「う〜ん……」

人差し指を口許に持っていきながら、考え込む。

と、ある考えが頭に浮かび、リュックから例のアレを出す。

それを手のひらに乗せてチルットに見せれば、少し興味を持ったのか身を乗り出してくる。

「ポロックだよ。
 キミの好きな味のはずだ」

タマザラシの時も使ったが、このポロックケースは、家のごみ箱に捨ててきた物では無い方だった。

昔、ルビーが自分の為にくれたのだ。

そういえば、その時も9月20日の今頃の時刻で、今日みたいにぶっきらぼうでは無く、素直に礼をしたのを覚えている。

思い出に浸っていると、自然と口許も緩んで優しい笑みを浮かべる事が出来たからか、チルットが自分に近付いてポロックを啄(ツイバ)み始めた。

「美味しいかい?」

問い掛ければ、またビクゥゥッと随分体を強張らせたが、彼女からは悪い感じはしないので、素直にコクリと頷いた。

正直、それに対してユキは、鼻血が垂れそうな勢いであった。

しかし、鼻血を出してしまえば、たちまちチルットは逃げてしまうだろう。

それはどうにか避けたかった。

「キミ、親は?」

ミ≠ス所、「おや」はいなさそうではあるが「親」はいそうであった。

するとチルットは、途端に表情を暗くして俯いてしまう。

(……親がいないのか?)

立ち上がり、周りを見渡してみる。

ふと、木の上を見上げてみると、気になる物が目に入った。

「フラッフィ、リージュ、トゥインクル、チルットの事を見ててくれ」

三匹に言うと、三匹は揃ってコクリと頷いてくれる。

よしよし、やはり自分のポケモン達は素直で良い子だ。

安心して木に登ろうとした時、足元に石を投げられた(結構大きくて痛い)。

見てみると、やはりというかなんというか、タマザラシがじとっとこっちを睨んで来ていた。

「え、自分は何すれば良いかって?」

コクコクと頷かれる。

ユキはタマザラシに良い笑顔を向け、言った。



「虐めないでね!」



きらびやかに笑う主人に、より大きな石を投げて叫ぶように鳴いた。

「虐めねぇよ!!」と。

しかしその時にはもう肝心の主人は木をすいすい登っていた。

見かけによらず、猿みたいに身軽な人間だった。

全く失礼な奴だ、と思って視線を横にずらしてみれば、ブースターもアゲハントもピチューも、仕方無いだろうという目で見てくる。

そんな三匹にガンをくれてやれば、三匹は視線を逸らしてはぐらかしてきた。

苛々して視線をさ迷わせると、バチッとチルットと目が合ってしまう。

その瞬間に、臆病なチルットは、ぶわっと涙目になった。

なんだと。目が合っただけで泣かれる位に屈辱的な事は無い。

意地でも泣き止ませてやる、と不本意だがニーッコリと笑みを浮かべた。

するとどうだろう。泣き止むどころか号泣し始めたでは無いか!

失礼だなテメェ!!

つい凶悪な顔になると、チルットは号泣しながら木の影に隠れてしまった。

あ、と思った時にはもう遅い状態だ。

しかも脇からは「あ〜あ」みたいな視線を浴びせられ、物凄く不快だった。

こんな状況を主人に見られたらどうなるだろうか、きっと「虐めないでね、って言ったじゃないか」とか言ってくるのだろうか。

それは心外だ。

すぐさまこの状況を打破し、チルットをせめて木の影から出さなければ。

タマザラシはとっさに、自分のお気に入りの食べ物を取り出してチルットに突き出した。

それを見て、チルットも、背後のギャラリーと化した三匹も、不思議に思った。

しかし、それは食えという事だったらしく、目を逸らしながらチルットの方へと放り投げられる。

チルットは自分の側にある食べ物  ポロックと、タマザラシを交互に見比べた。

しばらくポロックを見ると、タマザラシの行為に甘えて啄(ツイバ)み始めた。





(大きな白い羽根……)

ユキは、木の枝によじ登り、落ちていた羽根を見て目を細めた。

この木は大樹で、木の枝といっても結構な太さがある。

そしてそこに落ちていた羽根は、下にいるはずのチルットの物より何倍も大きかった。

だから、想像するに、チルットの進化型  つまりチルットの親の物だと思われる。

それからチルットの進化型を、自分は見た事があった。

あの嵐のような日。センリと色々あった日。

あの時、ジムをほったらかしにした父を迎えに来た女性がいた。

彼女の乗っていたポケモンが正しくチルットの進化型だと思われる。

羽根の大きさや、チルットと容姿が限り無く近い事から、きっとそうだろうと思う。

しかし、その姿はどこにも無かった。

木の上から周囲を見渡してみても、残念ながら影も形も無い。

仕方が無い。これ以上いても何も得られそうに無いし、降りよう。

ユキは、一瞬飛び降りようとも思ったが、一応安全を期して普通に降りる事にした。

するすると身軽に降りていくと、自分のポケモン達とチルットがいた。

……いた、のは良いが、些(イササ)か信じがたい光景であった。





チルットがタマザラシになついていたのだ。





あの臆病なチルットが、一番恐怖の対象でありそうな不良ポケモンのタマザラシに、ぴっとりとくっついている。

タマザラシも少し戸惑っている様子ではあるが、満更でも無い様子だ。

これには、少し嫉妬心が生まれた。

まだ自分にはなついてくれていないと言うのに。

「あー、えっと、キミ?」

名前が分からないので「キミ」と呼ぶと、ビクッとした後にタマザラシの背中に隠れられてしまった。

にゃろう、妬けるじゃねぇか。

「……キミの親はやっぱりいなかったよ」

少し言いにくそうに言うと、チルットはそのビーズのような目から小さな涙を溢し始めた。

心臓を掴まれる思いで見ていたら、タマザラシがチルットの頭を撫でて、こちらを睨んできた。

え、なにこれ、自分がチルットを苛めてるみたいじゃないか。

もはやショック過ぎて何も言えない状態になりながら、小さく「ごめん……」と呟く。

「でもさ、私、キミの親を探すの手伝うよ。
 だから泣き止んでくれないかな?」

きちんと距離を起きながら、チルットに対して柔らかく微笑んだ。

その姿は、嘘を吐いているとは思え無くて、柔らかい羽根で自分の涙を拭った。

泣き止んだのを見ると、また目の前の人間は微笑んだ。

「私は全力でキミの親を探すからさ、一緒に来てくれるかい?」

それはつまり、チルットがユキの仲間になるという事。

今までそんな機会は無かったので、かなり悩み込んだ。

でも、タマザラシの顔や、目の前の人間を見ていると、チルットは別に行っても良いんじゃないかという気になる。

気が付けば、チルットはユキに対して微笑んでいた。

「うん、キミは泣いた顔より、その笑顔の方が似合ってるよ」

それを聞いた瞬間に、何かが弾けたように、彼女に飛び付いていた。


生まれてきてくれてありがとう
(素直にそう思うんだ)


20140216



[ back ]
×