、マグマ団はグラードンを欲した。

その結果が、この異常気象!

否、それだけでは無い。カイオーガとグラードンは、お互いを潰しあっている。

それはカイオーガとグラードンの意思ではなく、それを操る人間達の意思で。

ポケモン達は、先刻言った通りに、いつだって被害者だ。望まぬ事をさせられ、人間に好き勝手され。

(許さないぞ……ッ)

歯噛みしてから、アクア団が束ねられた左の岸では無く、マグマ団が束ねられた右の岸でも無く、奥の岸へと向かった。

チルタリスの上から岸へと着地し、二匹の古代ポケモンを見つめる。

確か、二匹の古代ポケモンを操る宝珠(タマ)があるはずだ。

しかし、古代ポケモンの上に乗る、各々の団の首領(ボス)の手にはどちら共、そのような物は無い。

(一体、宝珠(タマ)はどこだ……!?)

眼鏡をかけて見てみても、二人の様子が可笑しい事位しか分からない。

と、その時、

「ネックレスが……!」

監督から貰ったネックレスから光が射し、それはマグマ団の首領と、アクア団の首領の額に伸びる。

まさか、

「まさか、あそこに宝珠(タマ)があるというのか……!?」

宝玉(タマ)は、二人の身体に取り込まれてしまったのか。

考えたくない事だが、それしか考えられない。

二人の様子が可笑しいのも、それと関係があるのかも知れない。

「だったら尚更取り返さないと……!!」

腰のボールからポケモン達を出すと、ポケモン達は臨戦態勢になった。

「フラッフィ、オーバーヒート!!」

ブースターの覚えている中で一番協力な技を放つ。

しかし相手は炎と水。その上、かたや日照り、かたや雨降り状態。効くはずが無かった。

ちっ、と舌打ちをして、次はアゲハントに目を向けた。

「リージュ、銀色の風!!」

その名の通り、銀の色の風がアゲハントの激しく羽ばたかせた羽根から生じる。

その風は、二つの異常気象に負け、消しとんでしまった。

それなら異常気象を逆に利用してやろうと、残りの三匹に目を向けた。

「チャビィ、絶対零度!!
 グレース、ゴッドバード!!
 トゥインクル、雷!!」

トドクラーの絶対零度≠ナ、日照りを冷やし、雨を凍らせる。

チルタリスのゴッドバード≠ナ、風の起こらない日照りに風を起こし、雨を吹き飛ばす。

ピカチュウの雷≠ナ、日照りした場に電気を送り、雨で濡れた場を利用して電気を弾けさせる。

どれか一つでも成功してくれと手を合わせて願ったが、それは無駄に終わった。

「邪魔を」
「するな!!」

上手くそれらは弾かれてしまう。

しかも、今まで二匹の対決の衝撃波に巻き込まれなかったのが、力がより一層強くなったかのようにこちらにまで衝撃波が届くようになってしまった。

真反対な二匹の力がぶつかった事により、衝撃波のような物が発生し、どこかに捕まっていなければ飛ばされてしまいそうだ。

(くそッ……どうにもならないのか……!?)

チルタリスに掴まりながら、地面を怒りに任せて叩いた。

その瞬間に、目の前にマジックコート≠ェ張られた。

これで吹き飛ばされる事は無いだろう。

誰の技かなんて分かる。

なぜなら  自分の大切なポケモンだから。

「有り難う、アブソル……」

二匹の古代ポケモンを挟んで、向こう側にいる自分のポケモン、アブソルに礼を述べた。

絶対に聞こえていないだろうけど、それでも構わなかった。

ゆらり、と立ち上がろうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

「ユキ!!」

長い髪を揺らし、フライゴンから降りて自分を支えるのは  監督だった。


「監督……ッ」

『…う…師匠……。
 来てくれたんですね?』

『…せ、先生』


震える腕で自分の身体を支え、自分の不甲斐なさを呪いながら、震えた声でぽつりぽつりと言葉を発した。


「すいません……、僕が向かった時には、もう手遅れでした……。
 宝珠(タマ)はあいつらの身体に取り込まれたみたいで……。あんなのに勝てる気がしません……!!!!』

『すみません…、宝珠(タマ)、奪還できませんでした…。
 使い手と超古代ポケモンが宝珠(タマ)を通じて同調(シンクロ)してしまった……。もうあいつらのパワーには…勝てません!!!」

『…すまんち…、あたしらでは力が足りんやったと。
 …あのすさまじい力、とても破れんたい。先生、先に逃げて!!』


弟子の言葉に、目を吊り上げ、肩を揺さぶった。


「あきらめるな!!!
 救うと決めたんだろう!?」

『あきらめるな!!
 きっと方法はある!!』

『あきらめるな!
 こんなところで散ってどうする!?』


そう、諦めてはいけない。諦めてしまったら、そこで全てが終わってしまう。

今重要な事は、諦める事では無く、諦めずに果敢に二匹の古代ポケモンと立ち向かう事だ。


キミは未来ある子ども(トレーナー)だ!! ポケモンと過ごす時代(トキ)を、世界をこのまま奪われていいのか!?





大切な人を失ってもいいのか!?




