雷鳴が轟く。 まるでルビーの親であるセンリの、息子への怒りに呼応したかのように。 センリはこめかみにも、力を入れている手にも青筋をたてて、ルビーの襟を片手で掴んでいた。 足は地に着いておらず、襟を掴まれて服が上に寄っている事により覗く腹部は、鍛えられたそれだった。 目付きを鋭くする父に負けない位に、父譲りの目付きを鋭くし、睨みつける。 「ぐぐぐ…離せ…え」 「離せだと!? 親に向かってなんだ!! その口の聞き方は!!」 より一層、力を込められる手。 それをなんとか外そうと、ルビーは手をかけるが、この父にとってはどんな人の力でも赤子同然だ。 「どれだけ怒られてもいい! その覚悟ができてるから…」 側では主人の危険を察知してセンリを必死に止めようとしたヌマクローが、センリのヤルキモノに突き飛ばされていた。 「家出なんてバカなマネをしたんじゃないのか!?」 センリの渾身の力が込められたパンチが、ルビーの左頬に打ち込まれる。 当然、その反動は凄まじく、階段下の壁へと打ち付けられた。 「ルビー……!」 殴られた衝撃と、打ち付けられた衝撃で、一時的に霞む視界の端に、目を潤ませた妹がいた。 嗚呼、また心配かけちゃったな、なんて思いながら彼女のさらさらとした頭を撫でてあげる。 その瞬間に、より一層目を潤ませてしまう妹を見ると凄くいたたまれなくて、視線を父に投げ掛けた。 「どうした!? 文句があるならかかってこい!!」 階段の上から降り注がれる怒声。 こんなのは慣れているし、なにより、覚悟の上だ。 「あ、あの怖ぇ〜人は!?」 「ボクと、ユキの父です。実は家出中の所を見つかっちゃって…」 「連れもどされそうってわけか…。だったら悪いこたあ言わねえ!!」 「こういう時はな、さっさと謝っちまうんだ! それがいい!!」 そう。ルビーには今、三つの選択がある。 一つ目は海パン野郎が言うように、まず謝る。素直にごめんなさい、と。プライドもそっちのけで。 二つ目はなんとか逃げをうつ。この場を去って一旦やり過ごす。その場しのぎでしかないが、今の状況は圧倒的に不利だ。 そして三つ目は と。その時、メキメキという地からする音に、思考を遮られた。 その音は次第に肥大化していき、地にヒビが入り始める。 階段の上を窺ってみると、そこにはあらゆる場所に青筋をたてて、階段を引き剥がそうとするセンリのポケモンだった。 「ケッキング!!」 ケッキングは、センリのパーティで一番のパワーヒッターである。 そのケッキングが馬鹿力を使って、階段の手すりを掴んでいたルビーごと、持ち上げたのだ。 「ルビー!!」 ルビーは苦し気に呻き、階段から手を離すまいと手の力を込めた。 その時、脳裏に、三つ目の選択が浮かんだ。 そうだ。 三つ目の選択は、謝るんでもない、逃げるんでもない。 戦うこと!! 父であるセンリを、自分の手で倒すこと!!! 三つ目の選択しかない。戦うしかない。 この場で父に勝ち、自分の決心の強さを見せるしかない。 そう思った瞬間に、その考えに至った事が分かったのか、ユキが消え失せそうな声で自分の名前を呼んだ気がした。 心の中で、ごめん、と呟いた。 「かいパンさん」 センリのする事に唖然として顎を外れんばかりに開けていた海パン野郎が、階段に掴まっているルビーを見た。 「あなたが言うように、謝るのが正解かもしれない。 でも、やっぱりボクはイヤだ。…だから、戦います」 ふらり、とユキの体がふらつく。 「そしてお願いがあります。ボクの戦っているところを…絶対に…」 階段に掴まっていたルビーが、どうにかよじ登る。 位置を動かしたのか、段々と姿が見えなくなった。 「見ないでください」 ルビーの周りの空気が変わった。 「うおおおぉ!!」 ルビーの雄叫びが、この天気研究所に木霊した。 取り残されたユキは体をわななかせていた。一番恐れていた事態が起きた、と。 さっきの時点で、予知していたじゃないか、なぜ、どうしてこんな事になってしまったんだ。 ユキはこんな状況下では、自分を責める事しか出来なかった。 「オ、オイ、あれ止まら……無いよな」 「……無理、ですね」 今までこういう事は少なからずあった。ここまで激しい物では無かったが。 