泥濘(ヌカルミ)から抜け出した後もトラックは進み、ついに引っ越し先であるミシロタウンに着いた訳である。

ジョウト地方に比べたら、言い方はあれだが、田舎、だった。

まぁ、緑に囲まれていて体に良い、と言ってしまえばそれで終わりだが。

「良かったわね、あなたの部屋もあるのよ」

それは助かる。あの女々しい兄と一緒にいると、もう少し美しく出来ないのか、やら五月蝿いから。

……とはいえ、この部屋を使う事はしばらく無さそうだが。

「夜にはお父さんにも会えるからね!」

母は上機嫌に、ユキの部屋を出ていく。

その姿を見ると凄く肩身が狭い。

「……さて」

母の姿が消えた事を確認すると、ユキは荷物を急いで詰め始める。

傷薬、救急箱、ブラシ。

ふと  ポロックケースが目に入る。

一瞬躊躇して、それを取って、

「私は  コンテストなんてしない」

  ゴミ箱に放り投げた。

ガシャアンッ、という音がしたからきっと、もう壊れてしまったさ。

自分に言い聞かせるように、立ち上がった。

それを、イーブイが不思議そうに見つめてくる。

「え? ああ、気にしないで」

そう言ってクローゼットを開けた。

そこには、ルビーが作った服ばかりが並んでいた。

だが、ユキはそれを取らずに自分で仕立てたた服(本当は縫い物なんてしたくは無かったのだが、良い服も無かったから)を取り出して着る。

「これで身支度終了  と」

タマゴをクッションの上に置いていたのを忘れていた。

ミ≠トみると、しばらくかかるようだった。

「楽しみだなァ」

微笑みながらリュックにそれを入れる。

実はルビーと下げる方向以外は御揃いなのだが、この際しょうがない。

「行くよ!!」


† † †



部屋の中から出て、隣にあるルビーの部屋に聞き耳を立てる。

すると、微かだがルビーの声が聞こえてくる。

『新しい家に越してきたばかりだけど、
 今日家を出る!!』

やっぱり。

溜め息を吐く。最初からルビーはそのつもりだったのだ。

ルビーが家出をする為に少しずつ計画を練っていたのは知ってる。

ミ≠黷ホ分かる。特にルビーとは一つ屋根の下に住んでる身であり、実の妹なのだ。

分からない訳が無い。

中にいるルビーの言葉を聞いていると、どうやらコンテストで全て優勝して、父親にその結果を突き付けたいらしい。

(本当にそんな簡単に行くのか?)

娘である自分には甘い所が少しあるが、兄であるルビーには少し厳しい所がある。

本当にそんなに上手く事が運ぶのか疑問である。

(っ、や、やばい!)

一度部屋から出るつもりらしい。

ユキは自分の部屋へ逃げ帰った。

自分の部屋の扉を閉めるのとすれ違いに、隣から扉を開く音がする。

(safe……ん? なんだこりゃ?)

机の上に小包があり、そのリボンには『誕生日祝い。父より』と書いてあった。

今日はルビーの誕生日だ。

だが、いつも時間をなかなか取れないだとかで、誕生日はいつも纏めて祝われるのだ。

その事実がユキにとっては、凄く納得行かない事だった。

だから、さっきのポロックケースと同じ場所に放り込んだ。

けれど一応小包の方は開けて見た。

「……へえ、靴か」

一瞬、捨てようと思った時、外から音がした。

きっとルビーが部屋から直接外へ出ていったのだろう。

靴を持ちながら外を見ると、ルビーが走っていくのが見えた。

「……」

しょうがない、とばかりにプレゼントである靴を履いて、「フラッフィ、ちょっと戻って」とイーブイをボールに戻した。

そして、自分もルビーと同じ手段で外に出る。

弱冠まだ9歳だが、血筋のせいかなんなのか、無駄に力は強い。

見た目が貧相だからそうは見えないかもしれないが。

「よっ」

ユキは、縄を伝って地へ着地すると、辺りを見渡した。

しまった。姿を見失った。

ここへは引っ越して来たばかりで、右も左も上も下も斜めも分からない状態なのだ。

「あちゃー。しまったな〜」

だが、早くしなければ母から父へ家出の事を伝えられ、相当あの父から絞られてしまう。

「そんなのはゴメンだ!!」

ユキは当てずっぽうの道を駆けていった。


† † †



「どうやらこの道しか無いみたいだ」

先程トラックから外を見た時に気が付くべきだったが、この町には道が殆ど一つしか無かった。

その時、草むらから、ガサガサと音が聞こえてきた。

「what?」

つい英語で話してしまうのは、昔からの癖だ。

決してルビーの影響では無かった、はず。

そんな呑気な事を考えていると、草むらから赤い虫が出てきた。



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