とりあえず自分にもなついてくれたらしいチルットを仲間にし、その優美な姿からgrace  グレースという名をつけた。

英単語を言った時はやはり首を捻っていたが、意味を教えると照れたように笑ってくれた。

思わず鼻から血を垂らしてしまったのは言うまでも無いだろう。

チルットを抱き締めて歩こうと思っていたが、なぜかタマザラシがそうはさせてくれなかった。

恐らく今まで腕の中にいたから嫉妬してしまったのだろう。

かなり嬉しい状態だ。今までツンツンしてガンを飛ばしていたタマザラシがなついてくれたなんて。

それをタマザラシに言ったら、「はぁ!?」みたいな顔をして手で叩かれてしまった。

だが、バッチリ顔が赤かったのを知っている。

ユキは鈍感ではない。寧ろ敏感な方だ。

自分に好意があるか無いか位分かる。

センリみたいな分かりにくい人はちょっと気付きにくいが。

「そんな事より、そろそろ終わったかな」

タマザラシを腕に抱きながら、コンテスト会場の前まで足を運ぶ。

すると、丁度終わったのか、お客さんがぞろぞろと中から出てくる。

その中からは兄の姿もあった。

我ながらこんなにも多い人混みの中から兄を見つけるなんて、目敏い奴だ。

「ルビー!」

声をかけるが、ルビーは気付かずにどこかへ向かおうとしていた。

随分必死なようだが、どうしたのだろうか。

人混みというのもあって、何も出来ずにルビーの様子を見た。

……後からその事に後悔する事になる。

ルビーが何を思ったのか、ヒンバスを出して冷凍ビーム≠バスの扉に向かって放ったのだ。

すると、凍ってしまったドアに男性がぶつかってしまい、そのぶつかった男性に後ろの女性がぶつかってしまい、悪循環というかドミノのように倒れていった。

はあぁあぁあぁあ!!?

何をしているのだ兄は。

相変わらず何をし出すか分からない奴である。

目を疑いながら、急いで兄の元に全力で向かった。

「やー、まにあってよかった!
 ごめんね、ちょっと乱暴だったかな」

どこがちょっとなのか説明願いたい物だった。

「でも、キミがボクに気づいてくれなかったからだぞ」

ルビーが「キミ」の手を引く。

そこでようやくユキが兄の場所にまで到着した。

「ルビー!!?
 なんでセクハラしてるんだよ!?」
「な、セクハラって!! キミはなんでもかんでもセクハラって言い過ぎなんだよ!!
 ボクはミツル君を  あれ?」

その緑の人は、ルビーの記憶より髪が長かった。睫毛だって長いし、胸もふくよかだ。

「髪…そんなに長かったっけ、ミツルくん…」
「というか、どっからどう見たって、綺麗な女性じゃないか!!
 私より胸あるし!! スカートだし!!」

阿呆な事をぬかす兄に、キレたように彼女の胸やらスカートやらを指差して怒鳴る。

怒気を感じるのはユキからだけでは無い、ドミノ倒しのように倒された人達からも怒りのオーラを感じされた。

コラァァァ!!

