苛立ちの矛先が向かったのは、一生懸命アピールしていたヒンバス。 ルビーがヒンバスの入った水槽を、ガッと掴んで、苛立ちを隠そうともせずにヒンバスを怒鳴った。 「やっぱりキミなんか、メンバーに入れるんじゃなかった!! もっとコンテストに合ったポケモンを探してから出ればよかった!!」 放たれた言葉は、ヒンバスにとって、ポケモンの技を受けるよりも痛くて、辛いものだった。 一生懸命頑張ってきた分、その言葉は胸に突き刺さる。 「たとえば、こんなポケモンみたいに!!」 バンッ、とミロカロスが描かれた本を力任せに叩いたルビー。 そのポケモンは、ルビーが憧れていて、時折眺めていたポケモン。 そして ヒンバスは、ずっとそのポケモンになりたくて、ルビーにbeautifulと言って欲しくて、そのポケモンを目指して頑張ってきた。 でも、そんなのは、結局は無駄な事で やっぱりルビーは、自分を醜いポケモンだとしか思っていなかったのだ。 ヒンバスの気持ちが溢れた時、ルビーのポケモンのグラエナ達がそれに気付き、冷や汗を流した。 ルビーが、そんなグラエナ達を見て、自分もまた冷や汗を流しながら慌てて、 「な…、なんだよ!」 と言うと、グラエナは遠慮がちに視線をヒンバスに持っていった。 それに続くように、ルビーがヒンバスに視線を持っていった。 MIMIは、泣いていた。 わなわなと小さく震え、言葉を発す事の出来ないポケモンでも、誰の目にも明らかな位に傷付き、涙を流していた。 耐えきれずにヒンバスが水槽を飛び出し、水の中へと潜り込んでいった。 それに対して、コンテストの事しか頭に無かったルビーは、それを見た途端に潜り込んでいった水面に向かって「まだコンテスト中」だと言う。 いきなり動いた物だから、ルビーがバランスを崩し、水に落下しそうになった時、腕を掴まれた。 振り向くと、そこにはミクリが険しい形相で立っていた。 「師匠!!」 ミクリを見て、ルビーはピンと来た事がある。 「ま、まさか…! 飛び入り参加者って、師匠だったんですか!? ど、どうして…!」 考えられるとしたらそれしか無いが、なぜそんな事をするのか理解出来なかった。 師匠が弟子のコンテストの邪魔をするなんて。 「イ、イジワルですね! わざわざボクのこと貶(オトシ)めるために、追っかけてきたんですか!?」 「……」 それでもミクリは何も言わず、ただルビーを見下ろしていた。 まるで 答えの代わりに返ってきたのは、ミクリの後ろから出てきた人物の平手打ちだった。 乾いた音が響き、そのままルビーは水の中に落ちていった。 頬に衝撃は走ったが、痛みは感じなかったが、訳が分からなかった。 状況が飲み込めずに本能だけで水の中をもがいていると、トドクラーから浮き輪の上まで戻される。 状況はまだ飲み込めず、水だけは飲んでしまい、咳き込んでいると、視界に細い足が入ってきた。 「……ユキ……?」 ヒワマキで別れたはずの妹が目の前にいて、自分の事を父譲りの鋭い眼光で見下ろしていた。 「僕だよ」 一瞬、何を言っているのか、分からなかった。 しかし、兄弟だからなのか、すぐに心中では「ああ」と納得していた。 「飛び入り参加者は、 この……僕だ!!」 さっきの波乗り≠ヘ、ミクリのナマズンの物かと思っていた。 だが、違った。 それはユキのポケモンであるトドクラーの技だったのだ。 しかし、尚更訳が分からない。 「な……なんで、今まで散々コンテストが嫌いだって言ってたユキが飛び入り参加なんてしたんだよ!!」 ずっと一緒にコンテストをやろう、と誘っていたのに、結局一回だって一緒にコンテストをやってくれた試しなんか無かった。 ルビーの苛立ちが、また一層大きくなった。 「分かったぞ! ボクに言われた事の仕返しに、コンテストが好きでも無い自分が優勝して、ボクに皮肉を言うつもりだな!!」 