だが、無情にも、ケッキングのビルドアップ≠ェ終わりを迎え、力を失ったケッキングは手を離してしまった。 それによって、三人も投げ出されてしまう。 ルビーは無意識に体が動き、大事な妹を片手で抱き締めた。 そして、配水管に掴まったセンリの手を取った。 流石のセンリも、片手で配水管を掴み、宙に浮いているという力の入れにくい格好で子供達を片手で持つのはかなり辛そうである。 腕の中にいる妹を離さないように力を込めながら、ルビーは下を見た。 そこには、下に落ちてしまった事によって砕けてしまった階段の破片や、へし折られた樹の幹がそこら中に散らばっていた。 このまま落ちてしまえば、あれらに串刺しになってしまう。 ルビーも、ユキも、センリも。 「ぬ。くう…雨つゆで…」 配水管を持っている手も、ルビーを掴んでいる手も、ズルズルと滑っていく。 「オイ、そこの、 …ポワルン!」 ポワルンは、まさか自分に話し掛けられるなんて思わず、しかもセンリの声が低かった為に、ビクッと怯える。 「その『日射しの範囲』をこの上空まで…移してくれ!」 突然の申し出だったが、事態は急を要する事は理解し、ポワルンは頷いた。 そして、体を動かして日射しの範囲を三人のぶら下がる配水管へと動かした。 これで滑る事は無く、力を込められる。 「よし!」 後はどうにかして上に、という時に上の方から何かが「メキッ」といって悲鳴をあげた。 それは勿論配水管で、ヤバいと思わせる間も無く、へし折れてしまう。 「むおぉぉぉ!!」 『うわあぁぁ!!』 そのまま下へと落下する親子。 ルビーはとっさにヒンバスを出した。 「なにボーッとしてんのさ、MIMI!! M・I・M・IでMIMI!! キミの名前だよ!!」 突然外に出された為に、キョロキョロと辺りを見渡して、状況が分かっていないようだ。 「キミの技でなんとかしてくれえぇぇ!!」 無茶振りにも程があるが、ヒンバスはとにかく無我夢中でミラーコート≠あちこちに放った。 しかし、肝心の三人が落ちそうな場所には放たれなかった。 もう駄目だとルビーとユキは固く目を瞑る。 「ダメだあぁぁぁ!!」 「ルビー!! ユキ!! 足だあっ!!」 とっさの事に思考回路が上手く回らなかったが、靴の中にある加速ボタンを踏んだ。 すると、二人の靴の裏に付いている加速する為のローラーのような部分が回り始める。 それが階段の破片達に触れる前に、足が宙を蹴って脇の草むらへとダイブする。 三人が三人、ハァハァと荒い息を吸ったり吐いたりしながら、安全な大地に横たわっていた。 あまりの事に体も心も着いていかない。心臓が忙しなく鳴っている。 ルビーもユキも、まさか父に誕生日プレゼントとして貰って、捨てようとしたランニングシューズが、こんな所で三人の命を救うとは思っても見なかっただろう。 あの時、少しも躊躇わずに捨てていたら、今三人の命は無いも同然だ。 心の中で、このランニングシューズをくれた父に感謝した。 ふと、荒い息から、寝息のような穏やかな息になるのを感じた。 見てみると、ルビーが目を閉じて眠ってしまっていた。 無理も無い。あんなに激しいバトルをした上に、自分を抱き抱えてくれたのだから。 ルビーにも感謝しなくては、と思っていると、ふと背後から影が射す。 父が、ルビーに向かってボールを手に持ち、睨みを利かせていたのだ。 「ダメッ……!! パパ、止めてくれッ……!!」 すぐにユキは兄を庇うように手を広げた。 本気で泣きそうで、彼女の瞳からは少し揺らしただけでぼろぼろと雫が零れ落ちそうだ。 娘の眼を、その同じ紅い瞳で射抜くように見つめていた。 そんな時、センリの懐から機械音が鳴り響く。 センリは少し迷う様子を見せてからポケギアを手に取り、出た。 「………」 『もしもし、センリさん? ヒワマキのジムリーダー、ナギだ』 「またあんたか…。なんの用だ?」 『なんの用だ…は、ごあいさつだな。ここまで公共施設を破壊しておいて』 全くである。 娘としては、『また』損害賠償だとかの問題になって、一番困るのは母である。 母は凄く苦労人で、不憫過ぎる。自分もその立ち位置だ(半分正解半分勘違い)。 