このまま、守られてばかりの自分でいいの?

このまま、何も出来ない自分でいいの?

でも  もう、戦う意味も、魅せる意味も、分からないんだ……。



† † †



……! ……! ……!

何か、聞こえる。体を揺さぶられている気もする。

……! ……!!

ユキ!!

  兄の声だった。

ユキはそう認識すると、パチッと目を開けた。

すると、そんなユキの姿に酷く安堵したように息を吐く兄の顔が視界に入った。

「ル、ビー?」
「……全く、目を覚まさないかと思ったじゃないか。あまり心配させないでくれよ!」

いつものようにお茶らけて言うが、帽子の下から汗が滲んでいるのはばっちり見えた。

「ぷっ」
「な、なんだい。急に笑いだして……」

バレバレだという事は分かっているのか、頬を紅く染めながら、じとっと睨まれる。

しかし、頬が紅い以上、なんの迫力も無かった。

「……それにしても、ここはどこなんだ?」
「さぁ……ふあっ、くしょん!」
「大丈夫かい……というか、ルビーの服泥だらけじゃないか」
「うわ……ホントだ……そういうユキも泥だらけじゃないか」
「うげ……」
「着替え…こっちはしわくちゃだ」
「最悪だよ……」

容姿を気にし始める紅眼兄弟。

じゃらじゃら飾り付ける事は大嫌いであるが、ユキだって自分が美しくないのは凄く嫌な事だった。

パンパンと叩いてみるが、泥が水で固まってしまっているのか、なかなか取れない。

「はっ。COCO! NANA! ZUZU! みんな無事だったか」
「フラッフィ! リージュ! 良かったァ!」

二人は自分のボールに入ったポケモンがいる事に、肩の荷を下ろした。

だが、ルビーのメンバーは一匹だけ欠けていた。

「あれ? RURUは?」
「あの時、私達とミツルくんと一緒にいたRURUが分かれちゃったんだ」
「RURUは無事ミツルくんを守っただろうか?
 いや、RURUなら大丈夫なはずだ」
「多分テレポート≠ナミツルくんを自宅に届けたはずさ」

ルビーが自分に言い聞かせるような物言いに、ユキも後押しする。

すると、不安を消し去ったかのように首肯した。

「ええと…とりあえずは」

二人揃って、勝手に紐を取り付け、そこに帽子やら服の着替えを吊るした。

紅と黒の組み合わせだけが吊るしてあって、非常に目がチカチカしそうだった。

そしてその服たちをミニドライヤーで温風を吹き掛けていると、誰かがやってきた。

「おう! 目がさめたか、
 な!?」

それは頭はツルツルしているが、白い眉毛、口髭、顎髭が特徴的なお爺さんだった。

お爺さんは、目の前の光景に唖然としているようだ。

「なにしてるんだ、おめえらは?
 オレの船、大漁丸を『ぶちっく』にでもする気か?」
『船!?』

「ぶちっく」発言も大概気になったが、二人はここが船である事の方が気になってならなかった。

「そうか、あなたがボクたちを…。ってことはここは…」

二人はお爺さんに着いて、階段を駆け上がった。

『海!!!』

一面に広がるは壮大な海だった。

夜に森で見た海も、月に照らされていて綺麗だったが、昼間に見る海も陽射しに照らされ、輝きを放っていて凄く綺麗だった。

「そうよ、106番水道のド真ン中だ」

目の前に、ぬぅ、と巨体が表れる物だから、二人は圧倒され、肩を跳ね上げた。

(大きいおじいさんだなあ…)

ルビーはそう思い、ユキをちらりと見やる。

(ちょっと。おじいさんが大きいから、私が尚更小さく見えるとか思ってるんだろ)
(そんな事思ってないさ)

