数え切れない電気ポケモン達の影分身に惑わされ、周囲をぐるりと見渡す。

「な、なんダ!?」
「……ヤバいかも」

ユウキがぽつり、と呟くとその刹那に本体であるプラスルマイナンピチューが電撃を放った。

その威力は小さな三匹が放ったとは思えない位に強力で、広範囲だった。

『今だ!!』

三人は、肩を寄せ合いながら、探知機があったと思われる部屋の方へ、隙を突いて向かった。

その向こうには硝子なんかが無い窓もあって、潮風の香りがして、濃霧も立ち込めているのが見えた。

「よか! 思った通りったい。野生のポケモンやけど今は敵に勝ちたい気持ちから、あたしたちの指示にしたがってくれると!」
「トゥインクルとも上手く連携してくれてるみたいだ、良かった」

サファイアの言葉に頷き、安心したような声音で呟く。

プラスルとマイナンはずっと共に過ごしていたから連携を取れるだろうが、ピチューとは初対面だ。連携が取れるか不安だった。

しかし、不安を解消するかのように、三匹は向かうべき敵を同じくしているからか、連携を取ってくれた。

「それにしてもすごか攻撃ったいねえ!」
「雷鳴の如く閃いてるよ」
(難しか言葉知っとるとね。
 あたしにはさっぱりったい)
「名前はプラスルとマイナンというらしい!」

成る程、と納得した。

だから通常以上に連携が上手く取れているのか、と。

プラスとマイナスだなんて、二つで一つみたいな物じゃないか。

「特性はプラスとマイナス、だろう?」
「うん。
 いっしょに戦闘するだけで、特殊攻撃の威力が高まるって!!」
「そこにトゥインクルが二匹を後押しするかのように電気エネルギーを送ってる!」
「生まれたばかりなのに凄かね!」

関心したように一同は揃って三匹の電撃を見ていた。

「ううオオオオ!」
「ぬ、ウウウあァ。なめるなチビどもォ!
 キュウコン!」
「……ッ……、ビャッコ……!」

カガリとユウキの声により、キュウコン  片方は通常、片方は色違い  が周囲に炎を撒き散らす。

するとどうだろう。さっきまで沢山いたプラスルマイナンピチューの影が一気に姿を消してしまった。

焦りを見せるプラスルマイナンは、ピチューと共にこちらに視線を向けてくる。

(次の指示を待ってる!
 さっきまでボクたちをからかっていた2匹が…!)
(あの様子から察するに、相当焦ってるみたいだ……!)
(よっぽど奪われたくないんだな。
 …あの…、探知機とか言ったっけ!)
(この日記にはプラスルとマイナンのおやだった人が作ったって書いてある)

そのユキの視線での会話で、ふと、ルビーが動きを止めてこちらを見る。

(え、な、なんだい?)
(その日記……)
(ああ、これかい? 落ちてたから拾っといたんだ)
(ちょっと貸して)