だが、すぐに止まった事は無かった。 どちらも意地っ張りで、頑固者だったから。 「…………私が止める」 ぐっ、と手に力を込めて、歩き出す。 その肩を海パン野郎が掴んだ。互いの体は湿っていた。 「…………なんですか」 「や、止めた方が良いって!! 飛んで火に入る夏の虫だぜ!?」 「だけど………!」 肩を掴まれた海パン野郎の手を外した時、中から誰かがやって来た。 「屋上で戦いが!? 一体何が…何が起こってるの!?」 だが、そんな事より気になったのは、配水管の中にマッドショット≠吐き出すヌマクローだった。 その配水管は、上の、丁度二人がいると思われる所まで繋がっているはずだ。 きっとそれを利用して、今ルビーは父に対抗しているのだろう。 「戦ってるのね、あの親子!!」 「ああ。だれだ、あんたら!?」 問い掛けた海パン野郎の横をすり抜けていく、ユキ。 「お、オイ!?」 「どこに行くの!?」 海パン野郎も、後からやってきた女性 振り返った彼女の瞳は、上で戦っている親子とそっくりだった。 「あそこに行きます」 「何行ってるのよ!! 貴女まで何かあったら……! このホウエンに巣喰う巨悪を止めるために、組織に接触した貴女達の情報や、センリさん位実力のある人の協力を絶対得なくちゃならないのよ!!」 「…………」 紅い瞳が、冷たい色を含んでマリを見つめた。 なんだか底知れない恐怖を感じ、マリは少し怯む。 「ホウエンの巨悪? 情報? 協力?」 ユキははんっと鼻で笑った。 「今はそんな事二の次なんだよ!!!! これは家族の問題だ!!!! 僕は、センリの娘で、ルビーの妹だ!!!!」 『そんな事』では無い事位、分かってる。 だけど、今はそんな大きい事に神経はいかない。 とにかく、今この瞬間、二人を止めたいと思って体が動いたのだ。 それを誰かに、ましてや他人に止められる筋合いは無い。 「大事な家族を、 この手で止めてみせる!!!!」 制止の言葉を振り切って、ユキは駆け出した。 そして、ボールからアゲハントを出し、背中にくっ付けて宙に浮いた。 ルビーとユキは一つ違いの兄弟だ。最早二人は双子のように互いがわかる。 だから、ルビーの最大の攻撃が近い事に勘づいた。 ルビーは、ケッキングが振り回した階段の上に乗ってしまった事により、その階段を屋上の外へ突き出されてしまった。 きっと逃げ場を無くす為だろう。 「てこずらせるな。 さあ、観念してこっちへ来い!」 センリは随分距離があるルビーへと手を伸ばした。 だが、ルビーは諦める訳が無かった。 それどころか、最大の攻撃を放つ為に、配水管から手を離さなかった。 「うおおおおぉぉ!!」 「ぬううおおぉぉ!!」 親子が雄叫びをあげた。 どちらも負けない位の気迫だった。 そしてルビーの手にある配水管から発射される、今までで最大のマッドショット=B 刹那。誰かがセンリの前に立ちはだかり、両手を広げた。 その身体は、随分と小さくて、小柄だった。 「止めて、にぃに!!!!」 ルビーもセンリも、ユキを認識した瞬間に、体が強張るのを感じた。 いけない。このままではユキにマッドショット≠ェ当たってしまう。 その瞬間、三人のいる場所に、暖かな陽射しが降り注ぐ。 おかげでユキの胸の前まで来たマッドショット≠ェ、乾いた事によって砕け散った。 ほっ、と息を吐いた。 そして眩しさに顔を覆いながら上を見上げると、そこにはポワルンが太陽の形をしていた。 「に…、にほんばれ=v 三人がいる階段部分のみに生じる天気の変化。 何も言わず、三人の苦し気な呼吸のみが互いの耳に届いた。 と、その時、ガクンという衝撃に襲われる。 それは、階段がどんどん外へと落ちていった為だった。 『うわあぁっ!!』 ユキも、センリも、共に階段に乗ってしまい、巻き込まれてしまう。 センリは意地で手すりに捕まり、上の方に留まったが、元から下の方にいたルビーは勿論、先程の衝撃でルビーの場所にまで転がったユキもかなり危なかった。 そんな子供達に、センリは手を伸ばした。 「ルビー、ユキ!!」 「父さん…!!」 「パパ……!!」 ←|→ [ back ] ×
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