「あの、サファイアさ 「サファイアでよか。後、敬語もいらなかよ」 「え、でも私の方が年下で……」 「年なんて関係無かよ! 女の子同士仲良くするったい!」 実にサファイアらしく、純粋無垢な笑顔で八重歯を見せながら言われる。 おまけに手まで握られたら、これは言う通りにするしか無かった。 「分かった、サファイア」 「っ……」 「ん?」 「な、なんでもなか!!」 真っ赤な顔でぱたぱたと手を振られる。 まさかあのルビーに似てるからって、自分の名前を呼ばれた瞬間に、ルビーに名前を呼ばれた気分になってしまっただなんて口が裂けても言えなかった。 これはなんたる事だ、と勝手にサファイアは悶えていた。 あたしはあんなヤツになんの気持ちもなかよ、と。 何かの間違いだ。きっとユキ自身が可愛かったからに違いない。 「あ、あたしもユキって呼んでよか?」 通常ならサファイアは堅苦しいのは嫌いで、基本呼び捨てにするのだが、ユキにはどことなくそうさせない雰囲気があるのだ。 だから、ついつい「ちゃん」付けで呼んでしまっていた。 まぁ、自分よりも小さい彼女だからかもしれないが。 「勿論だよ、サファイア」 やっぱり悶えてしまう。 だから、ルビーじゃないんだって、ユキなんだって。 (サファイアって面白いなァ) 実はユキが確信犯だったというか、ドSの本性を見え隠れさせていたのだが、そんな事に出会ったばかりのサファイアには分からなかった。 「ねェ、サファイア」 「なんね?」 「ルビーの所に行ってみていいかな」 「なして?」 先程から、三字のみの疑問だけを投げ掛けられている事に苦笑する。 だが訛りと、きょとんとした様子が有り得ない位に可愛いで、大丈夫だ問題無い。 「やっぱり兄だからね。 心配になるんだよ」 「ふ〜ん、そげなもんったい? 兄弟って。 あたしは一人っ子たい。いまいち分からなか」 「そういう物なんだよ」 綺麗な顔で微笑む彼女に、やっぱり兄の面影を見てドキリなんてしてしまいながら、その小さな背を見送った。 ただ、一つ思う事があった。 随分と兄思いの優しい少女だな、と。 † † † なかなか広い内装をしているなぁと思いながら、ピチューを背中のリュックへ入れ、アゲハントとブースターを携えて歩いていた。 これだけ広ければ、迷ってしまいそうだが、着た道を忘れるような頭はしていないから問題は無い。 それに、寝れる所なんて、こんなに生い茂った植物があってはかなり限られてしまう事だろう。 ついでに自分とルビーは血の繋がりがあり、そしていつのまにか遭遇する運命にあるので、これで会えない訳なんて無い。 (bingo!) 心の中でビンゴだと言い、その視線の向こうでは、なんとか寝れるという感じの高級机の上に寝転んでいるルビーの姿が。 そろそろと音をたてずに近寄ると、ルビーは目を伏せていた。 しめた、と思いつつルビーのポケモン達に静かにしてというジェスチャーとして、口許に指を添えた。 「わッッッッ!!!!」 「わぁぁあぁあぁあ!!?」 突然ルビーの目の前に飛んでいって、大声を張り上げると、思惑通りルビーがひっくり返る勢いで驚いた。 その満足出来る反応に、ユキはキャラが崩壊する位に爆笑してやる。 すると口許をひきつらせてルビーは堪忍袋の尾が切れたように怒鳴り始めてしまった。 「どうしてキミはそうやってボクを驚かせようとするんだ!!」 「面白いから」 「いや、即答しないでよ!? キミは反省の色とか無いの!?」 「あると思うかい?」 「なんで上から目線!?」 「あ、上に珍しい木の実が!!」 「その手には引っ掛からな……、 Wao!!『ズリの実』だ!! それに『ブリーの実』。『セシナの実』もある!」 「ほらね、言った通りだっただろう?」 「う……ま、まぁね」 ユキの狡猾とした様子は、それでチャラだとでも言うような口調だった。 我が妹ながら、結構な図太さである。誰に似たんだろうか。 考えるだけ無駄なので、考えを振り払う事にした。 「元々船に積んであった木の実が、長い年月をかけて育ったのか」 「……あ、ルビー、これ」 「これは凄く珍しい『ノワキの実』じゃないか!」 普通の木の実に例えれば、ゴーヤなどのイボイボとした実が当てはまりそうな実は、『ノワキの実』と言ってルビーが言うように滅多に見つけられない珍しい木の実だ。 「とってごらんよ、ZUZU」 ルビーがそう言えば、ミズゴロウはにっこりと天使の微笑みを浮かべながら、その場から実に向かって手掴みしようと飛び上がった。 だがその瞬間、ミズゴロウは見えない何かによって攻撃される。 ……異様な既視感(デジャヴ)がするが、ミズゴロウは所謂不憫な立ち位置だった。 「なんだ、今のは!?」 「ZUZU!」 殴られたような痕が残るミズゴロウを撫でると、ミズゴロウは手に摺り寄ってくれた。 