いいぞ! いいぞ! ミ・ク・リー!!
 L・O・V・E、LOVELYミクリ!!


ミクリの周りにチアガールのような少女達が後ろから出てきたかと思えば、ポンポンを振ったり紙吹雪を降らせたりと場を盛り上げていた。

だが、それを見た瞬間に思わずユキは頭に痛みを覚えて、額に手を当てる。

先程は冗談のつもりでルビーに「ルビーみたいな人だったりして」なんて言ったが、ルビーよりも酷かった。

  そう、私のポケモンはつねに、うつくしく、うつくしく、うつくしく、うつくしく、そして、美しい!!

こんな事を言う人は、まず変人に違いない。というか美しさしか無いじゃないか。

それでも、やはりミクリはともかく、ミクリのポケモンは怖いくらいに美しかった。

ミクリのポケモンはステージ上に、ナマズン、アズマオウ、トドクラーと三匹いるのだが、いずれにしても、キラキラと輝いていた。

睫毛(マツゲ)なんて長くて、なによりも、ポケモン自身が楽しそうに笑っていて、輝きを放っていた。

なんというか、どこも不自然では無いような『自然な美しさ』。

あらゆるポケモンのうちなる美しさを、ミクリという男が引き出しているという感じだ。

明らかに実力派で、その点は称賛しよう。

だが決め台詞は無理。生理的に。

そんな事を思いながら、ミクリを食い入るように見つめていると、脇にいるヌマクローのヒレがピクリしたのが視界に入った。

それだけでは無い。腕の中にいたピカチュウの尾もピクリとしたのだ。

何かを察知したのかと周囲を見てみるが、何分観客が多いので検討も付かない。

その時、すぐ左の方にいた少女のスカーフに火が点いて、少女の悲鳴がユキの耳をつんざいた。

これは大変だ、と思っていた時に、タマザラシが自分で出てきた。

そして口を開いた時  水の、イリュージョン!!!」ステージにいたミクリがラブカスを出して、少女に向かって水を放ったのだ。

しかもただ闇雲に少女に向かって放ったのでは無い。適格に、少女のスカーフだけに放たれた。

きっと少女をずぶ濡れにさせまいと善処しての事だろう。

放たれた水も、美しいハート形をしていて、まるでコンテストのアピールの一つのようだった。

勿論、観客席からは歓声が溢れんばかりに会場に鳴り響いた。

だが、観客達にとってはアピールの一つのように感じられたとしても、スカーフから火が点いて死ぬかと思った少女は、気が気じゃなかった。

うたた寝していて、タバコの火をスカーフに点けてしまった犯人である男を睨みつけ、襟を掴み上げた。

「あぶないじゃない!! 警察につき出してやる!! こっち来なさいよ!!」
「な、なんだと!? そっちこそコンテスト中、ずっとべちゃくちゃうるさいんだよ!!」
「それとタバコの火は関係ないでしょ!? じゃあ、うるさくしてた相手には火をつけていいわけ!?」

これには会場中が静まりかえる。

無理も無い。他人がどうこう出来る問題では無いからだ。

そう、どうこう出来る問題では無い、はずだった。

しかし、ミクリがラブカスに向かって「エリザベス」とニッコリ笑って言えば、ラブカスの口から、ラブカス形(つまりはハート)が沢山出てくる。

それは喧嘩をしている二人の周囲を回り、二人の間の空気を変えた。

少女はおもむろに手を離すと、床に散らばった紙を見つける。

「あ、あら? あなた洋服のデザイナーなの?」
「あ、ああ」
「あたし知ってる、このブランド!! けっこうよく買うから!!」
「そ、そう」

照れたように頭を掻き、俯いて手元のタバコに目を向けた。

と、そこで「あ!」とスカーフに火を点けてしまった事を思い出す。

「忘れてた! まずは、ゴ、ゴメン!! 火のこと完全にボクの不注意だった!!
 こがしちゃった服、弁償させてもらうからボクの店へ来ないか、これから?」
「う、うん!」

あら不思議。険悪な雰囲気から一変して、少女漫画も吃驚な超展開になり、観客がぽかんとする中、二人は外に出て行ってしまった。

何が起きたというのだ。

だが、観客達、そしてユキは知らない。ラブカスが、ランデブーポケモンという事を。

それから、二人が出ていったのを見送り、ミクリはステージから出ていった。

しばらくそれをただなんとなく見ていると、ふとピカチュウにぺしぺしと叩かれる。

「え、なんだ  あ」

そこでやっと、ルビーがいない事に気が付いた。

どこに行ったんだろうか、と考えるだけ無駄だった。

大体想像はつく。きっとミクリの所に行ったのだ。

恐らく、あれだけのパフォーマンスをやってみせたミクリに嫉妬し、勝負か何かを仕掛けるに違いない。

そんなのは妹として恥ずかしすぎる。なるべくゆっくり行こうと、速度を落として向かった。


† † †



「ユウキリンリン、ゲンキハツラッツ、キョウミシンシン、イッキヨウヨウ。ポッケナッビ持っ〜て〜、準備完了!!
 センテヒッショウ、ユダンタイテキ、ヤルキマンマン、イッキトウゴウ……ん、何?」

