「いや、そのヒンバスが献身的におまえをしたう姿を目の当たりにした以上、
 オレが自分の欲望を通すワケにはいかねーんだよ」

鼻をすすりながら、海パン野郎が上を向いて感傷に浸る。

実は心の中で、ヒンバスを一匹だけ連れ帰った所で儲けなんてたかが知れているから、ルビーにヒンバスをもっと慣れさせ育てさせ、養殖業をしようという目論見であった。

結局大人の世界、全て金なのだ。

そんな海パン野郎には気付かずに、ユキはルビーの腕の中にいるヒンバスを見て、これは確かに嫌かも知れないとか思っていた。

突然、ヒンバスがこちらを向く。

心の中で貶した事に気付いてしまったか、と心中穏やかでは無かった。

だが、ヒンバスはニッコリ微笑み、



「ミ〜」



と鳴いた。

しばらく硬直し、ツツー……と何かが鼻を垂れるのを感じた。

「ちょ、ユキ!?」
「このヒンバス可愛いじゃないか」
「えええ!? だ、だったらユキが貰ってくれよ」
「……今の海パンさんの話聞いてたかい?」

鼻血を吹きながら(タマザラシがこれでもかという位にドン引きしていた)、視線だけで威圧する。

ヒンバスにとって一番嬉しい事はルビーと一緒にいる事だ。それを邪魔なんて出来ない。

こうしてルビーのメンバーに、新たにヒンバスが加わったのだった。

ルビーは手持ち達を並べてみた。

左側。グラエナとエネコロロが美しく輝いていた。

右側。ヌマクロー(鼻水垂れている)とヒンバスがどよ〜んとしていた。

違う。これは、違う。

ルビーは頭を抱えた。自分が想像していたチームの完成形からどんどん遠ざかっている。

(特にこのへんが!!)

右側を指差し、床をドンドンドンと叩いた。

そんな荒ぶる兄を唖然と見つめながら立ち尽くしていると、突然こちらをバッと振り向いた。

あまりの剣幕に後ずさると、ルビーは分かりやすくジロジロとユキのメンバーを見始める。

ブースター、アゲハント、タマザラシ、ピチュー。

一名ガンを飛ばす不良がいたが、見た目が可愛いから問題無い。

ルビーはまた右側を指差し、床をドンドンドンと叩いた。

そんな悔しがるなら見なければ良い物を。

「ど〜〜だ? ポケモントレーナーとしてよ、ここまで自分を慕ってきているポケモンをムゲにできんのか?」
「わかりました」

あっさり承諾したように見えるが、ルビーの目は後でそっと逃がそうという思いが見え隠れしていた。

ここには嘘吐きしかいないのか。

「ところでこの建物、なんの建物なのかな?」

ユキもルビーと共に、窓から顔を出す。

すると、入口の所に看板があり、「天気研究所」と書いてあった。

「天気…研究所か…」
「天気研究所?」

天気を研究して何が楽しいのだろうか。

「ザングースとハブネークから逃げたい一心で、あわてて飛び込んじゃったけど…ここ無人なのかな? だれもいない」
「夜だからだろ? 聞いたことがあるぜ。気象の記録とかは機械が勝手につけているらしいな」
「へー、そうなんですか? 海パンさんって頭悪そうですが、一応記憶力はあるんですね」
「おい! ここに毒舌がいるぞ!!」

海パン野郎が不憫であった。

そんな中、外からポツポツという音がしたと思えば、ザァァァという音が三人のいる部屋に木霊する。

「お! 雨だ!!」
「最悪ですね」
「しゃーねーな、今夜はここで雨宿りだ」
「全く、雨男なんじゃないですか? 貴方」
「オレのせいかよ!! って、あいつはどこ行ったんだァ?」
「ヌマクローを探しに行きました」

それは良いのだが、かなり、嫌な予感がする。

なぜだろう。一番恐れていた事態を予知したような胸のざわめき。

ユキは気をまぎらわせようと、海パン野郎に話し掛けた。

「ここって……出そうですよね」
「なっ、ななななな何がだよ!?」
「デソウデスヨネ……」
「何でいかにも怖いって感じに言うんだよ、わざわざ……!!」
「……………あ」
「何!? オレの後ろを見て何を見つけたの!? お、おい目を逸らすなよ!!」
「冗談ですよ」
「だ、だよな……」
「ところで海パンさんってお婆様お亡くなりになりました?」
「なんでこのタイミングでそれを聞く!? 絶対後ろにオレの婆さんいるよな!?」

ガタガタと震える海パン野郎に、しれっとした顔をしながら心の中では爆笑していた。

勿論今の会話は全て真っ赤嘘だ。

気をまぎらわせる為に海パン野郎をからかってやったのだ。

「もういい!! オレあいつ探すわ!! おまえといたら気が気じゃない!!」
「偶然ですね。私もセクハラされないか気が気じゃないです」
「しねーから!!」

海パン野郎がドスドスと足を鳴らしながら歩いていく後を、すぐさまタマザラシを腕に抱えながら追っていった。





  外の階段へ向かう扉を出た時だった。



ドシャ!!!!!!



誰かが、階段の上から下にある壁へと思いきり叩きつけられた。

「………………え?」

目の前の光景が、ただただ飲み込めなかった。

「ル、ビー?」
「う…う…」
「オ、オイ!! 何が起こってんだよ!?」
「何が起こっているのか…、説明するのはむずかしい…ですね。
 ひとつ言えるのは…」

ルビーの額には、汗とも雨ともつかない水滴が流れていた。

左の口許には打撃痕があり、血が滲んでいる。

そんな時にでも、笑みを作れるのは流石と言おうか。

「あなたは今、世界一すさまじい親子ゲンカに巻き込まれた…。
 …とだけ言っておきましょうか」



階段の上には、二人の父のシルエットがポツンと立っていた。




唯美主義
(美しさ以外に何が要る?)


20140214



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