「Thank You! チャビィ!」 少しだけ茫然としていたユキは、嬉しそうに口許を綻(ホコロ)ばせ、より強い力で抱き締めた。 そんなユキに顔を赤くし、そんな顔を見せない為にまたそっぽを向いた。 普段なら、そんな可愛らしいタマザラシに気付いて「pretty!!」と顔を擦り付けたであろうが、残念ながら今はそんな場合では無い。 「ルビー!!」 兄を助ける為に、ユキは駆け出した。 † † † 見た目からも分かるように、この造船所は結構な広さがあった。 入ってすぐには何も無かったし、誰もいなかった。 しかし、コータスが歩いていったと思われる足跡があり、それは二階へと続いていた。 一瞬罠かも知れないとも思ったが、わざわざ罠を仕掛ける必要なんて無いだろうと思い、すぐさま階段を駆け上った。 するとすぐに気になったのは、海の匂いだった。塩の薫りがユキの鼻を擽(クスグル)る。 そうか、この造船所は海と繋がっていて、そこに船を浮かべているのか。 理解した瞬間に、向こうの方で見覚えのある姿を発見し、すぐに加速ボタンを押して駆け寄った。 すると、やはりそれはルビーと赤装束の男で、ユキの顔はサッと血の気を引いた。 駆け寄っている間に、ルビーは潜水艇に身を潜め、赤装束もそれに続いて入っていった。 一緒に入ってやろうかと考えていたら、潜水艇についていた安全装置が外れてしまい、潜水艇は水の中へと沈んでいった。 「自動(オート)潜水機能でかいえん1号が…!」 「まさかルビーくんがわしらから悪人を引き離すために!?」 白衣を着ている人に続いて、帽子を被ってサングラスをかけている小さなお爺さんの言葉に、なんてこったと頭を抱えた。 サファイアと一緒にいたって、いなくたって、どうやったって、兄はトラブルに巻き込まれるばかりだ。 ユキは白衣を着ている人に迫った。 「今、自動(オート)って言いましたよね。それって行き先を指定してないんですか」 「キ、キミは……!?」 「たった今、潜水艇に姿を消した『馬鹿』兄の妹です。残念ながら」 「そ、そうか……」 素晴らしい真顔で、然り気無く悪態をつくものだから、クスノキ館長も現場監督ツガもポケモン大好き倶楽部会長も呆気に取られてしまう。 「行き先は指定はしていないが、現在位置を確認する事は出来る、はずだ……」 「現在位置を早く見せて下さい」 「それで、キミはどうするんだ……」 「追います」 潜水艇の事をよく知るツガが言えば、ユキは何の躊躇いも無く、紅い目を光らせて言った。 そんなユキに、誰もが戸惑った。 「そんな……! 無茶だ……!」 「無茶でもやります」 「あの赤装束だっている! 危険過ぎる!」 「無茶でも危険でも!!!!」 突然張り上げられた声に、三人は体を強張らせた。 彼女の表情は、辛そうで、不安そうで、儚げだった。 「大事な家族なんだ!!!!」 その言葉は造船所に響き渡り、静寂が訪れた。 三人は、ユキが本気な事を痛い程理解し、ツガは暫くの間の後に「こっちだ」と潜水艇の現在位置がわかる部屋へと案内した。 その部屋は、意外と近い場所に位置していて、時間は要さなかった。 大きな画面には地図が表示されていて、ツガはその画面に取り付けられたキーボードをカチャカチャと弄る。 すると、画面の地図に赤い印がついた。 現在位置はそこまで離れてはいなかった。カイナシティをすぐ出た所だ。 「……一つお尋ねしますが、緊急脱出口なる物はありますか?」 「あ、ああ。小さいが、外に出られるようになっている」 「……成る程。 有り難う御座いました」 ユキが踵を返し、ランニングシューズの加速機能を使って凄いスピードで出ていった。 この場にいる三人は、なんだか嵐でも過ぎ去ったような感覚である。 † † † 追うのは良いが、どう追うのか。 これはユキでは無く、腕の中にいるタマザラシの疑問だった。 なんだか嫌な予感しかしないのだが……。 「チャビィ、お願いがある」 ヤッパリネー。タマザラシは嫌な予感が的中であった。 しかも今のユキは顔に影が射していて、末恐ろしいので、断るにも断れないのが運のツキである。 「私が向ける方向に、ずっとオーロラビーム≠して凍らせて欲しい」 本気かこのオチビさんは。 タマザラシが抱く彼女の印象は悪くなっていくばかりであった。 何をするのかは置いておいても、そんな事したら疲れるに決まっている。 「行くよ」 はぁ、と息を吐きながら言われた通り、向けられた方向にオーロラビーム≠煦齒盾ノ吐いた。 向けられた方向というのは、カイナシティに広大に広がる海である。 ユキは氷が張られた海に足を踏み入れた。 そしてキンセツシティの方向に沿って、タマザラシを向ける。 ずっと吐かれたオーロラビーム≠ェ道を作っていく。 その道の上を、壊れてしまうといけないので、加速ボタンを軽く踏んだ。 すると、ランニングシューズの加速もそれなりになり、その上で普通に走るのでは無く、滑るように進む。 スケート靴さながらになり、スピードはそれなりに早くなる上に、体力も走るよりは抑えられる。 ユキの機転であった。 だがタマザラシ的に気に入らないのは、オチビなトレーナーであるユキばかり楽をして、自分は酷く重労働だという事だ。 後でポロックとやらを数えきれない位ぶん取ってやろうと目論むタマザラシだった。 僕をとめるな (本当に世話の焼ける兄だ) 20140112 ←|→ [ back ] ×
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