先程のは右頬だったが、今のは左で、しかも少し弱めだった。 だから今度は海に落ちなかった。 「さっきのはMIMIの分。 これは、僕の分だ」 ああ、だからMIMIの時は物凄い強さで、今のはそれよりも弱かったのか。 心のどこかで納得して、自分の頬を軽く撫でた。 「キミは、どれだけ人を傷付けたいんだ」 サファイア、MIMI、ユキ。 三人はルビーの勝手な言葉に、深く傷付けられた。 サファイアは、戦う力を人を守る事に使わない事、そしてホウエンを馬鹿にされ、自分のルビーへの信頼を壊された。 MIMIは、自分はメンバーに相応しく無いと言われ、自分が今まで頑張ってきた事を全否定された。 ユキは、家族なのに頼りにもされずにいて、お互い分かり合った仲のはずが、誤った見解をされた。 三人共、ルビーが好きだからこそ、言われた事に深く傷付き、涙を流した。 『言葉』というのは時に、そこらの刃物よりも鋭利になり、心に傷を作る。 体の傷はほっといてもその内治るけれど、心の傷は傷を付けた人が薬という名の『言葉』を与えなければ、本当には治らない。 それ位に、ルビーはとんでも無い事をした。 「ねぇ、ルビーは知ってたかい? MIMIが、ルビーの期待に添えるように一生懸命、技の練習をしていた事を」 勿論、知らなかったルビーは頬に手を当てたまま、目を見開いた。 「ルビーは他のポケモンにかかりきりだったから、知らないだろうね。 ミロカロスに憧れたのはキミだけじゃない。MIMIもなんだ。 MIMIはずっとミロカロスの絵を見ながら、それになろうと頑張ってた。近付こうと頑張ってた」 いつだってヒンバスは一生懸命だった。 ミロカロスだったらどうするだろうか、と考えながら水の波動≠必死に練習していた。 全ては、大好きな主人であるルビーの為だった。 「あんなに一生懸命頑張ってたのを、ルビーは気付かなかった、気付こうとしなかった!! ……MIMIはね、コンテストの練習をしてる時が、一番輝いていた。ルビーと頑張りたかったんだよ、リボンを取る為に!!」 コンテストの練習をしていた時だけは、控えめなヒンバスが自ら輝こうとしていた。 主人の期待に添えるように、という気持ちと、純粋にコンテストを楽しみたいという気持ち。 それが、きっと地味なヒンバスを、輝かせていたのだと思う。 「ルビーにとって、本当の『うつくしさ』って、なんだと思う?」 見た目? 技? いや それが気付けなければ、コンテスト制覇なんて、夢のまた夢だ。 「……でも、まずは『うつくしさ』について考えるより、する事があるよね」 その言葉で、放心から解き放たれ、ルビーはハッとしたように表情を動かした。 「MIMI…」 知らなかった。知ろうと、しなかった。 ヒンバスが自分を慕ってくれて、だからこそあまり目立ちたがりではないヒンバスが、自分の為に練習をしてくれていた。 それなのに、自分はその努力を全否定するような事を言って、傷付けた! 「MIMI!!」 弾けたように水に飛び込み、ヒンバスを探し出す。 服がびしょびしょに濡れてしまい、重たくなっても、風に当たって体が冷えても、それでも水の中を探し続ける。 浸水が進んで、建物が崩壊し始め、瓦礫がすれすれに落ちて来ても、ひたすら探し続ける。 「ごめん…、ごめんよ。MIMI! そんな…そんなつもりじゃなかったんだ!!」 後悔するには、もう遅いのかも知れない。 だけど、そんなのは認めたく無かった。 絶対に探し続ける。何があっても。 ヒンバスを見つけたら、絶対に言わなきゃいけない事があるんだ。 「MIMI〜〜〜!!」 そう、言いたかった。 悪いのは僕だ (そう理解した時には) (MIMIの姿は無い) 20140227 ←|→ [ back ] ×
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