「なんだこれ……」 ユキは目を覚まして早々に、その覚ました目を疑う事になる。 どうしてこんな状況になったのか不思議でならない。 寝てる間にどんな天変地異が起きたというのだ。 体の双方からする温もりに、戸惑いを隠せない。 右を見る。蒼い少女がすやすやと寝息をたてて少しだけ口を開き、八重歯を見せながら眠っている。 左を見る。紅い少年が寝息もたてずに静かにその睫毛の長い瞳を閉じて眠っている。 どちらも、自分の手を握って。 おいちょっと待て。二人は犬猿の仲では無いか。 それなのにどうして二人は自分の手を握って眠っているんだ。 そりゃあ、二人共流石に一睡もしていない状況で、あんな修羅場に突入してしまったのだから眠くなるのは当然の事だろう。 だが先程サファイアはルビーと共に眠りたくないが為に捨てられ船に追いやったのでは無かったか。 それが、今はこんな仲睦まじく眠っているなんて。 ……否、実を言うとそんな事はどうでも良い。 問題は、なぜ自分がそれに挟まれているのか、という事だ。 見事な川の字になってしまっていて、まるで自分が二人の子供みたいじゃないか。 たかが一つしか歳の変わらない二人の子供役だなんて冗談じゃ無かった。 しかも二人にプレスされていて身動きが取れない。 試しに右にいるサファイアの手を離そうとしてみる。が、 ぎゅっ。 より一層強い力で握り締められる。 実は起きているんでは無いかと思ってしまう位の力だった。 今度は左にいるルビーの手を離そうとしてみる。が、 ぎゅぅ。 凄い力で握り締められて離すまいとしている。 (嘘だろ……) すっかり目が冴えてしまったので、今更寝ようだなんて思えなかった。 しかし、この状況でただ起きてボーッとしているなんて馬鹿馬鹿しかった。 (どうすれば良いんだ……) 結局、二人が目を覚ますまでユキは脳内で素数を数えたりメリープ(羊)を数えたりありとあらゆる物を数えていた。 そうして、二人が同時に目を覚ました途端に、二人が顔を朱に染めながら喧嘩を初めてしまったのをやれやれと見つめていた。 † † † 「109番水道渡りきっちゃったじゃないか、結局…」 「ダイゴさんには追いつけんかったとね〜」 ルビーがうんざりした声音で言えば、サファイアはがっかりした声音で言った。 それにしても、レディにも関わらず胡座(アグラ)というのは頂けない。 足を組み直してやろうかと考え込んでいると、ルビーが突然立ち上がった。 「もういいだろう? キミといるとトラブルに巻き込まれるばかりだ」 その言葉に、何を今更、とか思うがきっとルビーの事だ。聞いちゃくれないだろう。 「コンテストへのチャレンジはちっとも進まないし、ボクの手持ちは危険にさらされるし、 ここでボクはボクの道を行かせてもらうよ」 我が道を行く宣言をして、ルビーはホエルオーから飛び降りた。 それを聞いて少しサファイアがムッとしたのを、決して見逃したりなんてしなかった。 「なんね、その言い方!! あんた、えるるに乗ってここまで来られて、結局は助かったじゃなかとか!?」 「それとこれとは話が別…」 「約束、忘れるんじゃなかよ!!」 「そっちこそ!! コンテストを全制覇し、輝かしく成長したボクのポケモンたちを見て驚くなよ!!」 辺りに響く程に喧嘩をしないでくれ、と思いながら、サファイアがこちらを向く。 「ユキは行かんと?」 「あー……、じゃあ行こうかな」 ここまで兄に着いて来たのだから、もう少し兄に着いて行こうと思ってホエルオーから降りようとする。 しかし、それを手袋に包まれた手で阻まれる。 「……なんだい?」 「ずっと聞きたか事やけん、聞いてもよか?」 「いいよ。でもちょっと待って」 案の定、ルビーは自分を待つように立っていたので、目線だけで「先に行っててくれ」と訴えた。 頷いたルビーは街の方へと足を運んでいった。 「ふぅ。それで……なんだい? 聞きたい事って」 「ユキはあん人と似とるけん、コンテストば好きったい? でもあん人がコンテストの事を話す時、張り裂けそうな顔ばしとると。 それはあたしがバトルの事ば話す時も同じったい。……もしかして」 「サファイアって鋭いんだね」 ちょっと余計な事なのかも知れない、と思ってハラハラしていたサファイアは、ユキのさらりとした言葉と笑顔に拍子抜けしてしまった。 「そう。私はコンテストも、バトルも、大嫌いだ。好きな事は愛でる事。……それだけ」 「じゃあ……」 サファイアは、ユキが本気でそう思っているなんて思えなかった。 なぜなら、あくまで張り裂けそうな顔をするだけで、嫌そうな顔はしないからだ。 もしかしたら自分を自分でセーブしてしまっているのかも知れないと思った。 だから、これから聞く事は、先程の問いより不躾かも知れない。 そう思って一拍開けて、言葉を発した。 「ユキは、 何がしたいと?」 聞いた瞬間に、息を吸う音と、動揺を隠し切れずに揺れている紅い瞳が、目についた。 † † † 紅蓮の炎が揺らぎ、洞窟内を照らす。 そこに、『彼ら』のアジトはあった。 「なあ頭領(リーダー)、 次はどうすりゃいいんダ!?」 体躯だけは良い男、ホムラは長い黒の髪を揺らしてそう言った。 片側にいる女、カガリもホムラの目線の先と同じ所を見詰めながら頬杖をつき、フーセンガムを膨らませていた。 更にその片側に控える少年、ユウキはカガリのようにガムを膨らませようとしていたが、なかなか膨らまなかった。 「『探知機』も手に入ったことだしよォ。早く暴れてえゼ!!」 「本当だよ! なんならあたしが今からカイナの町を焼き払ってあげてもいいよ!!」 「……オレの炎ポケモン達が、暴れたくて闘志を燃やしてる。炎ポケモンだけに」 ホムラとカガリの、暴れたくて熱くなった心が、ユウキのせいで一気に底冷えしてしまう。 黙って二人はユウキをどついた。 「まあ、そうあわてんな。ホムラ、カガリ、ユウキ。 今、ホカゲが戻ってくるところだからな」 頭領は、酒を飲んで気分も良くなっているのか、ユウキのつまらないギャグにも可笑しそうに笑って口に酒を流し込んだ。 と、その時、噂をすればなんとやら、ホカゲがのそ〜と姿を現した。 「戻ったぜ、頭領(リーダー)」 「おう! どうだった?」 「いい感じだったぜ、カイナの造船所で見て来たが、 潜水艇『かいえん1号』は9割5分できあがってる!」 「よおし! 4人で行って来い」 頭領は、先程飲んだ物で最後だったのか、酒瓶を壁に放り投げた。 「マグマ団(オレたち)の灼熱のマグマがすぐに海なんざ干上がらせてやることを、 この世のボンクラどもに教えてやれ!」 「うい〜す」 「やってくっか」 「……了解」 四人は立ち上がり、フードを被って各々暴れられる事に嬉々としていた。 火の囲まれた洞窟から、ホカゲはオオスバメで、ホムラはコータスで、カガリはキュウコンで、ユウキは金色(コンジキ)のウインディに乗って飛び出した。 その頭領の言葉が、どこからか聞こえた気がする。 ←|→ [ back ] ×
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