「リュウジさん!! リュウジさぁん!!」

しかし、トンネル内にミチルの女性らしい声が反響するのみで、リュウジさんは出てこない。

「どうしたのよ、ミチルさん!!」
「リュウジさんが…、この現場で働いている私の婚約者が中に!!」
「じゃあ、この落盤に巻き込まれて…」

ダイが言いかけた時、車の上に「タン!」という着地音がした。

見てみると、先程のアブソルだった。

「災いを呼びおこすポケモン、アブソル…。
 この落盤事故もおまえがまねき入れた災いなんだな…クソッ!!」

その言葉に、無償にイラッとしてしまう。

アブソルが存在しているだけで、こんな風にアブソルのせいで災いが起きたみたいな言い草が、激しく自分を苛立たせた。

「急がないと…中で…リュウジさんが…」
「ムリよ、ミチルさん! あたしたち素人にできる方法なんて!!」

その白く細い腕で、無理に岩を持ち上げようとするミチルを止めるマリ。

だがそんな時に、車のドアが開く。

「いや! 方法は…、
 あります!!」

マリがキョトンとした顔で、ミチルが泣きそうな顔で振り返った。

「ZUZU!!」

ルビーのヌマクローが手を胸の前に構えて目を瞑り、頭のヒレを動かしていた。

「何をしてるんだよルビーくん!! こんな状況でボクたちに何ができるって言うんだ!!」
「たしかにこの岩盤を全てどけるのは不可能です。でも、要は閉じ込められたリュウジさんを探し当てられればいいんですよね!?
 だったら、できる!! ZUZUなら!!!

そう豪語しながら、自分のヌマクローが体のヒレで何かを探る様子を、ただ見つめた。

心配そうに見つめる三人は、少し不安が除かれたようだった。

「ミズゴロウの時から頭のヒレは優秀なレーダーなんです!
 水や空気の流れから人や物の存在を感じ取ることができる!!」

丁度見付けたのか、ピタリと止まるヌマクロー。

「行け! ZUZU!!」

ルビーが指差すと、ヌマクローは水飛沫ならぬ泥飛沫をあげた。

そのせいで、マリ、ダイ、ミチルが被害にあってしまう。

ルビーはというと、そそくさとその場所から離れていた。

ユキは、そもそも車から出ていないので勿論無事だ。

……警告ぐらいはしておけば良かっただろうか。

「大丈夫です、ミチルさん! ポケモン、ヌマクローは水中よりもむしろ泥の中を進むほうが速い!
 ボクの好みじゃあないですけど…」

ふっ、みたいな笑みを見せるルビーに、泥まみれになった三人、特にマリはルビーをジトリと睨んだ。

だがそんな三人にもなんのその、泥の中から聞こえてきた音に反応した。

「先をふさいでる岩盤にぶつかったみたいだな。
 よォし!」
「ルビー!」
「! Thank You!」

ユキは車から少し顔を出して、ルビーに向かってマイクを放り投げた。

そのマイクをルビーが受け取り、ほんの少し息を吸えばバッとポーズを取った。

「時の流れは移りゆけども、変わらぬその身のたくましさ!
 ほとばしりたるは怒りの激流!
 ポケモンヌマクロー!!いわくだき!!」

マイクの声を拾ったかのように、その瞬間に、目の前の岩盤が音をたてて割れた。

そしてその真っ二つの岩盤から、シルエットが浮かび上がる。

それは間違いなく、ヌマクローと、ヌマクローに抱えられた人間。

「リュウジさん!!」

やはりその人がリュウジさんだったのか、ヌマクローがリュウジを下ろすと、ミチルが駆け寄った。

(えぇえぇえぇえ!!?)

正直、想像していたような人では無かった。

ミチルとは釣り合わない感じの(至極失礼な話である)男性だった。

「すごいじゃない、ルビーくん!!」
「いやあ」
「ルビーくん…、ありがとう!!」
「これでバスの件はなかったことにしてください」

ミチルに言っているはずなのに、ルビーの視線は僅かにユキにいっていた。

どちらかと言えばミチルには、バスの件は見なかった事にしてください、という感じのニュアンスだ。

「あと、もしどこかのコンテストで審査員をすることになったら、か・な・ら・ずボクに投票してくださいよ」
「…」

見事にミチルはミツルと同じ反応を示した。

やはり兄弟では無いのか、二人は。

「そうそう! ごほうびだ、ZUZU!」

ルビーはポロックケースを取り出し、チャカチャカチャカチャカと振り回し、そこから出たポロックをヌマクローに与えた。

「Nice!!」

所謂、『餌付け』だ(違います)。

それを見たタマザラシが、自分にもよこせよと眼で訴えて来たが、別に何もしていないので無視をしておいた。

そんな時、リュウジが頭を抑えながら、目を覚ました。

「キミたちが助けてくれたのか? すまない。
 助かったことが奇跡に…思えるよ。調査中に起きた…予想外の落盤だった」
「予想外? ここ、開発途中で中断されたトンネルなんですよね?
 いつこういう危険にさらされてもおかしくないじゃないですか!?」
「イヤ! そうじゃないことは現場を指揮していた自分が一番よく知っている。
 ほら!」