あまりにも可愛かったから、ミズゴロウにボールを投げる所だった。 人の物を盗ったら泥棒だ、という模範精神と、バレなきゃ犯罪じゃねぇ、という反面教師的な精神が交錯してしまう。いけないいけない。 「たしかに何かいた! 野生ポケモン? 大丈夫か? ZUZU! ……ユキはもっと大丈夫かい?」 「え、あ、なんか言った?」 「…………いや、別に」 また自分の世界に入っていたな。 妹の事はお見通しなルビーは、ミズゴロウのヒレが動くのを見て、目を鋭くさせた。 「逃げてもムダだよ。ZUZUの頭のヒレはレーダーだ。 空気の流れを読みとって相手の位置をとらえる!」 ミズゴロウが鰭(ヒレ)のレーダーで分かった相手の位置を、エネコロロとグラエナに伝える。 すると、二匹は疾風の如く伝えられた位置へ正確に技を繰り出した。 それにより二匹のポケモンが、ばたっと落ちてきた。 ルビーは憤慨した容姿で腕を組み、二匹に歩み寄る。 別にユキにとっては憤慨する要素の無い事だったが、興味を感じて共に歩み寄った。 「どうだ、イタズラもの! どんなこまったちゃんか顔を見て…」 プルプルと小さく震える困ったちゃんが、顔を上げる。 そして、それを見た紅眼兄弟に衝撃が走った。 目の前の困ったちゃんは、片側は紅く、片側は蒼かった。 きゅるん、とした瞳はビー玉のようで今にも泣きそうな位に湿っていて、体は戦慄している。 その可愛らしい愛玩動物のようなポケモンに、紅眼兄弟の表情は完全に緩みきった。 (pretty…。か、かわいすぎる) 全く同じ事を、同じタイミングで、同じ調子で言う。 だが、一つ違っていたのは、でれ〜っとした顔の真ん中から血が出ているか出ていないかである。 そんなご主人を呆れたような目で見つめるミズゴロウとブースターに、二人はハッとして大袈裟な位に咳払いをした。 「ふう…ま、しかたないな、ゆ、許してやろうじゃないか。 ちょっとしたイタズラだ」 「ルビー、声震えてるよ」 「ユキこそ鼻血出てるじゃないか」 これには御互い、ひきつった笑みを浮かべるしか無かった。 「しかし、野生にしてもなぜこんな船の中に?」 「まさか……この船が捨てられた時から?」 「そうなのかな……ん?」 プラスの模様が頬にあるポケモン 気になった紅眼兄弟の兄がそれを拾った。 「日記帳…!? 日づけは2年前だ。 ここにまぎれこんだ人の荷物かな?」 「どれどれ……本当だ。古いね」 その日記帳だと思われる本は、古びていて、埃(ホコリ)だらけであった。 「おまえたち、ご主人さまとはぐれちゃったのか? それとも捨てられて…」 プラスルとマイナンは、しょぼん、とした顔で耳を垂らしていた。 誰の目にも明らかな位に、寂しそうな顔であった。 「…そうか。 さびしかったんだな?」 「2年も経ってるんだもんな……」 紅眼兄弟が、側に寄ってくる二匹を優しく撫でる。 エネコロロ、グラエナ、ブースター、アゲハントは姉貴(4匹共♀)になったような様子で、プラスルとマイナンにスリスリしたりペロペロしたりしている。 なんだろう、この反則的なみんなの可愛さは。自分達を犯罪を犯してまで連れ去って貰うように仕向けているんだろうか。 「……いっておくけど、犯罪者を持つ兄には絶対なりたくないからね」 「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………大丈夫だよ、多分」 「だから声ちっちゃいって。しかも多分なの?」 人間がそんな会話をしている時に、ポケモン達は可愛らしい事をしていた。 その可愛い事、というのは、すっかり元気な様子のプラスルマイナンが、五匹に木の実を手渡すという事だった。 これは微笑ましい。ルビーとユキは素直に微笑んだ。 「お近づきのしるしにくれるっていうのか。ははは」 「なんて心優しいポケモンなんだ。ははは」 『はははははは』 二人合わせて狂ってるんじゃないか、という位に笑うが、後々よく状況を見てみたら、その笑みをひきつらせて「は…」と笑いが途切れる事になる。 五匹全員が揃いも揃って混乱し、訳が分からない状況になってしまったのだ。 これには二人、頭を抱えて目を剥いた。 「『こんらん』している!! 苦手な味の木の実を食べちゃったのか!?」 「ルビー! あれを見てよ! 二匹でハイタッチしてるぞ!」 「あ!!」 そこで、ルビーとユキはやっと、二匹に貶められたのだと気付いた。 「このおおお!!」 「待てえええ!!」 こうして、二人と二匹の鬼ごっこは合図無くして始められた。 ……この船に、何者かが侵入してきたなんて知らずに。 怖がる理由は何もないよ (キミ達がなにもしなければね) 20140208 ←|→ [ back ] ×
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