「…それ、本気で言うとっとか?」
「ああ」

怒気を含んだ声、というよりは、冷静で淡々とした声がルビーに問い、間髪入れずに肯定が返ってきた。

それを聞いた途端にサファイアは顔を俯かせ、微かに震える。

ユキが心配になって近付いた瞬間、彼女はなんと服を脱いだのだ。

これにはギョッとするしか無い。

ルビーも脱いだのが分かり、急いで自分の目を手で覆った。

「お、おい! 何を…!!」

だが、サファイアは聞かない。

側に生えている、南国の植物の葉をむしり、それを自分の腰と、胸につけて服にした。

「あたしは…会うたびケンカしながら、…でも心のどこかであんたは本当はいいヤツかもしれん…、そう思っとったとよ」

先程の、急にケンカをせずに、頭を下げた事を思い出した。

あれがつまりは、そういう事だったのだ。

サファイアはどこからか紙を出し、ルビーの顔を叩く位近くに突き出した。

「あんたが置いてったこの手紙、なんて書いてあったか。
 覚えとっとか?」

それは、ルビーが家出をした矢先の時の物。  80日間の約束をした日の物だった。

かならずきるように。
 きっとキミににあうと思う』

手紙には、そうルビーらしい綺麗な字で綴られていた。

「この一言がとても…とても嬉しかったとよ。こんなこと、言ってもらったことなかったけんね。
 だから、あたしには気取りすぎやと思ったけど、この服ば着て旅に出た」

ルビーにとっては、何気無い一言だったのかも知れない。

けれど、それでもサファイアにとっては凄く嬉しくて、他の言葉よりも何よりも、心に染み入った言葉だった。

自分の為に、服を作ってくれて、自分の為に、その言葉を残していってくれた。

でも  

「…でも、今のあんたの言葉ば聞いて、なんだかバカバカしくなったったい!」

今まで大切に持っていた手紙を、力一杯握り締める。

「あんたはそこまでの力がありながら、
 使おうとせん!
 役立てようとせん!!」
「…ボクは」
「聞きとうなか!!」

サファイアの言葉に、また一層複雑な顔をして俯くルビーの言葉を、ばっさりと切り捨てる。





鍛えた力はなんのためったい!!
 誰かば助けたり、そのための力じゃなかとかァァ!?






ルビーの作った服を叩き付け、叫ぶように言った。

彼女の瞳には、キラキラと真珠のように輝く涙が溢れていた。

サファイアの言った言葉が、刃のように心を突き刺し、ルビーは苦し気な顔をして黙り混む。

また、それはユキも同じだった。

「もう二度とあたしの前にその顔ば見せんで!!」

くるりとルビーから小さな背を向け、俯いたまま歩き出した。

ユキがどうしよう、と思っていると、ルビーも反対側へ歩き出してしまった。

じっとサファイアの背を見つめてから、ユキは兄の元へと駆け出す。

「ルビー……! なんであんな事……!」

ぴたり、と止まるルビー。

帽子の影と、俯いて出来た影のせいで、顔は見えない。

その顔を覗き込もうとした時、汗を一筋流しながらルビーの口許が笑みを作った。

ひくひくとしていて、随分無理をしているような笑みだった。

「ルビ  





「前から思ってたんだけどさ、
 別に着いて来なくて良いよ」





「……え……?」一瞬、ルビーが何を言っているのか、全く理解出来なくて。やっと出てきた言葉はそれだった。

「な、んでだい?」
「父さんから言われたからかは知らないけどさ、いつもいつもくっついて来てさ。ユキだって面倒だろう?」
「……は?」

面倒? 実の兄弟が、一緒にいて、面倒な訳が無い。

確かにいつもトラブルに巻き込まて、面倒だと思った事はある。

だけど、本気で面倒だなんて、家族なんだから思うはずが無かった。

「そんな事、無いよ」
「……」
「私は、ルビーが心配だから」
「……ボクは」

心配だと言った時、唇を噛んだルビー。

バッ、と顔を上げたその表情は怒りと焦りが浮かんでいた。



ボクは、いつもくっつかれて、鬱陶しいと思ってるんだよ!!
 監視されてるみたいでさ!! 放っといてくれないか!?




ルビーが放った言葉は、静寂した場に響き、やがて少しの残響を残して消えていった。

目の前のユキは口を少し開けて、言葉も出ないようだった。

しかし、しばらくしてユキは目付きを鋭くし、こう言った。

「嘘吐き」

その言葉はサファイアの言葉よりもストレートで、率直で、ルビーの心により深く突き刺さった。

「じゃあ……なんで今まで一緒にいたんだよッ……。言う機会はいくらでもあっただろ……!?
 気を使ってたっていうのかよ……僕を」

今まで、確かにずっと一緒にいた。それこそ鬱陶しく感じる位に。

でも悪い顔一つ、した事なんて無かった。

それは、顔には出してなかった、とかじゃない。双子のように育ってきた自分だからこそ、分かる。

「違うだろ!?」

いつだって、ルビーは頼ろうとはしてくれない。

自分を  信用しようとはしてくるない。

「にぃには……、
 僕を、信用してくれて無いんだな」

少しトーンの落ちた声に、ルビーはまた深く俯き、唇を噛んだ。



妹を嘗めんじゃねェッッ!!!!



サファイアに便乗したように、誕生日にルビーから貰ったヘアバンドを掴み、兄に叩き付けた。

なんの威力も無く、少しの間ルビーの服にくっつき、微かに動くとポロリと落ちてしまった。

それを拾って、顔をゆっくり上げると、ルビーはハッとした。

ユキが、今まで見せなかった涙を、流していたから。

自分が父と喧嘩していた時でさえ、涙を耐えていたのに。

それだけ、悲しませてしまった事に、今更後悔した。

ルビーはヘアバンドを掴んだまま、自分に背を向けて走り出してしまった彼女の本当に小さな後ろ姿を、立ち尽くしながら見つめていた。




分かっていた。ルビーは自分に今関わったら、八つ当たりしてしまうから、突き放した事を。

だけど、それは自分を信用してくれていなくて、頼ろうとしていない事だ。

その事が何より悲しかった。鬱陶しいと言われるよりも。

実の  妹なのに。

涙は後から後から溢れてきて、留まる事を知らなかった。


息をするのも難しい
(苦しくて)
(悲しくて)


20140223



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