ハッと目を開く。

今の言葉を聞いて、真っ先に出てきたのは、過去の『あの子』だった。

今まで、自分の心を支え続けていた物。

それは多くの物があるが、一番大きかった物は、それだったに違いない。


『…………』


過去の情景が、目まぐるしく脳裏に過(ヨギ)る。

失いたく無い人が、大切な人が、いた  


「いいえ……、一人だけ、たった一人だけ……絶対に会いたい人が、いるんです……」

『師匠…、ただ一人…どうしても会っておきたい…人がいます』

『…いや…、…どうしてももう一度会わんといけん…、…あの人らに……』


ゆっくりと、自分の師範に、語りかけた。


「会って……、伝えておきたいことが……あるんだ!!」

『会って……、伝えておきたいことが……ある!!』

『会って……、伝えておきたいことが……あると!!』


手袋で覆われた手で、地面の床をしっかりと掴む。


「すごく前……僕の小さいころの思い出の中の人なんですけど……。名前も顔も覚えてないんです……」

『もうずいぶん昔…ずっと小さいころの思い出の中の人です……。名前も顔も覚えていない……』

『と、言うてもちっちゃかったころの思い出の中の人たい。名前も顔も覚えてなかとよ……』


名前を聞いたのかすら、危うい程に朧気(オボロゲ)な記憶。

覚えているのは、相手の顔に見とれていたという事だけ。


「その人はパパの親友の娘(コ)で、ジムリーダー試験を受けるパパの応援のために来ていたんです……」

『その人は父の親友の娘で、ジムリーダー試験を受ける父の応援のために来ていた…』

『そん人らは父ちゃんの親友の子どもで、父ちゃんと一緒にそん人のところへ行ったったい……』


会った瞬間に、わくわくと心が高鳴っていたような気がする。


「遊んだ時間は数日間位だったけれど、そのとき以上に楽しかったことはなかったと思います……」

『一緒に遊んだのは、ほんの数日間でした。でも、そのとき以上に楽しかったことはなかった』

『たった何日間かしか一緒に過ごさんかったけど、そのとき以上に楽しかった時間はなかったとよ……』


今でもその気持ちは変わらない。

あの時以上に楽しかった事は、他には無い……と。


「疑われるかもしれませんけど……監督。そのころの僕は……」

『信じらんないでしょうけど……師匠。そのころのボクは……』

『ウソやと思うやろうけど……先生。そんころのあたしは……』


今では考えられないような、昔の自分。



「口は悪いけどバトルもコンテストも大好きな子どもでした」

『やんちゃでバトルが大好きな子どもだったんです』

『おとなしくて木登りもバトルもようせん子供やったと』




5年前の、ジョウト地方での事だった……


「僕、  ! んで、こっちが」
  だよ!」
「キミの名前は?」
「わ、わたし、  

持ち前の活発さで、ホウエンからやってきた少女をリードする、紅い瞳の兄弟。

この瞬間に、少年少女は互いに魅力を感じていた。

この子は自分に無い物を持っている、と。

フリルドレスを着た少女は、おしとやかでキレイ好きで、凄く可愛かった。

「この子かわいいね!」
「エネコのCOCOだよ!」
「こっちのイーブイはVUVUっつーの!」
「COCOに、VUVUかぁ……わたしもこんなポケモンほしいなぁ……」
「こんど一緒につかまえてやろーか?」
「いいの!?」
「もちろん! な、にぃに?」
「うん!」
「やったぁ……あ、そうだ、けづくろいしてあげる!」
「けづくろい?」
「ブラッシングのことだって!」
「うん!」

鼻に絆創膏を貼った少年は、身軽で力強くて、とても格好良かった。

「ほら、こっちこっち!」
  も木のぼりやろうぜ!」
「き、木にのぼるなんて危ないよ……」
「大丈夫! ほら、ボク達がひっぱってあげるから!」
「う……うんっ」
『せーのっ!!』
「きゃっ!!」
「ほら、のぼれたでしょ?」
「う……うん」
「見てみろよ、あれ」
「あれ?   わぁ!! きれい!!」
「だろだろ? こっからだと一面の花畑が見えんだな!」
「ね? のぼって良かったでしょ?」
「うん!!」

少年と瓜二つな少女は、男の子みたいに力強いけど、綺麗好きでもあって頼り甲斐があった。

「ポケモンの技ってのはな、バトルにも使えるけど、コンテストにも使えるんだぜ?」
「コンテスト……へー!」
「ボクはコンテストよりバトルが良いけどなー」
「僕はどっちも好きさ! ってか、ポケモンが楽しそうにしてればもんだいなし!」
  ってかっこいい……年下に思えない」
「まぁなぁ……僕って女らしくないし」
「そんなことない!   ちゃんはすっごい女の子らしいんだから!」
「そ、そうかね……ありがとな……」
「うん! だってかわいいリボンとかしてるし! ポケモンのけづくろいもしてるし!」
「あ、ありがとな……ほめすぎだけど……」
「ボ、ボクは!?」
  くんは、かっこいい!」
「あ……あり、がとう」
「自分で言っときながらてれてやがんの!」

本当に、本当に楽しく、夢中で過ごした夢のような時間だった。

三人が三人共、こんな幸せな時間が一生続けば良い。そう思っていた。

それ位、会ったばかりの三人は、互いを大好きになったという事だ。

この幸せな時間が終わってしまう時。それは少女がホウエンに戻る時だと思っていた。

だから、例えホウエンに戻ってしまっても、また会えれば良いよね、という言葉を交わした。

しかし後に、そんな三人の仲を切り裂く事件が起こってしまう……。



[ back ]
×