『ルビー!』

夢の中で、自分の妹が酷く心配していた。否、夢の中でさえも、だろうか。

きっとまたこんな事に巻き込まれて、それを知ったら酷く心配するんだろうな。

そう思ったら申し訳無さよりも、嬉しさで笑みが溢れて仕方無かった。

可愛い妹が、平生の冷たさを感じさせない位に心配してくれるなんて、自分としては嬉しい事この上無い。

いつも彼女は自分と兄弟である事を否定するのだが、やはり兄という存在は必要不可欠なのか、危険に晒されると凄く心配してくれる。

いわばツンとデレみたいな所だ。

ふと、ヌマクローに揺すられる。目をうっすら開けてみると、上を差していた。

成る程、外に近付いたという事か。

見上げると先程陽の当たらない深海では濃い色であった水が、陽が当たった事で透明になりキラキラと輝いていた。

そんな事を考えている内に、緊急脱出用救命ボートなるものは海面へと出た。

上の蓋を開けると、新鮮な空気が肺に入って来て、なんだか落ち着いた。

どの位流されたのだろうかとミツル君に貰ったポケナビの地図機能を機動させる。

するとここは118番道路域らしい。

やりあっている内に、潜水艇はカイナからこんなに移動していたのか、と唖然とする。

大好き倶楽部会長やクスノキ館長、ツガは無事だろうかと安否が気になった。

近くの家(海上レストランかも知れない)の備え付けTVの音がここまで聞こえてきて、ルビーはそちらを向いた。

『ニュースです!!
 カイナシティの造船所に何者かが侵入!! 完成間もない潜水艇かいえん1号を奪い逃走するという事件の続報です!!』

そこにはニュースキャスターと、後ろには会長、クスノキ館長、ツガも映っていた。

ルビーは眼鏡をかけてよくTVを見た。

『クスノキ館長のお話によると、この造船所を襲ったのは赤い装束の一団だそうです!!
 館長、現場監督のツガ氏のほかいあわせた民間人も巻き込まれ、うち1人は少年だという情報もあり、確認が急がれています!!
 なお、後から1人の少女が来て、少年を追っていったそうです!!』

うわったあ!

思わず顔を覆って、頭(コウベ)を垂らした。

一番嫌なパターンにルビーは額に汗を流す。

だが後から、そりゃそうだなと納得する。ホウエン地方の海底調査用に開発されていた潜水艇が奪われたのだから、と。

でも、どうしようか。

このまま旅を続けたら、会長達はルビーが助かった事も知らずに心配をかけたままだ。

一度カイナシティに戻ろうかと思ったが、思いとどまる。

そんな事をしたら自分の事も報道され、



センリに居場所を知られてしまう!!



それだけはなんとしても免(マヌガ)れたいと思い、心の中で初めての理解者である会長に謝った。

それにしても、後からやってきて自分を追っていったというのはやはり  



『ルビー!!』



ビッッックゥ!!!!

体が異様な位に跳ね上がり、脂汗がどばっと思いっきり出る。

なぜなら、その声は父の声だったのだから。

ルビーはすぐさま救命ボートの蓋を閉めようとした、が、その時に見えた顔に止まる。

「ユキ!!」

見間違いでは無く、正真正銘自分の妹だった。

大変ご立腹の様子で、凍った水の上を仁王立ちしながら眼鏡を外していた。

「ど、どうしてここが?」
「妹をなめるな!! ルビーの行動なんて何もかもお見通しだ!!」

なんだか話が噛み合っていない気がしないでも無いが、またキレさせてしまった事はわかった。

「海流」
「え? カイリュー?   痛い痛い痛い!! ゴメン、本当にゴメン、ギブ!」

こんな所に来てまで冗談を言うルビーの下顎を持ち、無理矢理上を向かせる。

息が出来ない上に、頭に当たるのは平たい胸なので痛い。

こんな事を言ったら本当に死を見る事になるので言わないが。

「全く……キミって奴は」

主人と同じ位に御機嫌ナナメなタマザラシを抱き、無理矢理救命ボートに入って来る。

狭い。

「ユキ……狭い……」
「五月蝿い」
「……」
「……」
「あ、そのprettyなタマザラシ、どうしたんだい?」
「五月蝿い」
「……」
「……」
「ユキの硬い胸が当たるんだけ  ぐへぇぁ!!」
「くたばれぇぇぇえ!!」

結果。やはりユキに胸の事を言ったら血を見る事になる。


† † †



なんとかユキの御機嫌はナナメよりは安定してきた。

「さて…と、この脱出ポッド、まあまあ便利だな」
「狭いけどね」
「キミが入って来たんじゃないか……」

タマザラシにご褒美のポロックをやりながら、さらりと言うユキに口許をひきつらせる。

だがあまり強くは言えない。今は簡単にキレるような状態だ。

相変わらず妹には弱いとは思うが、誰だってそうするに違いない。

「ほどほど町が見えるところまでこれで行こう!」

どこから拾ってきたのやら、細長い棒を使って海流に沿って進む。

その時、何かに引っ掛かったように脱出ポッドが動きを止めた。

思わず前のめりになる。その際にユキがルビーに抱き着く形になる。

ああああ!!
『な、なんだ!?』

二人は不思議に思って、声がした方向を見た。

するとそこには海パンを穿き、ゴーグルを着け、水泳キャップを被る、いかにもな海パン野郎。

おまぁぁえらかぁぁ!!
 オレのせっかくの釣りのしかけを台無しにしたのはァ!!