とうとう怒声をあげた人々に、流石に怖じ気づいたように「ぴえ〜」と声を発する加害者R。

しかしそこで一番怒っているのは他でも無い、妹であるユキだ。

ユキはルビーの頭を掴んで、しゃがませようとする。

怒った時の彼女は有り得ない位に力を発揮するので、中々振り払えない。

「な、なに……」
「あ?」
「すみません、これはなんでしょうか」
「土下座に決まってるだろ」
「え〜!?」
「土・下・座」
「すみませんでした」

コンマ0.2秒でルビーは大衆に向かって土下座をした。

無理も無い。凄まじい殺気を出しながら、鬼のような紅い眼で見られれば誰が断れようか。

それに関しては、大衆はルビーに同情する他無かった。

うん、怖かったな、今のは。可哀想に。

といった具合に。口に出したらそれこそ殺されるので、無言だったが。

プライドが障ったのか、それとも戦慄(センリツ)なのか、ぷるぷると震えていた。

そんなルビーを知ってか知らずか、ユキは「本当にすみませんでした」と丁寧に御辞儀をし、ブースターにバスに張ってある冷凍ビーム≠溶かさせたのだった。


† † †



「もォ〜、ホントにムチャするんだから〜」

あの後、マリが来てくれたので、またホウエンテレビの車に乗り込んだ。

「つまりルビーくんは、このミチルさんを、自分の知り合いのミツルくんだとまちがえたのね?」
「ハイ…、あまりにも似ていたから。メガネもかけていなかったし…」

メガネかけてたじゃないか、とユキはまだ怒ったように言うと、見付けた時はかけてなかったんだよ、と返した。

「だからって乗客全員を将棋倒しにしなくたって…」
「そうだよ。一体何考えてるんだ」
「いえ、いいんです! わたしも会えてよかったと思ってるから…」

ミチルは、優しいお姉さんのような顔で微笑んだ。

彼女は美人だし、きっと素敵な彼氏がいるのだろうなぁ、と思った。

だが、聞き捨てならない、とユキは身を乗り出した。

「良くないです!!」
「ええ!?」
「貴女が海よりも広い心の持ち主で許したとしても!! 関係無いにも関わらず巻き込まれたあの人達には多大な迷惑をかけました!! だからルビーは一生をかけて償わなければならないのです!!」
「そんな重罪人じゃあるまいし……」

この場にいる人全員が、ユキのキャラに驚いていた。

ルビーはげっそりと窶(ヤツ)れていたが。

それにしても、親子兄弟揃って強烈であるとマリは思った。

この三人だけでドキュメンタリーとしてTVに出られるのでは無かろうか。

正直あまり見たい物でも無いが。

「え、ええと、ルビーくんと、ユキちゃんだったよね。
 わたしはミツルのいとこなんだけど、よく姉妹と間違われるくらい似ているって言われてるの」
えええ!?

これには流石に驚くしか無い。まさか兄弟とかでは無く、従兄弟だなんて。

「トウカでの出来事、聞いてるわ」
(ヤバッ!!)

二人は瞬時に顔を赤くして、あのトウカで勝手にカクレオンを捕獲した事が両親に知られてしまったのかと焦る。

その二人の様子を見たミチルは、あまりにもそっくりで双子みたいだと小さく笑みを溢した。

「安心して、そのことはわたししか知らないから。
 ミツルも喜んでいたし、病気も少しずつよくなってるの」

それは吉報だとユキは安心したように胸を撫で下ろした。

一日限りの関係だとはいえ、あの時間は結構濃密な物だったように思う。

だから、普通に友達と呼んでも可笑しくは無い。

友達として、彼の具合を心配するのは当然の事だ。

「…ミツルは病気の療養に空気の療養に、空気のいいここ(シダケ)のわたしの家に越してきたでしょ。
 でもわたしは、ポケモンを手にできたことも、療養につながったと思ってるの。
 だから、ありがとう、ルビーくん、ユキちゃん」
「いやあ…ハハハ」

御礼を言われ、なんだか軽く調子に乗ったような顔をするので、肘で脇を突いた。

何するんだよ、という顔で睨んできたが、ツンとそっぽを向いてやる。

別にまだ怒っている訳では無い(実は怒ってる)。

「ふふ、特にね、ミツルはユキちゃんの事ばかり言ってくるのよ」
『えっ』

瞬時に紅眼兄弟が凍り付く。

なんだか信じがたい話を聞いた気がしたが、気のせいだと思いたい。

「それにしても残念だわ。あなたたちの顔を見たら、ミツルもさぞ安心したでしょうに…」
『!?』
「どういうことですか!?」
「ミツルはね検査のため、大きい病院のある町へ移ったのよ。今日の朝…」
『〜〜〜〜〜〜!?』