そう言いながらも、ばっちり口許に笑みを浮かべているルビーはなんて意地が悪いんだろうか。

因みに、これも目線での会話だ。

誤魔化すようにルビーがお爺さんに礼を述べようとする。

「おっと、礼ならこのピーコちゃんに言いな。
 海をただようおめえらを見つけたのは…」

手にキャモメのピーコちゃんが止まり、目を向けたお爺さんの顔が一気にへにゃ、と緩みきった顔になる。

「ピーコちゃんなんだよね〜〜」

これにはルビーとユキが顔をひきつらせ、ドン引きした。

え、なにこのお爺さん。ピーコちゃんにキスしようとしてるよ。

かと思えば、こちらに目を向けた顔はキリッとしていた。

「オレの名はハギ! 隠居した元船乗りだ。
 おめえらは!?」
「ル、ルビーです」
「ユキ、です……」

最早このお爺さんは二重人格なんじゃ無かろうか。

「ともかく、ありが…。うっぷ」

お礼を言う途中で、ルビーは顔を真っ青にし、額に汗をぶわっと流しながら口許を抑えた。

きっとあれだろう。海の天敵である。

「なんだあ? 目覚めた早々、船酔いかあ?」
「そのようです…。オエ〜」
「ハハハ、ルビーは貧弱だなァ!」

隣にいる妹は、ケロッとして笑い飛ばしていた。

「おめえは違うのか?」

お爺さんに話を振られれば、ユキはキュピーンと紅い眼を輝かせ、口許に弧を描く。

所謂、ドヤ顔だ。ドヤァ……。

「私はルビーと違って船酔いなんてする訳  うっぷ」





で、結局。

ユキは兄の隣で伸びていた。





「兄弟なんだから当たり前ですよ」

さっきと言ってる事が全く違っていた。

「しょうがねえな、すぐにでも漁港に立ち寄ってやりてえとこだが…。オレにも予定がある。
 漁が終わるまでここでまた寝てろ」

似た者兄弟は「ハイ」とすっかり元気を無くしたような小さな声で返事をして、先程寝ていた船内へと向かって行く。

だが、その瞬間に船がぐらついたせいで、ルビーはバランスを崩した。

尻を打ち付けた上に、お腹の上に小柄なユキがかぶさってきて、息をする事が許されない。

しかも地にボールが触れた事により、エネコが出てきた。

ユキの真似なのか、お腹に乗ってくる。

どいて欲しい、切実に……。いつもならともかく、今は船酔い中だ。

流石兄弟。心中察してくれたのか、すぐにどいてくれる。

それからルビーはまた甲板に顔を出し、ハギ老人に問う。

「…漁!? さっきは隠居したって…」
「今日は特別だ! 現役から遠ざかっていたこのオイボレだが、久々に血が騒ぐ話を耳にしたんでな!」

懐から一枚の紙を取り出し、広げて見せる。

「コイツが現れたと聞いちゃあだまってられねえ!!」

その紙は昔の物なのか、ボロボロになっていて、そこに描いてあったのは、大きな水ポケモンに一人の漁師が狩ろうとしていた絵だった。

「釣り船一筋のオレが追い求めても追い求めても手にできなかった、名も知らぬ深海の大物よ!!」

その深海の大物であるポケモンは1億年以上の間、まったく姿を変えずに海の底で暮らしていたらしい。

今でもどの海域で漁れるのか分からず、勿論海面近くに上がってくる事も無い。

「だが、大昔の男達はコイツを『友』としていた。
 コイツの技によって人の力だけでは行くことのできない深海にまで行けたっていうんだ。
 どうだ? 男のロマンを感じるだろう?」
『いえ、全然感じません』
「美しくないし」
「私男じゃないし」

ルビーとユキが一緒に紙を見ながら、さらっと言う。

すると、ハギ老人がずっこけた。

どちらも凄い理由だ。

「美しくないって…変わった奴だなあ。嬢ちゃんの方は……まぁ、悪かったよ。
 まあいい、とにかく休んでな」
『ハイ』



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