「………タイミングを見計らったつもりだけど、意味なかったみたいだね、ルビー」
「……そうみたいだね」

二人は小さい声で言い合うと、すぐ側にある大きな木に目を向けた。

特に息を合わせた訳でも無いが、二人は同時のタイミングでその大樹に手をかけた。

……そういえば昔はこんな風に二人で木登りしたっけ。

その記憶の中にあの女の子の姿もあって、ユキは微かに微笑んだ。

やがてサファイアの寝ている場所まで到達し、ぬっと二人揃って顔を出す。

「起きてる、…よね?」

そうルビーが言えば、サファイアは「うっ」という顔になり、観念して起き上がるか、しらばっくれるか心中で葛藤してるようだった。

「サファイア」ユキが名前を呼べば、観念する事に決めたのかむくりと起き上がって胡座をかく。

「たはは、バレてたと?」
「どこから聞いてた?」
「もしかして、よいしょっ、最初から……かな?」

ルビーとユキがサファイアの隣まで登っていき、ふぅと息を吐いた。

「……うん。なんかえらく真剣に話しとったけ…。なんとなく聞き耳立ててしまったとよ」

悪気は無かったとはいえ、盗み聞きという形になってしまったからか、サファイアは申し訳無さそうに顔を俯かせた。

それから、自分の右手を見て汗を滲ませる。

「まさか…ね」

その華奢な右手にはルビーと少し違う紋が浮かび上がっていた。

「あ、でも気にせんでね! どのみちわかる事やったろうし…!!」
「…うん。まあこうなった以上、現実を受け入れていくしかなき訳だし…」

タイミングを見計らった、のくだりも野生児の耳には届いていたらしく、サファイアは焦って言うと、ルビーは腕を組んで真剣な顔付きで返した。

「ポケモン達の技にももっと磨きをかけて…」

ウィーンと図鑑を起動させる、が、画面に砂嵐が起きてしまっていた。

思わず「あれ?」という言葉をあげる。

「なんだかこの島に来てから調子悪いな、図鑑」
「マボロシ島だからじゃないかい?」
「う〜ん、そうなのかなぁ」

二人でポケモン図鑑を食い入るように見ていると、ふと、視線を感じてルビーはクエスチョンマークを頭に浮かべながら顔をあげた。

するとサファイアがまじまじとルビーの事を見ていた。

ユキもルビーを改めて見てみると、小さく「……あっ」と声をあげた。

「なに?」

二人の少女の視線にたじろぐルビー。その視線を辿っていくと、二人が何を見ていたのか理解して、ずれた帽子に触れて「は!」と言う。

そして、急いで帽子を「ぐいっ」と力強く引っ張って目深(マブカ)に被り、はみ出していた髪の毛と肌を隠した。

「………」

それでもサファイアは目を逸らさなかった。

今、微かに、ルビーの頭を見た瞬間にあの彼の事を思い出した。一瞬、本当に一瞬だったが額に何かが  

「さあ! 特訓の再開だ!!」

木の下からアダンが手を叩きながら現れて、三人はハッとした。

何の言葉も交わさずに、すぐにルビーとサファイアは木をスルスルと降りていった。

その様子を、ぼーっとしたようにユキが見つめる。

アダンが出て来て思い出してしまった、あの言葉が頭から離れない。

『要するに、キミ達がこの役目を果たすのに相応しいトレーナーだから、選ばれたんだよ!!』

……つまり、ユキは選ばれなかった。

確かに虹色の宝珠を持っていた事も一つの理由かもしれないが、アダンの言葉を聞いてしまえば、自分は役目を果たすには相応しくないトレーナーだという事だ。

始めは、自分が考え過ぎているだけだと思った。けれど、考えれば考えるほど、そうなんだと思い込んでしまってしょうがない。

「……僕は、二人の力になれないのかな」

二人の背中が、遠く離れていく。


† † †



それからというもの、サンドの砂時計の砂が溢れ落ちる間、三人で特訓に特訓を重ねた。

それが丸一日なのか、半日なのか、もう無我夢中で特訓していたから分からなかった。

長いようにも感じたし、短くも感じた。

三人で笑い合う時間は楽しくって、けれどそんな時間も残り少ないのかと思ったら、少しの寂寥(セキリョウ)を覚える。

戦いの場に出てしまえば、楽しい時間とは暫(シバラ)くの間さよならだ。

けれど、この戦いを終える事が出来たなら、またこの楽しい時間が戻ってくる。

そう思ったらユキは前を向けた。

  自分は一人じゃない。二人がいてくれるんだ。



そして、とうとうその時はやってきた。

サンドの砂時計を見つめていたフウとランが真剣な顔付きで叫んだ。

『来ました、アダンさん!!』
「うむ、雨まじりの風も吹いてきたな。
 時間の流れのスピードが逆転しつつある! 極端に遅い時間の流れが、極端に速い時間の流れに移ろうとしている。
 外界と同調(シンクロ)する瞬間だ!!」

雨に濡れながらアダンが三人に向かって風音に負けないよう声を張り上げた。

ついにやってきたか、と三人は顔を見合わせて頷いた。それからアダンの方を一斉に向く。

「ルビー、サファイア、ユキ、よく特訓をこなしたな。そういえばサファイア、キミは全ジム制覇が目的だったな」
「ハ、ハイ」

思わぬ言葉に、サファイアは緊張したように体を固くして返事をした。

「ここで向上した実力は十分ジムリーダー戦に値するものだ。これを渡そう。ルネジムのレインバッチだ」
「私達からもトクサネのマインドバッチよ」

ランが「つけたげる」と言ってサファイアのバッグにバッジを二つ、パチンという音をたてて付けた。

そんなランに「ありがとー」と笑うサファイア。

「さて、出発はタイミングが大事だ。私たちは島の中心部へ行き時間を計る。外部と完全に同調(シンクロ)したら、キングドラが水花火を打ち上げる。それが島を出る合図だ」
『ハイ』

三人は揃って頷いた。

「しっかりな!」
「がんばってー」

島の中心部に向かうアダン、ランがそう声をかけてくれる。

三人は各々(オノオノ)、黙って頷いたり、ランに手を振り返す。

やがてアダン達の姿が見えなくなり、その場には沈黙が流れ出す。

「いよいよだな」

ルビーがそう言った瞬間、ユキがボールからチルタリスを出した。

ふわふわな翼を優しく撫でてから、そのやわらかい背中に乗る。

二人が不思議そうな顔をして頭に「?」を浮かべた。

「とろろじゃ二人が限界だろう? それに、もしもの為に分かれて行動した方が良い」

にっこりと笑って言えば、ルビーは訝しげにしながらも、納得したように頷いた。

納得してくれた事に満足して、ユキはくるりとサファイアの方を向く。

本当に小さな声でウインクしながら、「がんばって」とサファイアに伝えた。

するとサファイアは野生児の耳で聞き取り、カッと顔を真っ赤にして、かすかに頷いた。

そんな彼女を見送り、ユキはチルタリスに乗ってその場を離れる。

(こんな事しか出来ないけど……)

少し寂しげに笑い、大切な彼女の幸運を祈る。

……風の音に混じって、彼女の声が聞こえてきたような気がした。




「…あたし、あんたのこと…」




果てなき世界で
(彼女が彼に、)
(想いを告げる)


20150121



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