『え!? え!? え!?』

確かに脱出ポッドを見てみれば、釣り糸がぐるぐる巻きになっていた。

急いで棒を使って海パン野郎の側に行く。

「どうしてくれんだよォォ」
『あ…す、すみません』
「すみませんですむかよ!!
 おい、おまえら! おわびとしてオレの釣りを手伝うくらいしていけよな!!」
「え〜〜!? 急いでるのに…」
「面倒臭いなァ……」

物凄い形相で迫る海パン野郎に、二人は滲み出す脂汗を感じながらも、口から出るのは不平不満だった。

海パンはいよいよこめかみに青筋を浮き立たせ、ルビーの服を掴んだ。

「じゃあなにか!? これだけのことしておいて、何もなしで行きすぎようってーのか!?」
「ぐ…」

二人は同時に思った。変な奴に捕まってしまったと。

そして目線を合わせて、適当に手伝ってなんとか誤魔化そうぜという事になった。

これ以上無い位に不本意だが。

「あの〜〜、どうすれば?」
「お! なかなか素直じゃねえか!」

海パン野郎は二人を素直な良い子だと見直したが、それは宛が外れたという物だ。

現在家出中の絶賛反抗期中である。

「ほらよ! この竿を使えよ」

二人は竿を受け取り、既にもう三本の竿を垂らしているというのにどんだけであろうかと思いながら渋々釣糸を垂らした。

「まずはどっか適当に糸をたらしてくれ。まあ、そうすぐに狙いのもんが釣れるわけじゃねぇだろうが」

といった瞬間に、ルビーの竿に反応があった。

これは凄いとルビーは少し有頂天になりつつ「よ」と竿を引いた。

(げぇ〜!! なんだこりゃ!!)

そのポケモンは、お世辞にも美しいとはいえなくて、悪く言えば『醜い』ポケモンだった。

美を愛するルビーは当然苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「はじめて見るけど、これ以上ないってくらいブサイク!!」
「そんな事ポケモンに言うのは可哀想だろう!?」
「じゃあユキはこのポケモンが美しいとでも!?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………カワイイ、スゴク
「今まで一番長い間の上に、凄いカタコトだし声小さいよ」

その上、目は泳ぎ、脂汗はそれはもう酷い物だった。

結局は似た者同士なんだな、とルビーはそのポケモンを逃がした。

自分も何か釣ろうと無駄に張り切り、ユキは釣りに集中する。

すると横では、あのポケモンを釣っては逃がし釣っては逃がし釣っては逃がしを繰り返しているルビー。

その光景にはむしろ笑いが込み上げてくる。

「な、なんだよ」
「なんでも?
 ルビーってきっと釣りは向いてないんだね」

にやにやと笑うと、ルビーは悔しそうに釣糸を垂らした。

と、ユキの竿に反応が。きっとこれは大物だぞ、とルビーに自慢しようと竿を引く。

すると、

ピチピチ。

見た事のあるくすんだ色のポケモンだった。

「……やっぱり兄弟なんだね、私たち」
「そうみたいだね」

こんな事で血の繋がりを再認識したくは無かった。

もはやここにはこのポケモンしかいないのでは無いか、という感じだ。

ぽちゃん、と音をたてて逃がすと、また隣でルビーが同じポケモンを釣っていた。

ここまで来たら手持ちにしたら良いのでは無いかと言うと、無言で威圧されてしまったので黙る事にした。

「ヒンバスって言ってな、ホラ、こういうヤツ」

突然海パン野郎が後ろを向いて写真を見せて来た(ずっと脇で喋っていたが)。

「ん?」
「ん?」
「ん?」


  今まさにルビーが手に持っているポケモンがヒンバスだった。


海パン野郎はルビーの手にいるヒンバスを見て衝撃を受けたように口を目一杯開いた。

「うわわわ!! そそそそれだぁ!! 逃がすなぁぁぁ!!」
「わわわわ」
「ちょ、ちょっと海パンさん来ないで下さい、セクハラです!!」

だが、海パン野郎はそのまま飛び付こうとし、ルビーとユキは一緒に倒れ込んでしまった。

しかもその際、ヒンバスとルビーのポケナビが海に飛び込んでしまう。

急いで海パン野郎はルビーの竿を取って、うろうろと糸を垂らし始めた。

「おおお、ポ、ポイント…。
 釣り上げたポイントはどこだ!? ここか!? ここか!?」
「え〜と…、ちょ、ちょっと待って…。
 ここ…だったかな? あれ? わからなくなっちゃった」

ルビーは自分の釣っていたポイントを探すが、海なんてどこも同じように見えてしまう。

そんなルビーに、海パン野郎は体をわななかせる。

「バカヤロー!!」



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