「あるんでしょう!? マツブサとアオギリの中から追い出された2つの宝珠(タマ)が…!! 今、ボクと彼女(サファイア)の中に!!」 ルビーは自分の手の甲に出た紋を見せながら、木の上で寝ているサファイアの方に手を広げた。 その木の下では、ユキが腕を組みながら目を伏せていた。それは集中して二人の話を聞きたかったのかもしれないし、少し怒っている象徴なのかもしれない。 「……。なぜそう思うのかね?」 そんなユキを軽く一瞥(イチベツ)してから、アダンもまた、フッと小さく息を漏らして目を伏せた。 「これです。プラスルとマイナンが持っていた日記帳です」 ルビーは掌(テノヒラ)サイズの日記をズボンのポケットから取り出して見せた。 それは確かにあの時見た古びた日記帳に間違いないようだった。 「すてられ船でも一度見ましたが、読んでみると、2匹の主人の日記で、その人は『探知機』の開発者だった。藍色の宝珠と紅色の宝珠のありかを探り当てる『探知機』の…!!」 父譲りの紅い瞳が鋭く光る。 ルビーだけではなく、ユキもだ。最も、ユキはあの時 あれが切っ掛けであの変態マグマ団員にストーカーされる羽目になったのだ。 『……オレさ』 『キミに一目惚れしたみたい』 ガンッ、ガンッ、ガンッ。 ふとした弾みで思い出してしまった、あの魔の言葉を頭から吐き出すように寄りかかっていた木に頭を打ち付ける。 今は大事な大事な話をしているんだ、出てけ、出てけ、と顔を真っ赤にしながら唱えた。 一瞬、ルビーもアダンもユキの唐突の奇行にギョッとしていたが、振り返ったユキがかなり無理して笑みを作っていたので、彼女の為にも気にしない事にした。 「こほん……おそらく彼も宝珠を研究し、宝珠を求める1人の科学者だったんでしょう。日記の中に宝珠について彼が調べたたくさんの事実が書かれていました。 『宝珠には超古代ポケモン、カイオーガとグラードンを活性化させたり、沈静化させたりする力がある事』。『その力を発動するには「命ずる人間」が必要な事』」 パラリ、と手帳を捲(メク)り、その紅い瞳をまたギラリと光らせた。 ……ここからが、大切な所だ。 「『宝珠と「命ずる人間」が一体化してしまう事』。…そして、『宝珠の方が「命ずる人間」を選ぶ場合もある事』…!!」 「……」 しかし、アダンは黙ったまま。 傍(カタワ)らのラブカスも無表情でルビーを見つめているようだった。 「ボクたちの最大の攻撃で2つの宝珠が、マツブサ、アオギリの体外に出たと大師匠はおっしゃいましたよね? でも、その後宝珠はどうなったのか教えてくれなかった。 だから日記を読んでボクは考えたんです。外に出た宝珠はそこで次の『命ずる人間(トレーナー)』を求めたんじゃないか…と。それは一番手近にいた…、ボクら2人だったんじゃないかって」 あの時、色々な衝撃が襲って来ていたから、その衝撃に混じって宝珠が自分達の体に取り込まれたなんて、ちっとも気づかなかった。 「僕も手近にはいたけれど、僕はある種、既に一つの宝珠を持った状態。だからルビーとサファイアの方に行った、と」 ユキは首にかけていたそのネックレスを掴んで、アダンに見せるように上に掲げた。 ネックレスについた虹色の宝珠は、まるでルビーとサファイアの体にある紅と藍の宝珠に反応するかのように輝きを放っていた。 ユキの場合、日記帳を見る前にこのネックレスを見た事により、まさか、と思って気になった訳だ。 ルビーはユキの方を見ていた体をアダンへ戻し、また話し始めた。 「予想は当たりました。このマボロシ島で特訓している中でゆっくり浮び上がってきた手の甲の紋…! 海底洞窟でマツブサ、アオギリの体に浮かんでいたのと同じ紋だ!!」 ルビーが手の甲に浮び上がった紋を見つめてそう言うと、アダンは今まで硬くしていた表情を一気に緩め、またいつものように拍手をし始めた。 「ブラボー!! キミの考えはほとんど正しい! 論理的思考だ!!」 いきなり軽い調子になったアダンに、ルビーとユキは唖然とし、それからムッとした顔付きになる。 「ふ、ふざけてごまかさないでください、大師匠!!」 「別にふざけてなどいない」 ルビーが抗議すると、アダンは口元に笑みを作りながらも、目付きは真剣だった。 それがわかった二人は詰め寄っていた身を少し引く。 「そこまで自分で気づいたのなら分かるだろう? 私がキミたちに指導している『精神の特訓』の意味もね」 髭を弄りながら得意気な顔をするアダンに、ルビーが「え!?」と声をあげた。 その様子を見た限り、ルビーはその意味は流石に分かっていなかったようだ。 