「お! 見えてきた!!」

ダイの言葉により、気がついたように顔を上げる紅眼兄弟。

二人共自分の世界だったのだ。

「ルビーくんとユキちゃんも降りてきてごらんよ。
 あれがハジツゲタウンだよ!」

言われた通り、ユキを筆頭に外に出てダイの示した方向を見つめた。

広大に広がる自然の中に、家々や建物が数多く建ち並んでいた。

車を降りた瞬間にサクッという音がして、地面がへこむ。

まるで雪のように白く、柔らかい。

「これって…雪?」
「火山灰だよ」

ルビーも思ったようで、疑問を口にしたらダイから意外な一言が返ってきた。

灰が口に入ったら大変なので口を塞ぐが、ルビーのグラエナとピカチュウが一緒になって楽しそうに火山灰の中を駆ける。

口に入ったら大変だろう、とピカチュウを抱き上げると、ピカチュウは不服そうに口を尖らせた。

「ほら、あそこにそびえてるえんとつ山っていう火山が、いつもたくさんの火山灰をまいていて、それが雪のように積もる町なんだ」
「へぇ……」
「でも、おかしいな。いつもだったらこうしてる今でも灰が降り続いているはずなのに…」

その言葉に、ユキもえんとつ山の方を見つめた。

なんだかまるで休火山のように静かな火山だった。

「ダイ! 大変!!
 何日か前からえんとつ山が火山活動を停止してるって!! けっこう騒ぎになってたみたい!」

車内のテレビを指差したマリがダイに向かって放った一言は、案の定あのえんとつ山が休火山となったという事だった。

「これも何かの陰謀かしら。ねえルビ…、あれ?」
「ルビーならあそこです。コンテスト会場に行くみたいです」

冷静に言うユキの視線の先には、ランニングシューズで駆け抜けるルビーの姿。

急いでダイとユキは車内に乗り込み、ルビーの跡を追った。


† † †



今、ルビーは一心不乱にコンテストをやっている。

未だに、ユキはコンテスト会場に入らずに出待ちしていた。

タマザラシを抱き締めながら、どこかぼーっとして、視線も定まっていない。

そんな状態でいると、タマザラシが尾びれでオデコを叩いてきた。

「だっ!!」

痛みにオデコを撫でながら、何をするんだとタマザラシを見ると、タマザラシは何故か御立腹だった。

恐らくシケた面をしてんな、という事だろう。

「……有り難う、チャビィ!!」

ぎゅむぅぅぅぅ……とこれでもか、という位に抱き締めてやれば、もっと怒りが増したように両頬を叩かれた。

「痛いな〜」

しかし、そのおかげで元のテンションに戻る事が出来たので助かった。

タマザラシも、ご主人が元に戻ったのが分かったのか、安堵したように大人しくなった。

そんな時、ピカチュウが目を輝かせて中から戻ってきた。

コンテストに興味があったのか、勝手に中に入っていってしまったのだ。

「どうだった?」

ピカチュウに視線を合わせるようにしゃがみ、問うと元気一杯な鳴き声が返ってきた。

「ま、まさか……」

自分もやりたいと言い出すんじゃないだろうな、と恐る恐る目をやると、その予想は当たってしまったようで、中に引っ張られる。

「ちょっ、と待った!!」

焦ってそれを止める。

コンテスト会場に入りたくない云々よりも、コンテストには出られないのだ。

その事を言うと、ピカチュウは酷く残念そうにしてしまった。

これにはわたわたとするしか無い。

「え、えっと、
 ああ、そうだ! 軽くアピールだけ練習するかい!?」

ダラダラ汗をかきながら言えば、ピカチュウはたちまち嬉しそうに頷いた。

弱った、勢いで言ってしまった物の、それってコンテストをやるのも同然じゃないか。

(……ま、いいか)

周りは誰もいないし、ピカチュウのこんなにも純粋な瞳を見せられたら、やらない訳にはいかない。

ユキはちょっとルビーの真似をして、マイクを出してみる。

「時の流れは移りゆけども、変わらぬその身の愛くるしさ。
 身に付けたるは静電気。ポケモン・ピカチュウ、名前はトゥインクル!」

段々と乗ってきたユキに合わせて、ピカチュウがクルクルと回転する。

したっ、と着地し、ポーズをとる。

上手い上手いと拍手を送ると、ピカチュウは照れたように笑った。

確かにピチューの時からバックからピョコタンッと出たりして、こういう類いが得意だったように思う。

可愛さ部門というよりは、格好良さ部門かな、と考えてハッとする。

(別にコンテストしないのに……)

思わず考えてしまったのは、やはり未練のような物があるのだろうか。

あの時から、自分はバトルもコンテストもやらなくなった。

ルビーのように、バトルを辞めてコンテストに専念するようになった訳じゃない。

むしろ  

「ユキ?」
「ッ!?」

勢い良く振り返り過ぎて、コンテスト会場のドアに頭をぶつけた。

「大丈夫かい……?」
「大丈夫大丈夫……」

うずくまりながら、口許に笑みを浮かべてみせる。

ただ、無理矢理過ぎて口許がぴくぴくと痙攣していたが。

「美しさ部門のエントリーが出来なかったから見に行くんだ。ユキも来てよ」
「えぇぇ……なんで私が……」
「いいからいいから」

強引に手を引っ張られる。

まさかさっきの前口上を聞いていて、コンテストを好きにさせようとしているんだろうか。

まぁ、いずれにせよ、ルビーは一度決めた事を押し通すような頑固者だ。逃れられないだろう。

「どんなポケモンとトレーナーがエントリーしているのかな」
「ルビーみたいな人だったりして」

皮肉を込めて言うが、会場に入った瞬間、目映い光が目を刺激した。

「な、なんて美しさだ!!
 目を開けていられない!!!」

美しい、というより眩しい、の間違いでは無いだろうか。

ユキには美しさという物の感覚が薄れていた。

脇のコンテストゲージが凄い速さで満タンになる。

「ぶっちぎりの優勝だ  っ!!
 美しすぎる  っ!!」

思わず司会者が感涙していた。

というより、ユキ的には他の参加者への同情で泣きたくなった。

「フフフフフ。
 そう、私のポケモンはつねに、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 うつくしく、
 そして、美しい!!」

  殴りたくなったのは、自分だけだろうか。


臆病
(君の守り方も知らなくて)


20140219



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