チルタリスの柔らかい毛並みをブラシで整えていると、そういえばと手を止める。

「トゥインクル?」

あの黄色い子がいない、とキョロキョロ見渡すがしばらくして思い出す。

プラスルとマイナンと共にルビーとサファイアの所に置いてきてしまったのだと。

(今頃拗ねてるかなぁ)

頑張り屋で明るい彼女でも、流石に置いていったら拗ねてしまうに違いない。

けれど、

(拗ねたトゥインクル可愛いだろうなぁ〜)

別に直接見た訳でもないのに、拗ねたピカチュウを想像してはニタニタとにやけるユキ。傍(ハタ)から見たら完璧に不審者である。

そんな妄想中、突如水花火が打ち上がる。

まるでユキの邪魔をするようなタイミングで、アダンのコノヤローと思いながら息を吐く。

今までのマイペースさが嘘のように真剣な目付きになり、服の下にしていたペンダントを服の上に移した。

それから、真後ろに向かって言葉を放つ。



「……では行きましょうか」





† † †



一方、ルビーとサファイアはマボロシ島から時間の狭間を通り、なんとかルネシティへと戻ってきた。

「戻ってきたぞ! ルネシティ!!」

目の前に広がる現状は、アダンに水のスクリーンで見せられた物と全く同じだった。

「サファイア、藍色の宝珠は今、体の外に出せる?」
「う、うん」

突然の言葉に戸惑いながらも頷き、右手に力を込めた。

修行でやった時の感覚を思い出しながら目を瞑り、歯を食いしばった。

「む…く」と声を漏らし、右手から少しずつ藍色の宝珠を体内から取り出す。

「師匠、すみません。エアカーを勝手に使います。ポケギアからリモートコントロールする番号(パスワード)は前に見て覚えてるから……」

傍にいるであろうミクリに向けて言いながら、ポケギアの番号を押した。

「どれ」
「エアカーを使って何ばすっと?」

ルビーが手を出し、サファイアの手にある宝珠を渡すように促(ウナガ)す。

するとサファイアは疑問符を浮かべながらも素直にルビーの手のひらに自分の体内から取り出した藍色の宝珠を置く。



「うん、こうするんだ」



突如、ルビーの紅いグローブを纏った大きな手がサファイアの目の前に伸び  

とん!

という軽い力で、サファイアをトロピウスから突き落とした。

藍色の瞳が見開かれ、空中ではどうする事も出来ず、ただただ遠くなってゆく紅い彼を見つめてるしかなかった。

視線の先の彼はポケギアをまた弄り、エアカーが動き出す。

かと思えば、それは自分の落下地点に止まり、サファイアはエアカーの中に落ちた。

三度目のポケギアの番号入力で、エアカーの上部が完全に閉まり
、サファイアを閉じ込めた。

サファイアは信じられない気持ちでドアを力強く叩く。

「なして!? なしてこんなことすっと!?」

また隣で戦えると思っていたのに。修行をして、より一層息の合った戦いが出来ると、そう思っていたのに。

どうして自分は、エアカーに閉じ込められているのだ。

どうしてルビーは、藍色の宝珠を持ちながらあそこに立っているのだ。

まるで、自分一人で挑むと言わんばかりに  

「今、お礼を言うよ。ボクもこの賭けをして、良かった。本当に」

最初こそ、なんて無茶苦茶な事を言い出すんだと腹も立てた事もあったが、今ではそれが嘘だったかのように賭けをして良かったと、そう思える。

賭けをしていなければ、彼女  サファイアと会っていなければ、今の自分は無かっただろう。



『助けてやったとに…、なんばしよっとね!!』



『女の子だったんです。なまり全開の野獣のような!!』



『自然のものは自然なままが一番たい!!』



『コンテスト〜?』



  ……ありがとう。だけど、



『目標は違えど、それを成しとげたい気持ちは同じったい!!』



『あ、あたしはこの石の洞窟からすごい地響きがしたけん! あんたが埋まったかもしれん思って、飛んで来たったい!! それなのに…』



『男のくせにま〜た化粧ばしとう』



『うはぁ! 初めて見たったい!!』



『あたしとユキちゃんはえるるの上で寝るとして、まさか男の人と同じところで寝るなんて考えられんと』



(けど…、あたしは今目があけられん、今度はあんたにも、ユキにもしっかりしてもらわんと)



  キミとは一緒に行けないんだ。



『やっぱり3対3で戦う時はチームワーク!! 助け合いったいね』



『かわいかー!』



『あたしだって女の子ったい!!』



『…ウソば、ついてたとやね?』



『鍛えた力はなんのためったい!! 誰かば助けたりそのための力じゃあなかとかァァ!?』






『あたし…、あんたのことが…好きったい……』






  なぜって、キミの気持ちを聞いてしまったから。そして、


「ボクもキミが好きだったからさ。小さな頃からずっとずっと、…想ってた」


帽子をゆっくりと取ると、その額には大きな傷跡があった。

あの傷跡の大きさ、形、位置。サファイアの記憶の一片と、重なる。

予想外の出来事に、藍色の瞳を見開き、瞳孔が揺れ動く。

「だから…、キミを連れてはいけない。超古代ポケモンとの再決戦に…、連れてはいけないんだ!!」

ルビーは今まで刹那げに潜めていた柳眉(リュウビ)を吊り上げ、一気に真剣な目付きになる。

紅色の宝珠と藍色の宝珠を両手に持って超古代ポケモン二匹を睨み付ける彼は、もう既に戦う姿勢だった。

「額の傷…!! あんたが…、ルビーが……!!
 あたしばボーマンダから守ってくれた男の子……!!」

その瞬間、サファイアの中でボヤけていたあの男の子の顔や姿が鮮明に蘇り、それがルビーと重なる。

「お別れはすんだかい?」

突如聞こえてきた凛とした声。

「ええ。行きましょう」

それに対してルビーはまるで知っていたかのように、特に驚く事もなく返答した。

「カガリさん」

カガリ  マグマ団四頭火の一人が、ルビーの後ろに現れた。

更にその後ろに、同じくマグマ団四頭火の一人である少年が影から顔を出し、ちらりとルビーの上を見上げる。

それとほぼ同時に、ルビーの真上から柔らかい羽根が幾多も舞い降りた。

サファイアはそれがチルタリスの物だという事に気付くのに、少しの時間を要した。

「ユキ…………?」

彼女は首にかけた虹色のペンダントを光らせながら、まっすぐこちらを向いていた。

その表情は想いを告げた時の兄の顔と瓜二つだった。

胸を掻き毟られるような衝動に駆られていると、一緒に閉じ込められてしまったピカチュウが途端にドアに飛び付き、コンコンとドアを叩く。

……そうだ、ピカチュウだって大好きな主人が離れていったら悲しいに決まってる。

「ユキ………!!」

真っ直ぐ親友を見つめ、ドアを叩く。

もう何度も強く叩いている為に痛む手。それでもここから出して欲しくてまた何度も叩いた。

昔も今も変わらない、親友である彼女と一緒に行きたくて、必死に目で訴える。

けれど、彼女は背を向けてしまった。

その瞬間、サファイアはドアを叩いていた手をブラリと下ろし、浮かべていた涙を地に落とした。



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