別に出し惜しみする事は無いので素直にボロボロの日記をルビーに受け渡す。

ルビーは日記を手にして、何か考え込むような仕草をして眉を微かに潜めた。

「なにしとるとね!? 早く!!」
「ハッ!!」

口でわかりやすく言いながらハッとする位に、ルビーはしばらくボーッとしていた。

その瞬間に、コータスがマイナンとピチューを足で弾き飛ばした。

そのままこちらの方まで転がってきてしまう。

すぐにユキが二匹の側に行き、抱えてサファイアの隣まで戻ってくる。

二匹は力無くぐったりとして目を瞑っているのを見て、ユキは唇を噛んだ。

もう何度目かになっている為に、軽く血が滲んでいた。

「戦闘不能のようだナ!
 ヘッ! 手こずらせやがっテ!!」

赤装束の三人は、口許に余裕の笑みを浮かべていた。

先程の苦痛に歪んだ顔なんて嘘だったかのように、本当に余裕の笑みだった。

「来る!!
 どうするったい!?」
「……」

サファイアがルビーに問うが、ルビーは汗を流して前方を睨むだけで、何も言わなかった。否、言えなかったのかも知れない。

「これ以上チョコマカできねえように、完全に踏みつぶしてやるゼ!」

ホムラがコータスに合図を送ると、コータスは頷いた。

しかし、それをさせないかのように立ちはだかる手。

「……ン!? なんだヨ、ユウキ! 邪魔をする気カ!?」
「……そこまでする必要は無い」
「うるせェ! コータスやレ!」
「……あ」

ばしん、とホムラの逞しい太い腕でユウキのもやしのような腕が払われる。

その瞬間に、コータスが足元に転がったプラスルを踏み潰そうと、足をあげて溜めた。

より威力を増す為に溜めた足は、十分な位にあげられ、そして、

足がプラスルを  





いいのか!?





寸分の差で、コータスの足はプラスルの腹の前で止まった。

すぐに赤装束の三人も声がした方向に顔ごと動かし、目を向けた。

「そこからちょっとでも動いたら、
 コレを海に落とします」

視線の先では、暗くてシルエットとなった少年が窓の向こうに一冊の本を持っていっていた。

よく見てみるとそれは「DIARY」と表紙に書いてある日記帳のようだ。

「まんまと探知機を手に入れたはいいけど、それを使うためのパスワードがコレに書いてあるって知らなかったみたいだね」
「な、なにィ!? でまかせいってんじゃねェッ!!」

ホムラの反応は当然だった。そんなのは怪しいだけだ。

「信じないならけっこう。ボクはコレを海に落とすだけだ」
うわーたったッタ!

ぱっ、と安易に日記帳を手から離すルビーに、ホムラは心底焦って止めようとする。

怪しい、が、確証が無い分もしかしたら、と脳が勝手に思ってしまうのだ。

これで少年の言う通りだったらどうしようも無い、と。

焦ったホムラを見て、少年は落とそうとした日記を流れるような仕草でキャッチし、自分の胸の前まで持っていった。

「この日記帳を渡してほしいのならまずはそこに倒れてるポケモン、プラスルをこっちに運ぶんだ」

これにはホムラも「う…ぐ!!」と唸って悔しがるしか無かった。

なぜならこれは明らかに取り引きだ。

だがそんな取り引きに応じたのは、意外にもカガリだった。

「上等じゃん。ホムラ、あたしが行こう」
「……姐さん」
「大丈夫だって」

ユウキの無機質な瞳に、カガリはただニッと笑ってみせるだけだった。

今の状況を少し楽しんでいる気がしなくも無い。

カガリはプラスルをゆっくりと持ち上げた。相変わらずプラスルはぐったりとして目を閉じていた。

ホムラはただ、それを睨むように見つめていた。

その隣にいるユウキは、カガリと、窓の前に立つ少年を交互に見た。

小さな体に汗を垂らすマイナンの側にいるサファイアは、目を閉じながら、音を頼りに今正にカガリが近付くのを聞いていた。

ユキは、ピチューの背中を撫でながら、カガリを見た。

そして取り引きを出した本人であるルビーは、真っ直ぐな紅の瞳で来るべき時を待った。

カガリがゆっくりと歩いているからなのか、はたまたこういう時間は感覚的に長く感じるからか、時が過ぎ行くのが遅く感じた。

側に歩み寄ったカガリは、ルビーから視線をはずさずに、マイナンをゆっくりと  置いた。

(今だ!)

