きっとルビーは、ユキが考えたように、心が完全に沈んでしまったに違いない。

だから、きっとバトルから背を向け、ここにはいられないとヒワマキシティを離れたのだろう。

バトルから背を向けた。そして昼の言葉  コンテストしかない。

ルビーは、ノーマル・スーパーのコンテストを通過しているから、次は、



「カイナシティです」



スーパーランクの会場。


† † †



ヒワマキから飛び出してカイナシティに近付く頃には、もう朝日が上っていた。

ユキの瞳は、一睡もしていない今も、ギラギラと輝いていた。

執念深いというか、兄貴思いというか、ミクリはなんだかユキが一直線な事に、違和感を感じるしか無かった。

「Youはもう寝たまえ」と言うと、「いえ結局です」と言ってこちらに目を向ける事すらしない。

紅く光った瞳もそうだが、そういう姿勢が、彼女の父親にそっくりだった。

今の状況で、彼女がバトルをしたら、相当な実力だろう。

そんな事を思っていると、カイナシティが目と鼻の先にまで近付いた。

しかし、目の前にあるカイナシティは、自分の知っているカイナシティでは無かった。

む!!
な!!
これは!!

目の前にあるカイナシティだと思われる土地は、大洪水のように建物が水に沈んでいた。

「な、なんということだ! 町の大半が、水の中に…! 昨日はこのような異変は報じられていなかった…!!」
「どういう事ですか!? 火山停止と、熱エネルギーの低下だけじゃ無かったんですか!? それらのせいでこうなったとは、考えられません……!!」

ユキは勿論、あのミクリでさえ目の前の光景に驚愕を露(アラワ)にしていた。

明らかに、火山停止と熱エネルギーの低下以上のなにかがそこにはあった。

「事態は、ジムリーダー(われわれ)が思っているより、はるかに早く進行しているのか…」

町に溢れた水を見つめていると、ミクリの目の前には離れ離れになった親子が、ユキの目の前には離れ離れになった兄弟が溺れているのが視界に入ってきた。

すぐに二人はそれぞれ救助対象者に対して、ポケモンを出す。

ミクリはアズマオウ、ナマズン、ラブカスを。

ユキはアゲハント、トドクラー、チルットを。

ポケモン達の力で親子と兄弟は、エアカーに乗せて、なんとか助ける事が出来た。

まずは町の人々の救出が先決だと思い直させられたが、しかし、ルビーの行方も追わなければ。

苦汁の決断を迫られ、二人は額に汗をじっとりと滲(ニジ)ませた。

その時  



エルルン!!



  男性とも、女性ともつかない声が辺りに木霊した。

その声を合図に、巨大なポケモン、ホエルオーが姿を現す。

ホエルオーは町の人々の陸となり、溺れていた数々の人を助けた。

その半ば強引且(カ)つ、確実なやり方をする人を、二人は知っていた。

いや、しかし、まさかこんな所にいるはずが、

「ユキ」

優しく、自分を呼ぶ声に、涙腺が刺激されてしまい、泣きそうになる。

本当にいた、いたんだ……!

「久し振りだね」

中性的な顔で微笑む彼に、とめどなく溢れる感情が止まらなかった。





監督……!!!!





かつて自分に最も大切な事を教えてくれた、自分の恩師、その人だった。

監督は、ホエルオーの上からエアカーに飛び乗り、ユキを  抱き締めた。



「いやぁあんっ!
 本当に久し振りぃいっ!」



一気に猫なで声になった監督に、顔を青くしたのは、ユキでは無くミクリだった。

当然だ。ミクリの知っている監督は、先程のように中性的に微笑む彼であり、こんな猫なで声でハートを散らしまくるオカマでは決して無い。

誰でも端整な男性が、オカマ口調になったら驚くに決まっている。異論は認めない。

「シグレ……か?」
「イッエースッ!
 シグレよん、ミクルンっ!」
「ミク……!?」

あのミクリが顔全体で絶句しているのを見れて、なんだか楽しいユキとシグレだった。

「ミクリさん、一応聞きますけど監督とお知り合いなんですね」
「……当たり前じゃないか」

その先の言葉が紡がれる事が無かったのは、きっとユキが紡がれるであろう言葉が分かっているからであろう。

監督  シグレは、元ジムリーダーだ。

どこのかと言えば、今父がジムリーダーをやっている場所といえば誰もが理解するに違いない。

そう。父がジムリーダーを引き継いだ際に、初めて監督に会ったのだ。

逆に、父がジムリーダーを引き継がなければ、監督とは会う事は無く、人生も堕落していた事だろう。

しかし、今は抵抗は全く無いが、当時は抵抗があったものだ。

オカマである事では無い。というか昔はオカマでは無かった。

ユキが抵抗のあった物は、元ジムリーダーという事だ。

父に少しの怖さを持っていたあの頃は、ジムリーダーという身分だけで、人を避けていた。

それでも、自分に歩み寄ろうとしてくれたのは、他でも無い。監督だ。

自分への愛を決して失わず、ユキが無意識に欲っしていた大人からの愛を、全身全霊で貰った。

自分は、自分らしくいて良い事を、教えてくれた。

「監督、僕……!」
「分かってる。
 行きたい所が、あるのだろう?」

真剣な瞳で見つめれば、真剣な対応が返ってきた。

「ここはワタシに任せなさい。
 ミクリ。ユキを宜しく頼む」
「……わかった」

一瞬、さっきとのギャップに気圧されるが、ミクリもまた真剣にうなずいた。

そして、エアカーに乗せていた人をより安全なホエルオーの上に乗せ、エアカーでコンテスト会場へと急いだ。

「ミクリさん」
「なんだ?」
「コンテストに、飛び入り参加をしましょう」
「! ……わかった。私が出るから君は」
「いいえ」

ゆっくりと、ユキは首を振った。



「コンテストは……、
 僕が出ます!!!!



大切な人
(サファイア)
(監督、パパ)
(そして  


20140225



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