「あんた…、
 そげに強かったと?」

サファイアは、その蒼い瞳を揺らし、動揺しているようだ。

……当然だ。今までルビーはバトルはしない、と言ってコンテストに一直線だったのだから。

バトルをしない、という事はバトルは弱いという事だと思ってもしょうがない。

それなのに、今垣間見たのは、全く真逆の光景。

「パニックで暴れまくったブーピッグば…、一度に…12匹」
「ハ、ハハ…あ…イヤ…」

なんとか今までのように誤魔化そうと試みるが、何も、言えない。

それは側にいるユキも同じだった。

弁解の余地が、どこにも無い。

「とっしん≠ナ闇雲に突っ込んだように見えたとやけど…違う!!
 ブーピッグがパワーば集める場所は、この黒真珠…。きっちりそこば狙いよう…。それもあの状況で一瞬のうちに…」

普通の人だったら、もしかしたら言い逃れ出来たかもしれないが、相手はフィールドワークを何年もやってきたサファイアだ。

誤魔化せるはずが無かった。

「並のトレーナーにできることじゃ…なか!」
「お、おかしいな、NANA。お、思わずはりきっちゃったんだな」
「変な芝居はやめるったい!!」

はっきりと、ルビーのどもっている言葉を切り捨てた。

そして瞬時にサファイアはコドラを出して、ルビーのグラエナに向かって攻撃させた。

ここでコドラの攻撃をまともに受けていれば、少しは違っていたのかも知れない。

だが、もうそれは遅すぎた。

ルビーはすぐにグラエナに合図を送り、グラエナを的確に動かし、コドラを地に打ち付けた。

スタッ、とコドラがグラエナから距離を取る。

そこで、またルビーは自分のした事に気付き、動揺を隠しきれないという表情で黙り混んだ。

「…ウソば、
 ついてたとやね?」

鋭い眼光が、ルビーに真っ直ぐ向けられる。

「どうしてウソばついてたと!?」
「……」
「だまっとらんとなんとか言うてみいよ!!」

「サファイア!!」そこでやっと、ユキが動いてサファイアの肩を掴んだ。

兄の顔は、今までで見た事が無い位に、苦悩や、困惑、焦燥の表情を浮かべていた。

ユキもまた、同じような境遇だ。ルビーに嘘吐きと言ったという事は、自分にもその言葉が向けられたという事だ。

同じように、色々な感情が入り交じった表情をするユキを、サファイアは黙って見詰めた。

それからまたルビーに視線を戻して息を吐く。

ルビーが何も言わないので、どうしても言いたくない事がわかったからだ。

「まあ別によか。理由はともかく、ちょうどいいったい」
「? ちょうどいいってどういうことだよ!」

もう少し、何か言われると思っていたから、ユキもちょっとだけ拍子抜けしながら疑問符を浮かべた。

「あんた、知らんとここへ来たとか?
 今、この地方全体に大変なことが起こっとってジムリーダー様たちはそのためにここで集合しとうよ!」

先程のナギの言葉が頭に過った。

『依然緊急レベル7の事態は継続中だ。諸君はこのままヒマワキに残り、有事にそなえてもらいたい』

  あれは、そういう事だったのか。

「リーダー以外でも少しでも戦力ば集めたいと言うとった!
 もちろんあたしも協力するつもりったい!」

厳しかった顔付きから一変して、サファイアは笑顔でそう言った。

なんというか、凄くサファイアらしかった。

誰かの為に、一生懸命に何かをしようとする。そんな性格が現れていた。

そして、そんなサファイアを見ていたからか、ユキも、何かやりたいという気にさせてくれた。

きゅっ、と胸の前で握り拳を作った、その時だった。



「で?」



ルビーがだからどうしたんだ、という意味を孕んだような口調で、さらりと放つ。

弾かれたように、ユキは顔を上げた。

「で? ってことはなかとでしょう!?
 あんたもそれだけの力ば持っておるとやから、いっしょに戦えるはずったい!! あたしはそういう意味で話しとう!!」

サファイアの怒声に、ルビーは何かに葛藤を強いられているように俯き、唇を固く結んだ。

兄の胸中は、完全には理解出来ない物の、ユキは少しは分かってるつもりだ。

きっとまだ戦いたくない気持ちが、心を蝕んでいる。

彼の辛い思いを、少しでもなんとか出来ないと思った時、ルビーがパッと顔を上げて、サファイアからもユキからも視線を逸らした。



「興味…、ないから」



興味が無い。今こんな時に出る言葉では無い。

サファイアもユキも、言葉を失ったように口を開けて驚いた。

「ちょ、ちょっと! 興味ないってどげんこつ!?」
「言った通りの意味さ」

何でもないように言いながら、グラエナをボールに戻した。

「全コンテストに優勝する! そのことだけを目標に旅してる。
 どんな騒ぎになってるか知らないけど、ボクには関係ないよ」
「あ〜ん〜た〜なァ!
 なに、勝手なこと言うとっとね!!」

本当に勝手で、自己中心的な言葉だ。

当然、サファイアは八重歯を剥き出しにして、掴みかかりそうな勢いで怒鳴る。

「火山が死んで! 地震が起こって! おかしなヤツらが事件ば起こしとって、いろんなモノが奪われて!!
 もうあたしもジム制覇どころやない! あんたもコンテスト制覇どころやない!!
 このホウエン地方のために戦わんと!!」

サファイアが背を向けるルビーに、仁王立ちになり、両手を広げ、必死にそう言った。

今は、80日の約束どころでは無く、ホウエンの危機に立ち向かうべきだと。

しかし、ルビーは右手を挙げて、何を言っているんだという顔を向けた。

「ついこないだ引っ越してきたボクにホウエンへの愛着を持てって言うのかい? そんなのムリだよ。
 コンテスト制覇したらジョウトへ帰りたいって思ってるくらいさ。ボクが暮らすにはここはイナカすぎて…」

その瞬間に、サファイアの怒りの表情が、無くなる。

ただただ今のルビーの言葉に、唖然とした。

それから、少し、寂しかった。



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