「どこにいる?」 『上だよ。あなたの真上だ』 ポケギアから聞こえてきた声に、ユキ共々顔を上げた。 するとそこには飛行服を身に纏った女性と、背後には真っ赤に燃えるような髪色の女性がチルタリスに乗っていた。 「まったく! どんな事情かわからないけど、協会に届け出なしにこんなにジムを空けて…。 トウカへ挑戦にいってもあなたがいないという一般トレーナーの苦情が殺到したので、こうして探しに来たんだよ」 我が父ながら、一つの事に向かうと周りが見えていないというか、一心不乱というか。 「とにかく、あなたとこのアスナはホウエンにおいてはまだ、新米ジムリーダーなんだ。 私はその指導を協会から言いつかっている。ここはひとまず、協会本部に帰ってもらうよ!!」 「タハハ。あたしも修行でジムを空けすぎて、怒られちゃったんだ」 ホントにもう……とナギが呆れたように眉根を寄せる。 他人事とはいえ、本当にホウエンのジムリーダー達は大丈夫なのかと余計な御世話だろうが思ってしまった。 「話はもどってからゆっくり…」 その言葉を聞いてから、センリは息を長く吐いた。 そして、くるりとこちらを向くので、ユキは跳ねる心臓を抑える。 だが目的はユキでは無く、横たわっている兄の方らしい。 「おい!! 親の話も聞かず、自分勝手に家を飛び出したバカ息子よ。 …もういい、好きにしろ!!」 ユキは沸き立つ歓喜を感じずにはいられなかった。 つまりは、コンテストへの挑戦を許す、という事だ。 「そのかわり必ずやりとげろ!! 男が一度こうと決めたら…、それを達成するまで帰ってくるな!!」 遠回し過ぎて他人には伝わらないだろうが、これは父なりのエールだ。 コンテスト全制覇、頑張れ、と。 「オレはコンテストのことなど何もわからん。何がおもしろいのかもな。 だが…やっていくにはいろいろと必要なものもあるんだろう」 ポケットをゴソゴソと探った後、手にポロックケースを取り出し、ルビーの手に納めた。 「カイナでは派手にバラまいたらしいな。作ったものはちゃんとしまっておけ」 センリはそれから背を向け、ナギの方へと歩き出した。 「…それから、たまには、母さんに連絡を入れろよ」 ぶっきらぼうに言ったセンリは、もう普通の父親だった。 ユキはまた涙が溢れそうになって、胸元の服を力強く掴んだ。 「……ユキ」 「は、はい!!」 「……兄の事を、見ててやれ」 「う……うん」 いきなり呼ばれて背筋を張ったが、優しい声音になった父に、ユキはコクリと頷いた。 「それと、 悪かったな」 それだけ言うと、センリはチルタリスに乗って飛んでいってしまった。 きっと男と男と戦いに、まだ9歳という少女を巻き込んでしまったからだろう。 ユキは、なんだか心が温かくなって「パパ……」と呟いた。 今まで父から少し距離を置いていた。きっとそれは、恐怖からだったのかも知れない。 でも今は、全く怖いなんて感じない。 やはり父は昔から何一つ変わっていなかった。 「良かったね、 にぃに……!!」 眠っているルビーに抱き着いた。 もう気兼ねせず、堂々とコンテストが出来る。 それはルビーにとって喜ばしい事で、ユキにとってもやはり喜ばしい事だった。 と。ザッ、という足音と共に、三人の足が視界に入ってきた。 不思議に思って顔を上げると、そこには涙目になった海パン野郎とインタビュアーのマリとカメラマンのダイだった。 「いい親父さんじゃねえか」 「……ええ。 …………そういえばいたんですね」 「い・た・よ!!」 可愛らしい妹キャラだと思った途端にこれだ、と海パン野郎は地団駄を踏んだ。 「ルビー君と一緒にシダケまで送るわ」 「……お願いします」 さっき彼女達に向かって怒声を浴びせてしまった為に、少し恥ずかしかったが、御言葉に甘えさせて貰う事にした。 父から、兄を見ててやれと言われたのだ。今度こそ離れてなんてやらない。 ありがとう……。 ありがとう……。 一匙の幸せ (大好きだよ、) (パパ、にぃに) 20140215 ←|→ [ back ] ×
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