ほら、と指を差された岩盤の所から、ゾロゾロと薄紫の姿が確認できた。

凄く、小さくて、小さくて……、

「まあ!!
 って、ユキちゃん!?」
「ふぁい、らいひょうふれふ!
 (はい、大丈夫です!)」

小さな生命体  ゴニョニョの可愛さに、ユキはお馴染みになりつつある鼻血を垂らしていた。

言わずもがな、マリは凄く引いている。

本当にこの兄弟はどんな個性派揃いだよ、と。

「今のが工事中断の原因だよ」
「ゴニョニョが!?」
「ゴニョニョは別名ささやきポケモン。聞き取れないほどの小さな声で仲間とやりとりするポケモンだ。
 だから大きな音を出すと驚いて騒ぎだしてしまう」
「それでバリバリ岩盤を削るような工事用の車両は使えない。
 工事は中止するしかないってリュウジさんが判断したの、ゴニョニョたちがかわいそうだから…」

リュウジに続いて、ミチルがそう言うと、ルビーとユキの目から感涙が溢れ出す。

「このかわいいポケモンたちのために…、わざわざ工事を中断するなんて…」
エライ!!

大袈裟な位に涙を流し、二人してリュウジに詰め寄った。

そんな突拍子もない声に、リュウジもマリもゴニョニョのような目になる。

「中断を決めて以来大きな衝撃は与えていない。ケアも完璧だったはずだ。なのに、なぜ落盤事故が起きたのか…。何かがおかしい。
 イヤ、おかしいのはこのトンネルだけじゃない」
『!!』
「最近のホウエンは地震も多い…。
 自分は、この地方全体に何か災害が迫っているように思えてならない」

地震  確かに、その事についてはミツルもハギ老人も言っていた。

最近は地震が多い、と。

ホウエンにずっと住んでいる人達が言うのだ。まず間違いは無いだろう。

ふと、災いの単語で思い出してしまった存在が一つ。

アブソルはどこへ、と思って車の上を見れば、居なくなってしまっていた。

横では同じタイミングで振り返る兄がいた。

相変わらず兄とは双子のようだと思った時、ゴニョニョがざわめき始める。

「? どうしたん  

  だ、と言うはずが、刹那、ゴニョニョが甲高い声をあげたので言えなかった。

この場にいる全員が、耳を塞いだ。

しかし、それでも聞こえてしまう超音波のような声に、顔を歪めるしか無い。

「な、なにこれ!?」
「大きな音たてられるのはNGなのに、自分はいいのか……ッ」
「普段はささやき声のゴニョニョが大声を上げる時…それは…、
 危険を察知した時!!」

という事は、現在進行型で危険を察知しているという事か。

理解した、その時、表現し難い轟音が周囲に轟いた。

目の前にあった岩盤の山が、みるみる内に崩れていく。

「ケヘヘ、地震だ災いだってあわてふためく一般人がいるぜ!?
 しかしよォ! こいつらには『災い』でも、オレたちにはよォ!!『しあわせ』だよなァ!!」

なんともふざけた事をぬかす奴らだと顔をあげてみれば、そこには見た事のある赤装束を着た奴らがいた。

「そうともよ!! なにせ地震は大地が拡大されてゆく、
 その予兆なんだからな!!」
「赤装束! カイナの!?」

どうしてこうも赤装束と縁があるんだ、と絶望半ばに思う。

「おまえら、ごちゃごちゃしゃべってんじゃないよ!!」
『ヘ、ヘイ!!』
「……弱い者程良く吠える。吠える程に弱い者に見える」
『い、以後気を付けやす!!』

二人の上司に言われ、したっぱ達はピシッと背筋を伸ばした。

「やれやれ。せっかく人払いもかねてド〜ンとトンネル崩してやったのに、まぎれこんでくるヤツがいるとはねえ」
「……予想外」
「全くだよ」

女の方  カガリはガムをクチャクチャと噛みながら呆れて手をあげた。

男の方  ユウキはアメをガリガリと噛みながらホウエンテレビと書いてある車を無心に見つめた。

脇ではしたっぱ達が、そのホウエンテレビの車の持ち主達に向かって奇襲していく。

だが、その上司であるカガリとユウキはそちらには行かずに、そこに留まった。

「さてと…、雑魚は下っぱどもにまかせて、あたしらは例のモノを探すとするかー」
「……うん」

カガリのキュウコンとユウキのキュウコンは、近くの岩を燃やしていく。

「フフフ、このホウエン地方にあるという紅色の宝珠(タマ)!! そいつを見つけ出せば、あたしたちは自由にできるんだよ。もうすぐ目覚める伝説の存在…、
 『たいりくポケモン』をね!!」
「……でも、ゆっくりしてる場合じゃないね」
「ああそうだ!! アクア団(ヤツラ)がもう一匹を見つけるより先に!!」

忌々しい、自分達と真逆の理想を掲げる組織  アクア団。

奴らよりも先に見つけ出さなければ、大陸を広げる前に海を広げられてしまう。

「ル、ルビーくんとユキちゃん、キミたちも加勢してくれよォ!!」
『イヤです!!』

ざわめきの中だったが、確かに二人は聞き取った。

「む、あいつは!?」
「……もしかして」

バッ、と二人がそちらに向き直れば、各々目的の人物と目が合った。

『え?』

同時に同じ顔でキョトンとする二人を横目に、カガリは自らの服についている角をライターにして、あの紙を炙った。

すると、浮かび上がる少年少女の顔。

「……予定」
「変更〜〜!!」

カガリとユウキは、同時にオオスバメ(ユウキのは色違い)を出して、肩に掴まらせて飛んだ。

そして紅眼兄弟の元へ  


後悔先に立たず
(だから1ミリも動けない)


20140217



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