「コンテストは……、
 僕が出ます!!!!

ユキの言葉に、当然ミクリは驚愕し、正気を疑った。

彼女はコンテストが嫌いだと、本人からシダケのコンテスト会場を前にして聞いていた。

その時の表情は、どことなく辛そうで、明らかに真実に見えた。

それなのに、今、彼女はコンテストに出ると言うなんて有り得ない。

「それは、ルビーへの怒りをぶつける為か?」

だから、聞いて置かなければならない。

コンテストが嫌いなのに、怒りをぶつけたいが故にコンテストに出ようとしているのかを。

コンテストは、人を魅了して、人を幸せにさせる物だ。

それを、兄への怒りをぶつける為に利用するなら、許せない。

そう思って表情を固くして目を吊り上げると、ユキは少し俯いた。

自分でも、まだ感情の整理が出来ていないらしい。

ミクリは見かねて、やはり自分が出ようと言いかけた時、ユキはゆっくりと顔を上げて  微笑んだ。

「僕、バトルもコンテストも完全に嫌いになったのかと思ってたんです。
 でも  そうじゃなかった」

本当は今になっても、バトルだってコンテストだって、大好きだった。

大嫌いだと思い込んだって、やっぱり好きな物は好きだった。

けれど、それを認めたくなんてなくて、今まで目を逸らして背を向けていた。

それはきっと  今のルビーも同じだ。

「僕は、ルビーに本当の『美しさ』を見せてやりたいんです」

恐らく、ミクリはルビーに「弟子にしてくれ」と頼まれた時、気付いていたはずだ。

ルビーは本当の『美しさ』を理解していなくて、更にポケモン達に目を向けてやらない事を。

自分の事で精一杯になってしまった途端に、ポケモンには全く目を向けられなくなってしまう事を、ユキは知っている。

本当の『美しさ』にも、後一歩という所で気づけない事も知っている。

だったら自分が、本当の『美しさ』にルビーが気付けるように導こうでは無いか。

「きっと兄は今、コンテストどころの心境では無いと思います。
 それなのに、ああやってコンテストに出ています。ただ、無心に」

観客なんてろくにいない場で、競う相手も存在しない状態で、リボンを手に入れるという目的だけの為にコンテストをしている。

それが本当にコンテスト? いや、違う。



「そんなのは違う。
   コンテストは楽しんでやるものだ」



それはトレーナーだけでは無い。ポケモンもだ。

トレーナーとポケモンが心を一つにして、同じ目的へと必死になって頑張る。

コンテストだって、バトルだって、それは同じ事だ。

今まで封印されてきた思いを胸に秘め、ミクリを見つめる。

すると、ミクリは自分の横をスッと通り過ぎていった。

急いで振り返り、「あの……っ」と呼び掛ける。

しまった。今までの態度の悪さが祟(タタ)ってしまったか。

焦る気持ちを感じていると、ミクリがこちらを振り返った。

その顔には、優しい笑みが浮かんでいた。

「私が事情を話してこよう。
 飛び入り参加の芝居とはいえ、Youは、ハイパーランクへの出場件が無い上にコンテストパスも持っていないのだから」

意外な位に協力をしてくれる事に、ある種の恐ろしさを感じつつ、有り難さに心が熱くなる。

「ありがとう、ございます」


† † †



ルビーは苛々していた。

否、苛々とした気持ち以外もある。所謂(イワユル)情緒不安定なのだと思う。

先程から、やるせない気持ちを感じて、数え切れない位の溜め息を吐いていた。

そして、目を閉じてなんとかコンテストに集中しようとすると、脳裏に藍色の瞳の彼女や大事な妹の顔が浮かんでしまう。

急いで首を振って、それを振り切ろうとする。

そこで、やっと受け付けの女性が自分に話しかけていた事に気が付く。

なんだろうと思い、聞けば出場ポケモンはどれなんだとさっきから聞いていたらしい。

全然聞こえなかったな、と思いながら出場ポケモンであるヒンバスに目を向けようとして  ヒンバスがいない事に気が付いた。