それを聞いた瞬間に、ルビーとユキはへなへなと脱力してしまった。

彼もここにいるのかと思って、会える事をささやかながら期待をしていたのに。

相変わらず彼とは色々とすれ違ってしまう。

「まあ、いいじゃない。友達の病気が少しずつよくなってきてる事が分かったんだから」
「う〜ん」
「まァ、そう、ですけど」

煮え切らない気持ちで返答した時、車内に据え置かれているワンセグから、地震やらが来た時の緊急速報時に流れる音がして、全員でそちらを向く。

『シダケとカナズミをつなぐために開発されていたカナシダトンネルですが、工事中断中の建設現場でただ今、落盤事故が発生したとのことです!!
 現場は混乱しており、いまだ被害の正確な情報はわかっていません!!』

関係無い事だと思い、大変そうだなぁ、と半分聞き流していると、ミチルが衝撃を受けたように手を口に宛がっていた。

「カナシダトンネル!? うちの近くです!!」
「たいへんだわ!! ダイ、現場に急いで!!」
「合点!!」
「ミチルさん、私たちといっしょに行きましょう!!」
「あの…ボクたちは?」
「あなたたちもいっしょに乗るのよ!!」
「異議あり!!」
「却下!!」
「WAO!! 一刀両断!!」

エンジン音が車内に鳴り響く中、妙にバタバタとしてしまった。

ユキが異議を申し立てたのは、また嫌〜な事に巻き込まれる予感がしたからだ。即答で却下されたが。

腕のタマザラシと共に膨れっ面で窓を眺めていると、疾風の如く何かが横に並んだ。

美しい毛並みの、全体的に白いポケモンだった。

そのポケモンを見た瞬間、不思議な感覚がした。

なんだかまるで、運命を感じているような  

一方で、隣の窓際にいるルビーは、まるで恐怖を感じたかのように顔を強張らせ、ゾクリという悪寒を背筋に這わせていた。

「あら! キレイなポケモン!!」

マリがそう言って、ふと後ろを振り向く。

「どうしたの? ルビーくん、
 いつもならあんなポケモン見たら、開口一番Beautifulって叫ぶんじゃないの?」
「ええ…、そのはずなんですけど…。
 今日はなんだかあのポケモンを見たとたん寒気がしちゃって…」

ルビーは図鑑を出して、あのポケモンについて調べ出した。

するとそこには、

『アブソルが人前に現れると、必ず地震や津波などの災害が起こったので、災いポケモンという別名で呼ばれた』

と書かれていた。

「アブソル…、現れると必ず災いが起こる…。
 …わざわいポケモン…!!」

ユキはその解説に、どこか違和感を覚えていた。

根拠は無いが、そうは思わないのだ。

あんなに力強い眼をしたポケモンが、災いを自ら引き起こすとは、俄(ニワカ)に信じがたかった。

「私は  ッ!」

そうは思わない、と言おうとした時、アブソルがこちらをちらりと見て、目が合った。

思わず何も言えなくなって、アブソルが遠くに行った後も、ずっと固まったままで視線さえも動かせなかった。

その間も無く、車はカナシダトンネルへと到着し、騒がしい声を聞いてやっと我に帰ったのだった。

「ダイ! 取材の準備よ!!」
「はい!」
「あ! ミチルさん!! 今、連絡しようと思ってたんだ!!」
「何か…!?」

取材の為に意気揚々と飛び出していったマリとダイとすれ違いに、ミチルの元へ一人の男性がやってきた。

凄く切羽詰まっているような、焦りしか感じさせない表情だ。

「今さっき、またトンネル内の岩盤が崩れそうになって…、
 リュウジさんが現場の指揮に当たってたんだが…。たった今、無線が途絶えて…!!」

ミチルは信じられない、という表情で両手を口に添えて衝撃を受ける。

リュウジさん、とは誰の事だろうかと思っていると、突然ミチルが自分の前を通って運転席に向かった。

まさか、と思っていると、そのまさかだったらしく、エンジンを吹かしてアクセルを踏んだ。

おいおい、この人は免許を持っているのだろうな、と不安になってくる。

不安は拭えぬまま、無免許疑惑があるミチルは車をトンネルまで進ませた。

そして岩盤が崩れている場所まで向かうと、車を降りて駆け出した。



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