ノリノリで歌っていると、腕の中にいるピカチュウが振り返り、何かを伝えようとしてくる。

なんだろうかと前を向くと、ルビーとミクリが所謂野外試合なる物をしていた。

ルビーは、グラエナ、エネコロロ、ヌマクロー、ポワルンを出して、荒い息を吐いていた。

しかし気になったのは、ルビーが全く敵わない事では無かった。

  何故、ヒンバスがいないのか。

今やっている部門は、勿論「美しさ」。ルビーが出られなかった部門であり、ミクリの圧倒的なパフォーマンスを見せていた部門だからだ。

まぁ、美しさ部門以外をやるミクリなんて想像出来ないが。

否、そんな事より、ヒンバスの事だ。

確かにまだルビーにとってヒンバスは美しく無いポケモンで、心もと無いのはわかる。

だが、ユキはどうしても、ヒンバスがコンテストをやった後に、凄く嬉しそうにしていた姿が頭に離れないのだ。

ヒンバスというポケモンは、ポケモン図鑑にあった通りに、研究者でさえも見向きのされないポケモンだ。

そんなヒンバスが、ルビーによって「美しさ」部門で輝く事が出来たのだ。

それはそれは凄く嬉しそうで、そして、より一層ヒンバスはルビーを大好きになっていた。

一緒に、リボンを取れた事に嬉しそうにしていたじゃないか。

なのにどうして  そんな裏切り行為を平気でしてみせるんだ。

ユキは、拳を強く握り締め、唇を噛んだ。





  ねぇ、にぃにを見てると、何が美しさなのか、分からないよ……。





昔に感じた事のある、心を掻き乱される感覚に、吐き気を感じた。

いけないいけない。ぷるぷると小刻みに首を振った。

そんな時、ルビーはフラフラとミクリに迫った、かと思えばガバッと手を掴んだ。

弟子にしてください!!!

……………………………は?

はぁあぁあぁあぁあ!!??

目も耳も頭も、全ての五感を疑った。

相変わらず兄は何を言い出すのか、何をしだすのか、未知な部分がある。

「今、間近であなたのコンテスト技術(テク)を見て、ボクは対戦者でありながら、心を奪われました!!
 感動しました!!!
 あなたのラブカスの大きく天を仰ぐようなあまごい!! もりあがっているギャラリーがそれで、さらにもりあがり!!
 そこにたたみかけるようにみずのはどう!! ああ…、すばらしいコンボだった…!!
 一方で、ため息の出るようなてんしのキッス≠見せつけられて、ボクのポケモンたちは緊張しちゃうし…、
 …フフ…、完敗です」

滝のように次々と流れていく熱弁の嵐に、ユキは勿論、周りのギャラリーも固まっていた。

本当にいきなり何を言い出すんだ。そして、何がしたい。

「でも気持ちはすがすがしい!! なぜって?
 あなたというコンテスト師匠に出会ったのだから!!」

漫画のような効果音を付けるとしたら、「ドーン」や「バーン」となりそうな位に大袈裟に言ってみせるが、

ミクリはくるっと背を向け、車のドアを開けてルビーの言葉を流した。

「悪いが弟子など考えられない。
 Youの技術はYou自身でみがきたまえ!」

そしてそのまま車に乗り込み、去って行ってしまう。

だが、そこで諦めたら男が廃る、という訳では無いがルビーはミクリの跡を追って行ってしまった。

「あ〜あ……」

付き合ってられないや、とユキは息を吐いた。

「フォルテ!」

ボム、という音を発ててボールから出てきたのは、アブソルだ。

アブソルはクールな表情で、こちらを見てくる。

因みに、どうしてマリやダイにアブソルの事を言わないのかというと、災いポケモンだと言って非難していたから、出しづらいのだ。

ルビーは分かったみたいな顔をしていたが。

「悪いけど、また背中に乗っけてくれないかい?」

申し訳なさげに言えば、快く頷いてくれた。

「Thank You」

微笑んで、その美しい毛並みをした背中に飛び乗った。

アブソルも微笑んでから、スッと真面目な顔付きになり、地を駆けた。



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