「あれ? MIMI!?
 どこだ、MIMI〜!?」

この広いカイナシティに広がる水面を見渡し、ヒンバスの名を呼ぶ。

すると、先の方でもたもたと一生懸命泳いでくるヒンバスの姿があった。

いつもなら、しょうがないなぁ、と思って終わるのだが、今日は何分虫の居所が悪い。

もたもたとするヒンバスに、苛立ちを覚える。

「何してるんだ、MIMI!!
 ちゃんとついてこなくちゃダメじゃないか!!」

ついつい苛々してしまい、ヒンバスに怒鳴り付ける。

ヒンバスは、急に怒ってしまった主人に怖い気持ちと驚きの気持ちを両方感じながら、今のは自分が悪いんだと心を萎(シボ)ませる。

しかし、もうすぐで自分が出る『美しさ部門』が始まってしまう、と萎(シボ)んだ心をなんとか膨らませる。

観客も他の出場者もいないが、せっかく自分をコンテストという魅力的な物に出して貰っているのだ。

一生懸命頑張らなければ。

最初は、今まで研究者にも目を向けられず、醜いと言われてきた自分が『美しさ部門』というハードルの高い部門という事で、酷く緊張したものだ。

だが、主人のおかげで地味で醜い自分が、これでもかという位に目立つ事が出来て、観客を魅了する事が出来て  凄く嬉しかった。

それでも、ノーマルを勝ち抜いた時も、スーパーを勝ち抜いた時も、主人は誉めてくれた事が一番嬉しかった。

だからこそ、今、物凄く頑張ろうと思えるのだ。

美しく  輝きたい。





しばらくして、コンテストは始まった。

『うつくしさ部門一次審査、見た目の人気投票!!
 え〜、本日は投票してくださる一般審査員の方がいないので、私(ワタクシ)ども係員のみでの投票となります』

大した根性だとは思うが、そもそも参加者はルビーしかいない。

ルビーは、どうせ出場してるのはボクだけなのだから、さっさとリボンをくれよ、とまだ苛々しながら腕を組んでいた。

『投票終了  
 まずは第1出場者、ルビーさんのMIMI!!』

どうしてわざわざ、いつも通りの司会をしているのか疑問に思いながら、眉根を寄せていた。

「まず」とか「第1出場者」とか、自分しかいないのに言う必要は無いじゃないか。

うつくしさ部門も、優勝したも同然だ。

ハイパーランクの次は、どこだったかと考え始めた時  





「全投票中の獲得票…、
 0票!!





閉じていた瞳を、見開いた。

二人の投票者がいるはずなのに、どうして、0票なんて票数になるんだ  

『なんと! 投票されたすべての票は、もうひとかた、飛び入り参加者へ流れました!』

自分以外の出場者!? しかも飛び入り!?

いつの間に、というか、そんな事をする人はどんな奴なんだ。

飛び入り参加者がいるはずの方を向くが、壁からの漏水のせいでよく見えなかった。微かに見えるのは本当に小さな影法師(シルエット)。

一体何者なんだ、とルビーは歯噛みする。

『つづいて2次審査!
 「技のアピール」!!』

今度こそは、とルビーは肩に力を入れた。

「みずのはどう!!」
『波乗り!!』

ヒンバスの得意なアピール技である水の波動≠すると、相手も水タイプなのか波乗り≠使ってきた。

肝心の声は、なんだか不思議な声だった。

まるで声を変えたような、そんな声。

『おおっと! こちらも飛び入り参加者の力が圧倒的!!』

挙げられた二つのプレートには「とびいり」の文字。

ルビーの名前は、どこにも無かった。

『ルビーさん、まったく目立てないィ!!』

ルビーは、目を見開き、動揺に紅い瞳を目一杯揺らした。

目立てないなんて、今まで言われた事が無いし、想像もした事が無かった。

その事実に、ルビーは尚更一層苛立ちを増した。

「く、くそっ! なんだよ! たった2人なのにアピールできないなんて!!
 どうなってんだよ!? MIMI!!」



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