濡れた目元を乱暴にこすり、すたすたと速歩きで道を進んでいく。

泣いたのは、随分久し振りだった。

最後に泣いたのは、そう、自分を見失ってしまった時だった気がする。

「……監督」

自分を見失ってしまった時を思い出すと、いつもあの人が頭に浮かぶ。

男の癖に、天真爛漫で、傍若無人で、女っぽくて。

自分に、バトルもコンテストも、やらなくて良いと言ってくれた人。

まずはゆっくり深呼吸して、周りに目を配り、個性を大事にする。

その事を教えてくれた、かけがえの無い大切な人だった。

コーチのような物なのでユキは『監督』と呼んでいた。

監督のおかげで、ポケモンが大好きになり、人間やポケモンをよく観察するようになった。

「……会いたいな」

色々な事があって不安定だからか、人恋しくなってしまう。

特に、監督とは最近は会う機会がほとんど無かった為、会いたくなるのも当然だ。

「あれ……」

しばらく進んだ場所で、亜麻色の髪の少女が、野生のポケモンをばたばたと倒していた。

  サファイアだ。

「サファイア!」

ビクッ、としたのはルビーの声と間違えたからだろうか。

それともいきなり声をかけてしまったからだろうか。

いずれにせよ、少し驚かせてしまったので、申し訳無く思った。

思った、のだが、サファイアがこちらを振り向いた時、驚き過ぎて一気に申し訳無い気持ちがどこかへ行ってしまった。

彼女は長い事野生ポケモンと戦っていたのか、汗だくになっていて、肩で息をしている状態だ。

鋭くなった藍色の瞳と、剥き出しの八重歯がなんだか  本物の野生児みたいだった。

「ユキ……」

しかし、次の瞬間には、しょぼんと沈んでしまい、女の子らしくなってしまった。

「ユキは……あいつの妹ったい、きっとユキもバトル強かね……」

バトルが強いかどうかは分からないが、センリの息子だ。少なからず血は受け継いでいるだろう。

否定も肯定も出来ずに、黙ってしまう。

「ユキは……どうすると?」

どうする、というと、きっとサファイアのようにホウエンの危機に立ち向かうか、ルビーのようにホウエンの危機から背を向けるか、そのどちらなのかという意味だろう。

確かにルビーの言う通り、引っ越してきたばかりのホウエンには、完全には愛着は持っていない。

それでも、今まで旅してきたのはこのホウエンで、サファイアという友達が出来たのも、このホウエンだ。

ホウエンに来てからはろくな事が無かった。

地震で起きた津波に巻き込まれて、マグマ団という組織に巻き込まれて、父と兄の壮絶な親子喧嘩に巻き込まれて。

本当に最悪だと思った。

だけど  



『よろしく、リージュ!』



『行って大人たちを見返してやるんだ!!』



『兄弟なんだから当たり前ですよ』



『勿論! バッチリだよ!!』



『じゃあキミの名前はtwinkleだ』



『分かった、サファイア』



『チャビィ。キミの名前だよ』



『このヒンバス可愛いじゃないか』



『全く、雨男なんじゃないですか?』



  ……パパ、
 ありがとう……。



『Thank You!!
 フラッフィ、リージュ、トゥインクル、チャビィ!!』



『うん、キミは泣いた顔より、その笑顔の方が似合ってるよ』



『貴女が海よりも広い心の持ち主で許したとしても!! 関係無いにも関わらず巻き込まれたあの人達には多大な迷惑をかけました!! だからルビーは一生をかけて償わなければならないのです!!』



『変態だ、変態がここにいる!!』



  アブソル!!』



短い間で、色んな人やポケモンに出会って、素直に笑いあう事が出来た。

本当に本当に、一生忘れる事は無い、大切な記憶だ。

その記憶達は自分を奮い立たせてくれるには、充分な物となっていた。

「私は」

長いようで、短い静寂の後に、ユキが口を開いた。

サファイアは少し俯かせていた顔を上げて、ユキを見つめた。

「いや……」

何がいや、なのかは分からないが、吹っ切れたような顔をして微笑むユキの顔を見たら、否定の意味の「いや」では無い事が分かった。

「『僕』は前に言った事、変わってないよ」

前に言った事。

それだけで、サファイアの頬が緩むのを感じた。

前、というのはカイナシティでの事だ。



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