「さっきからどうしたんだろ……」 「え? どうかしたの?」 無意識にぽつりと溢していた呟きに、マリがいの一番に反応する。 「ええ、実は私の手持ち達が妙に至れり尽くせりな態度なんです」 変な気分だ。先程から執拗に肩を揉んだり、小さな花をプレゼントしてくれたり、いつも冷たいタマザラシが大人しく言う事を聞いたり……。 まるで何かを祝いたいかのようだ。 だが生憎、祝われるような事は無い。 あるとすれば父に敬意を抱いた事だが、ブースター以外は知る由(ヨシ)は無いし、祝う意味も無いはずだ。 本当に不思議なポケモン達だ。 「キミ、覚えて無いとか言う気かい?」 「? 何を、覚えて無いって?」 数時間前に起きていた兄が何かを縫いながら、妹のきょとんとした態度に、深い溜め息を吐いた。 そうだ。この少女は、自分の事になると極端に興味が無いような態度になるのだ。 自分を大事にせずに痛い目を平気で見るような人間だ。 先日の父との戦いに割って入ってきた時だってそう。 ポワルンがなんとかしてくれなければ、死んでたかもしれない。 ……否、それを実の父に撃ったルビーもルビーだが。 「誕生日」 「え」 「8月10日」 「え」 「今日だよ」 「え」 そういえば、今日だったかも知れない。 拳を顎につけながら考え込んだ結果、確かに今日自分は誕生日だったと思い出す。 「ユキちゃん今日誕生日なの!?」 「自分の誕生日を忘れるなんて凄い子だなあ」 マリが驚きに目を見開き、ダイがハンドルを操作しながら苦笑する。 確かに自分の誕生した特別な日を忘れるなんて、滅多に無いかも知れない。 自分もまた苦笑しながら、納得する。 だからポケモン達はこんなに至れり尽くせりだったのか、と。 「Thank You!! フラッフィ、リージュ、トゥインクル、チャビィ!!」 みんな纏めて抱き締めてやる。 嬉しそうにする者から、照れて暴れようとする者(言わずもがなタマザラシだが)までいたが、そんな可愛らしくて愛しい子達にそれぞれ口付けを落とす。 勿論、愛を込めて。 「ボクには?」 「は?」 「何でもないからそんな目で見ないでよ……」 「ルビーが変な事言うからだろう?」 さらりと変な事を言う兄に軽蔑の目を向けてやれば、案の定気落ちしたように肩を落とした。 かと思えばハッとしたようにこちらを向いた。 「ちょっと、呼び方戻っちゃったの!?」 「げ……」 「ボクの事にぃにって 「わー!! わー!! わー!!」 恥ずかしさに顔を赤く染め上げながら、ルビーの言葉を掻き消す。 「え? なんの事?」としらを切る方法もあったが、この件については恥でしか無い為、聞きたくも無かった。 もう、これだけは顔から火が出そうな勢いだ。 しかも意地の悪い兄は、それを見てにたにたと笑みを浮かべてくるものだから腹が立つといったら無い。 恥ずかしすぎて、ユキはタマザラシを抱き締めながら、車の座席の上に素足を乗っけて膝を抱えた(タマザラシの青い体が苦しさでもっと青くなっていた)。 「ユキ」 「……何」 すっかり機嫌を損ねてしまったのか、そっぽを向いて窓の外を見やった。 「Happy Birthday」 ふわり、と兄の優しい香りが鼻を擽ったと思えば、頭に少しの圧迫感。 頭をぺたぺたと触ってみれば、それは所謂ヘアバンドのような物だった。 「全く、ゆっくり用意しようと思ったら、色々巻き込まれちゃって出来なかったんだよ」 だから、手元にある生地と裁縫セットとで出来合わせのようになってしまったとぶつぶつ文句を垂れる兄。 「でもまぁ、キミに似合うと思ってさ」 旅立ちの際に、自分があげた服を着なかったから、何か自分の作った物を身に付けさせたいと思ったのだ。 しかし、自分の作った物が着たく無いというなら話は別だ。 ルビーはそれを言おうと顔を上げた時、何かが勢い良くぶつかり、窓に頭をぶつける。 「いたた…………ユキ?」 何か、というのは紛れも無くユキ本人で、自分の胸に顔を埋めていた。 それでも耳が真っ赤な事は見れば容易に分かった。 「………有り難う」 小さく溢した言葉は儚く、まるで触れたら消えてしまう雪のようだ。 そんな可愛らしい妹に、ルビーは口許に笑みを浮かべずにはいられなかった。 「どういたしまして」 † † † ノーマルランクのコンテスト会場があるシダケタウンに無事着いたものの、兄が出ていようとコンテストには変わりは無いので、ユキは外で待っていると言って彷徨(ウロ)いていた。 その際に、マリとダイに「なぜ見ないのか」と聞かれ、別に隠す事でも無いので、しれっと「嫌いだからです。コンテストが」と言っておいた。 二人はそっくりな兄弟の決定的な差に驚きを隠せないようだった。 まぁ、いつもの事だ。あまり気にしてはいないが。 「それにしても……」 う〜ん、とユキは体を開放的にするかのように腕を目一杯伸ばした。 それによって、ボキボキというかなり年寄り臭い音が鳴った。 まぁ、そうだよな。体なんて動かして無かったし。 口許をひきつらせつつ、自嘲した。 「ん? なんだいリージュ?」 自分の上空にいるアゲハントが、いつになくキョロキョロとし始めるので、首を傾げる。 いつも呑気な彼女は、そんな事をしないのに。 不思議に思い、耳を澄ましてみる。蒼い少女のように聴力は良いとは言えないが。 すると、ほんの少し鳴き声が聞こえた。 かなり弱々しい声だった。 これは不味いぞ、とユキはブースターやピチュー、期待はしないがタマザラシにも鳴き声を辿らせた。 ユキ自身も、耳を澄ましてはみるものの、なかなかどうして、方向が掴めない。 その時、ユキメンバーの内、一匹が耳をピクリピクリとさせて、その方向に歩いていく姿が。 「トゥインクル、分かった?」 ピチューだった。 やはり若いというのは良いものだ。こういう五感に優れている。羨ましい限りだ。 そんな事を齢今日で10になったばかりの少女が思うのであった。 「こっちか」 耳の長いブースターもピチューと協力し、場所を限り無く特定し、近付いていった。 ピチューやブースターが小さいから下を向いていた為に、目の前にある木に気付かずに頭をぶつけてしまった。 しかもそれがピチューと一緒に、だ。 子はおやに似ると言われるが、やはりそれだろうか。 「いたた……ん?」 頭を擦っていると、白いもこもこが視界に入ってくる。 そちらに目を向けると、ビクリとしてから、ぷるぷると震え始めた。 ミ≠驍ワでも無いが、ミ≠トみるとやはり性格は臆病≠ナあった。 その白いもこもこの鳥 ちょっと、否、かなりショッキングだ。 「怖がらなくて良いよ」 ふっ、と微笑む。キミには何もしないよ、という意味を込めて。 だが、それでも分かってくれなかったのか、余計にぷるぷると震え始めた。 こういう時、分かつ@ヘとかあったらきっとなんとかなっただろうな、とふと思った。 ←|→ [ back ] ×
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