「……この事だったんだね」
「……ん?」

この後の言葉は大体想像出来るが、なんとなく聞き返した。

「『きっと頭を悩ませる』って言ってた事」
「……」
「知ってたんだろう? サファイアがあの時の女の子、ってさ」
「まぁね」

視線を合わせないまま、ユキはしれっとして答える。

予想以上になんでもないかのような態度で、ルビーは小さく苦笑いする。



「……まぁ、キミ達が両想いな事も知ってたけどね」



「え?」ユキがルビーの手にあった藍色の宝珠をひったくりながら放った言葉は本当に小さな声で、思わずルビーは聞き返す。

けれど、ユキは綺麗な笑みを浮かべるのみで、何も答えなかった。

ルビーは不思議そうな顔をしていたが、ユキは藍色の宝珠を眺めながらあの時の事を思い出していた。



「 ねぇ、サファイア。キミはもしかして  



そう切り出すと、サファイアはパッとこちらを向いて次の言葉を待った。


  ルビーが好きなのかい?」


そこまでの確証は無かったけれど、今そう聞いた瞬間に確信した。

サファイアの顔が真っ赤になったのだ。

まさに恋する乙女のように、顔を赤らめ、唇をきゅっと結び、恥ずかしさからか目を若干潤ませる。

自分の予想以上の反応に、なんだかこちらまで恥ずかしくなってきて微かに頬を赤らめて口元を引き攣(ツ)らせてしまう。

「……うん」

小さく頷く彼女に、可愛すぎかコノヤローとか思いながら「やっぱりそうなんだ」と返す。

「最初はあんなに嫌悪してたのにね」
「……確かに最初はいけすかんヤツやと思っとった。礼儀知らずで、かっこつけで、ひねくれてて、ウソつきで、気取り屋で、口ばっかりで中身のない男やと」

全然間違ってないな、とユキは思わず笑いそうになる。

「でも、なんでやろ…。一緒に戦っているうちに…どんどんあん人の良かところが見えてきて、こん人の強さは本物やって思うようになったったい」

ユキは黙って耳を貸す。

自分も兄の事を本当は好きだから、他の人が兄を褒めているというのはなんだか嬉しくてくすぐったい。

「実はね…、あたし、前から好きな人がおったとよ。ずっと小さい頃、何日間かだけ一緒に過ごした男の子。顔も名前も覚えとらんけどハッキリしてるのは…」


  その男の子は頭に大ケガばしてまで、あたしばボーマンダから守ってくれたことだけ…。


その一言を聞き、ユキは目を見開き、口を大きく開けた。

本当に強い衝撃を受けたかのように、頭を真っ白にさせてサファイアを食い入るように見つめていた。

「前にヒマワキで『今も憧れとる人がいる』って言いかけたの覚えとる? あれは、その男の子の事やったんよ。
 何年も何年も想い続けた。それくらい好きやった。バトルば極めるゆう目標もその人の影響たい」

  知ってるかい? 父さんが言ってたんだけどカントーってところにすごいトレーナーがいて、その人は11歳でポケモンリーグを勝ち抜いたんだってさ。

  だったらボクらは11歳になる前に同じくらい強くなろうよ。そしたら…へへ…その人よりスゴイって事になるよね!

「それと……もう一人、憧れとる人がおるとよ」
「!」
「その男の子にも妹がおったと。その子は女の子なのにカッコ良くて、でもオシャレで……同じ女の子なのにドキドキしてしまってたったい」

えへへ、とちょっと恥ずかしそうに笑うサファイア。

ユキも釣られたように優しく笑う。

「その子はいっつもあたしの手ば引いてくれてたと」

昔を思い出して遠い目をするサファイアに、ユキは少しだけ戸惑ったように眉を潜めた。

「……それでその子より今はルビーが好きなんだ」

話を逸らすかのようにそう口に出すと、ハッとしたようにサファイアが口を抑える。

かと思えば、両手を合わせて申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

「話がちょっと逸れてしまったと! すまんち!」
「いや、気にしなくて良いけどね」

「それでどうなの?」と優しい顔で問い質(タダ)すと、また少し顔を赤くして、けれど笑みを浮かべ目を閉じた。

「……ポケモンと一緒に戦うルビーが好き。ポケモンの毛づくろいばするルビーが好き。気取って気持ちばかくすけど、本当はやさしいところも好き。
 こうと決めたら迷わず立ち向かうところも全部、全部好き」

ユキは素直に凄いと思った。

好きな人の好きな所が率直に言えて、しかも例え相手が自分では無くルビー本人になっても言う事が出来るだろう。

そんな事、自分には決して出来ないと思う。

「不思議やね。あれほど好きだった男の子の思い出より、今ではあん人の方が心の中ばいっぱいにしてるんやけ」

幸せそうな声で言う。

「安心して。きっとルビーも、サファイアが好きだよ」

そう彼女は、まるで確信しているかのように言い切り、すごく説得力があった。

けれど、彼と正反対な自分が好かれているとは思えなくて、そうだと良いなという意味で笑い返した。

「……そろそろ休憩終わりだね。僕はもうちょっとここにいるから、サファイアはルビーの所に行っといで」
「うん!」

くるりと回れ右をして、元気に駆け出すサファイア。

どうやらユキに話した事により、一人で抱えていた不安な部分が軽くなったようだ。

彼女の足取りの軽さにくすりと微笑ましく笑いながら、小さな背中を見て昔のあの子を重ねる。



「……『あの子』はもう僕の事を忘れていると思っていたけれど」


  ……もう一人、憧れとる人がおるとよ。

「すごく、嬉しいな……」


† † †



「じゃあ、あの大きなのを止めに行こうか」
「……」
「大丈夫。あんまり無理はしないようにするからさ」

ルビーが心配そうに眉を潜めるので、そう言っておく。

全くもってそのつもりはないが、そうでも言わないと自分もサファイアと同じ場所に閉じ込められる事になってしまう。

もちろんそれが分かってるルビーは一瞬何か言おうとしたが、しょうがないという風に頷いた。

ユキも満足したように頷き、お互いは同じような顔付きになり、ぎゅっと手を繋ぐ。




おおおおおお!!!



愛を込めて
(キミの幸せを)
(ただ願います)


20140318



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