その瞬間にサファイアが小さな声で合図を出し、マイナンとピチューは駆け出す。

バッ、と二匹でプラスルを引っ張ると、突然、プラスルの目が見開いた。

途端にカガリの探知機を持つ右手に電撃が走ると、呻き声を発しながらカガリは探知機を離してしまう。

くるくると回る探知機。それを直ぐ様ルビーが笑顔で取った。

「OK!!」

……思惑通りだ。

当然赤装束の三人組の方は悔しさを全面に出していた(メッシュの少年は無表情)。

「これでオサラバったい!!」
「byebye!!」

窓の外へ飛び出していくルビー、サファイア、ユキ、プラスル、マイナン、ピチュー。

ホムラは「なんだとォッ!!」と叫んで手を伸ばしたが、後の祭。

下を見ても誰もいなく、ただただ壮大な海が広がるのみだった。

しかし、いない、なんて事は当然無く、捨てられ船の死角でホエルオーに三人は乗っていた。

ホッと息を吐いたサファイアは安心したのか、力無くペタンと座り込んだ。

「た、助かったと…。
 最後の技はてだすけ≠竄チたと?」
「ああ…」

サファイアだけでは無い。ルビーもユキも緊張を解いたように脱力している。

「三匹ともわずかしか体力…残ってなかったけど、マイナンとトゥインクルがプラスルを手助けしたことで、
 ギリギリ探知機をたたき落とすことができたね」
「有り難う、プラスル、マイナン、そしてトゥインクル!」

誇らしげな顔をする三匹に、ユキがお礼を述べる。

三匹が愛らしく照れるのを見ていると、横から「ボクに有り難うは?」とか阿呆な事をぬかすので、無視して黙らせた。

うんうん、無視が一番辛いから効果覿面(テキメン)だ。

「やっぱり3対3で戦う時はチームワーク!! 助け合いったいね!!」

八重歯を見せてプラスルマイナンピチューと笑うサファイア。

ユキの鼻から危うく血が垂れそうな位に可愛らしい物だった。

なんというか、ひぐらしの鳴くような夏の暑い季節に「お持ち帰り〜」したい生き物達だ。

段々自分でも何を考えているんだか分からなくなったユキは、きっと疲れているんだと思う。

そんな時に、ルビーからぽつりと「やられた…」という呟きが二人の耳元に届いた。

「どしたと?」
「ルビー?」
「この探知機、外側だけだ」
えええ!?

あんなに頑張ったのに、とユキはへろへろと倒れ込み、そのまま夢の世界へと入っていった。

微かに温かい声がした。

『おやすみ』という声が。


† † †



「…ったく、とんでもねえガキだゼ!
 おぼえてろヨ!」
「……ホムホム。それ、負け犬の言葉」
「う、うるせェ!! ユウキは黙ってロ!!」

オオスバメで三人は飛びながら言葉を交わしていた。

ユウキはケロッとした顔でホムラに余計な事を投げ掛ける。

しかし何分ユウキは思った事をすぐ口に出す少年だ。黙ってなどいられない。

「だがまあ、こうして探知機だけは手に入ったんダ。ハァ、ハァ…よしとするか…」
「よしとするかじゃねえだろ!!
 このバカホムラ!!」
「なんダァ!?」
「バカホムホム〜」
「お前はちょっと黙ってロ!!」

ホムホム、否、ホムラがそう逆ギレしてユウキをぶん殴る。

ぶん殴られた為に涙目になり、ユウキは「ぐすん、女尊男卑だ……」とぶつぶつ言っていた。

「3人のガキのうち結局、小僧二人の顔はわからずじまい!
 ホムラ、おまえおぼえているんだろうな!?」
「あ、イヤ…」

途端に、ホムラは焦ってしどろもどろになる。

「それが…最初にぶっとばした時も後ろからだったシ、片方は振り向いたけどほんの一瞬だったシ、オレも見てねえのヨ……顔は…」
「は〜〜、やっぱりな」

呆れたような声で言い、紙を取り出し、装束服のフード部分に付いているツノをはずした。

「かならず顔をつきとめ…」

紙にライターと化したツノの火で炙り、紙に少女の顔と  帽子が特徴的な二人の顔無しが浮かび上がった。

「見付け出して始末してやる!!」


冗談でしょ
(なんでこんな事に)
(巻き込まれたんだ)


『約束の日まであと68日!』

20140209



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