「さ、それでは特訓の続きを始めるか」 ルビーに考える時間すら与えないかのように、アダンはそう切り返した。 「今、ここで宝珠を体外に出すことを強く思いたまえ。 ZUZU、NANA、COCO、POPOもルビーに気持ちを合わせ、共に念じてみるんだ」 ポケモン達は突然アダンにそんな事を言われた物だから、一瞬キョトンとしたが、言われた通りにルビーの側に寄り添い、目を瞑って念じ始めた。 「……」 ユキもルビーに目を集中させる。 中に取り込まれた宝珠を体外に出す、なんて言葉にすれば簡単だが、実際はかなり大変な事に違いない。 「…っぅ!」 やがてルビーに、傍目(ハタメ)で分かる位の衝撃が走る。 「くああ…」 ドクン、ドクン、と血流が流れ、心臓が早足に駆ける。ルビーは自分の体が圧迫されるような感覚に襲われた。 それを見ているユキの手の平にも汗が滲み、ほんの少し恐ろしさを感じる。 すると、ルビーの左の掌(テノヒラ)から紅い光りを放つ宝珠が徐々に出始めた。 「…う…ぐ!」 「いいぞ!! もうすぐ宝珠(タマ)を完全に支配できる!!」 それはルビー自身も感じているのか、左手首を右の手で力強く掴み、まるで衝撃の走る左手を支えるかのような体勢で踏ん張る。 「くあ!!」 そして、血管が浮き出す程に力の入った左の手から、紅い宝珠は完全に外へと飛び出した。 ルビーはその紅い宝珠をキャッチし、脱力からか体を前のめりにして息を荒らげる。 「ハァ…ハァ…大師匠…!!」 「よくやったぞ! これがこの島での特訓の真の意味だよ、ルビー!!」 嬉しそうに、アダンは両手を広げ、それからポケットから小さな砂時計を取り出した。 その上下にはサンドの人形が付いていて、なんとも可愛らしい砂時計だった。 「特訓に使える猶予はこの島の時間の流れで残り一日ほど。その後に訪れる『外界の時間の流れが同調(シンクロ)する瞬間』を狙い、ルネに戻る。 戻ったら、キミが行う事はただひとつ。サファイアと2人で宝珠を持ち、カイオーガ、グラードンに命ずる」 ユキが、残り一日という言葉に、やはりか、と思いながらもより一層実感するリミットに焦燥感をひしひしと感じる。 軽く滲む冷や汗を拭い取る中、アダンはスッと広げた手を突き出して、その瞳を細くした。 「制止せよ、と。それだけだ」 短く告げられた言葉が、不思議と心に響く。 心無しか、首のネックレスが鈍く光った気さえする。 「ただし! そこで気持ちの弱い者は、宝珠を通して流れ込んでくるカイオーガ、グラードンの力に飲み込まれてしまう。 マツブサやアオギリのように…」 「…そうですね」 「……」 手の上にある紅い宝珠を見つめながら、まるでそれをマツブサが持っていた時の事を思い出すかのようにルビーは柳眉を寄せた。 そんなルビーを、アダンは静かに見つめた。 「ルビー」 自分の名前が呼ばれると、俯いていた顔をパッと上げた。 「キミは、たまたま近くにいたから宝珠が自分達に入ったと言ったが、…果たしてそうだろうか?」 ルビーはアダンが何を言いたいのか分かりかねるのか、依然として眉根を寄せながら微かに首を傾げた。 「宝珠がキミ達を選んだ事は、偶然ではなく必然だった。私はそう考えている。 キミもサファイアも、ポケモントレーナーとして、ホウエン最強という訳ではない。強さだけならキミ達よりジムリーダーの方が強い! 四天王はさらに強い!! さらに四天王より強い新旧チャンピオンがあの場にいたのに、宝珠はキミ達を選んだのだ。要するに、キミ達がこの役目を果たすのに相応しいトレーナーだから、選ばれたんだよ!!」 アダンがそう言った時、ユキは視線を落とし、ルビーは冷や汗をかいていた。 ただ、ルビーの場合、宝珠を出した時の汗が残っていたのか、はたまた、言われた事によってかいた汗なのかは分からないが。 「黙っていた事は詫びよう。だが、始めから話してしまっていたら『宝珠を体外に出す』、その思いばかりが心を支配してしまう。そうなると、かえって上手くいかなくなるのだ、こういう事はな」 もっともな事を言ってからアダンは改めて二人の兄弟を横目で見た。やはり二人共、複雑な表情だった。 「…。少し休憩して、また始めるぞ。キミ達も、わずかでも休みたまえ」 くるりと踵を返し、アダンはラブカス数匹を引き連れてその場を去った。 後に残ったのは沈黙と、ユキの本当に小さな溜め息だった。 ←|→ [ back ] ×
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