そう言って四人がコータスの背に乗せて拐ったのは、四人の男だった。 不測の事態だったのは、その男達の中にルビーがいた事である。 恐らく煙の吸い過ぎによる気絶と思われる。 これには冷や汗を垂らして息を潜めるしか無かった。 胸の中にいるタマザラシも、自分の胸に顔を埋めさせて煙を吸わせないようにしているが、なんとか事の重大さを分かってか暴れる事はしない。 なんとか身を潜めて赤装束が会場を出ていくのを待った。 丁度、あっちの方はコータスの煙によって、こちらが見えていないようだ。 出ていった後を追えば 「……ねぇ、誰かいるの?」 「 その声は、確か、あのメッシュの外見がチャラ男の少年だったはず。 どうして分かったのか皆目見当もつかない。 「誰がいるってんだヨ!」 「……ふふ」 ホムラの周りの時間が止まる。 あのユウキが、あの無表情しか有り得なかったユウキが、笑っ、た? 驚いたのは何もホムラだけでは無い。 カガリも、ホカゲだって驚いた。あのユウキが、と。 だが、それは一瞬だったようで、もう無表情になって三人の反応に首を傾げていた。 「……気のせいだった。行こう」 「お、おう……」 (コイツも一端(イッパシ)に笑えんだね……) 三人は心の中で引っ掛かりを感じながら、コンテスト会場を後にした。 「 ユウキの呟きは、コンテスト会場に煙と共に残されていった。 「な、んだよ……あいつ」 恐怖で戦慄(センリツ)する体を押さえ込みながら、へたり込む。 いきなり笑ったと思えば、去り際にこちらを振り向き、 「またね、 迷える子羊ちゃん」 そんなキザ臭くて、気持ち悪い台詞を、いつもののんびりした口調では無く、淡々とした声で言うなんて。 ホラー、だ。 暫くぽけっとしていたら、会場が騒がしさに包まれた。 きっと今までコンテストをやっていて、今終わって帰って来たのであろう。 「なんだこれ!?」「きゃああ、前が見えない!!」「誰か助けてくれぇえ!!」「ママ〜!!」 様々な声が木霊する。 ユキは早く追い掛けたい衝動に駆られながら、ボールを投げた。 するとそこからはアゲハントが出てきて、羽をバタバタと動かした。 吹き飛ばし=Bこれのおかげで開いたドアの方へと煙が行き、外に出ていく。 「リージュ、行くよ!」 「まっ、待って下さい! お礼をしたいのですが」 「すみませんが、今はそれどころじゃありません! 失礼します!!」 例のデボン社特製ランニングシューズで風を切って駆け出した。 会場内の人は、彼女を不思議な人だと思い、暫くぽかんとしていた。 † † † 先程見た時にはすぐに左に行ったのを確認した為、迷う事無く左に曲がる。 コータスは足が遅い上に、四人も抱えているのだから、きっとまだ遠くには行ってないはずだ、と思いたい。 もしかしたら、と姿を見失った時の可能性を考えていたが、そんなのは杞憂(キユウ)に過ぎなかった。 案の定コータスはまだノソノソと歩いていた。 だが、向かおうとした時にはもう、近場の建物に入って行くのが見えた。 またランニングシューズの靴内にある加速ボタンを押して、その建物に向かう。 建物の前で止まれば、そこにはカイナ造船所という看板が備えてあった。 (造船所なんかに何の用が……) ふと、扉に手をかけると、固く閉じてしまっていた。 当然だ。 これからする事は絶対に『正義』ではなく『悪』。 誰かに邪魔をされては不味いのだろう。 (さて、どうするか……) なぜ出来るのかは不明だが、ユキはピッキングという強行手段が出来る。 だが、この扉はドアノブでは無い。両側に引き戸があるタイプだ。 しかも鉄で出来ているのか、非常に重たそうだ。 (鉄……そうか!) 鉄、という単語が脳裏に浮かんだ事により、閃いた。 「フラッフィ!」 ボールから幼馴染みのポケモン、ブースターを出す。その際にふわふわとした毛玉のような体毛に触りたい衝動が駆られたが、今は我慢の子。 「火炎放射!!」 口から火炎が放射され、目の前にある扉が火で炙られる。 さて、次が問題だ。 「チャビィアイスボール=I」 しーん……、 『しかし何も起こらなかった』とコイキングが跳ねる≠使った時の気分そのものになった。 否、確かに想定内ではあるが、いざ使ってくれないと凄く虚しい物がある。 「チャビィ……お願いだよ……」 そう言うが、ふんっ、という顔をして一向に技を使う様子が無い。 「お願いします」 腰を折り、タマザラシを抱きながら恭(ウヤウヤ)しく言うが、無視されてしまった。 仕方がない、最後の手段だ。 ユキは苦々しい顔になりつつ、スカートのポケットから『ある物』を取り出し、ひゅんひゅんと振り回す。 そしてその『ある物』から出てきた正方形は、タマザラシの口の中にサッと入っていった。 タマザラシは最初こそ、驚いたように顔を歪ませていたが、それを咀嚼(ソシャク)した事により、顔を緩ませた。 「キミの大好物な味の、 『ポロック』だよ」 相当気に入ったのか、タマザラシは尻尾をぴたぴたとさせて喜びを示している。 挙げ句、「も、もっと寄越しやがれ」という視線を向けてきた。なぜたどたどしいかと言うと、自分でも戸惑っているようだからだ。 「あげるさ。 にやり、と笑ってみせる。 「キミが協力してくれるならね」 その言葉にタマザラシは唖然とした。 そしてそれなりの知能がある為に、理解する。 そもそもあの時、あの正方形のポロックとやらを食さなければ、こんな苦渋の決断をしなくて済んだのだ。 否、苦渋の決断なんて、する必要は無い。 どうやったって、このトレーナーの言う事を聞かなければいけないのだ。 そういう風に仕組まれていて、もうこのトレーナーとは切っても切れない糸で繋がれてしまった。 だったら、自分が仕方無く力を貸してやるしか無いじゃないか。 タマザラシは素直では無い己に、自嘲気味に笑い、扉に向き直った。 そして抱かれたまま、扉へ向かってアイスボール≠放つと、今まで温められた扉は急激に冷やされた事により、見るも無惨に崩壊した。 ←|→ [ back ] ×
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