相棒であるブースターの更なる火力アップを目指し、 厚い脂肪≠持つトドゼルガを相手にして特訓していた時だった。 アダンがいつものように手を叩き、胡散臭い笑みを湛(タタ)えて近寄ってきたのだ。 訝しく思っていると、アダンは「次は私の受け持つ授業だ」と言い放った。 「場所を移して、第2の課題。 精神の特訓なんて一体何の為に、と眉根を寄せるが、アダンは無理矢理ユキを引っ張って泉まで連れてこられた。 勿論、先にルビーとサファイアが到着していた。 なんだかマボロシ島で目覚めた時を思い出し、また出遅れたみたいで凄く不満だった。 「手持ちのポケモンたち全員と一緒に、じっとこの泉を見つめてごらん」 手持ち全員、と言われてユキは改めて脇にいる手持ちを確認した。……五匹、だ。 アブソルは今頃マリとダイの側にいる。 きっとあのしっかり者のアブソルなら大丈夫だろうが、さすがに会ってない時間が長すぎてかなり寂しい。 逆にアブソルはなんとも思ってなさそうで悔しいが。 「ユキ、泉を見なきゃ」 「そ、そうだった」 うっかりアブソルの事を考えてしまって、泉を見るのを忘れていた。慌てて泉を見つめる。 しかし、ユキに注意したルビーもまた、自分の手持ちに空白がある事を痛感させられたのか、一瞬だけ手持ちの方を見てから泉に目を向けた。 「特訓で高まった心と体を静かに…落ち着けて…、落ち着けて…。ゆっくり…水の波紋を見ながら…、心をからっぽにするんだ…」 不思議と、水の波紋を見ていると心が安らいで、自然と心をからっぽにする事ができた。 「その状態で…、まずはルビー。 私の右手か左手、どちらかにコインが入っている。入っている方を直感で選んでみたまえ」 アダンはルビーに両手で拳を作り、突き出した。 一見、どちらに入っているかなんて分からない。 「……、…左」 「ハズレ」 両手を広げ、実際には右に入っていて、尚且つ実はどっちにも入っていなかった、とか、どっちにも入っていたとかいう事は有り得ないようだ(当たり前だ)。 「もう一度」 「右」 「正解、もう一度」 「右」 「ハズレ、もう一度」 「左」 「ハズレ、もう一度」 結局、ルビーは6回やって2回正解した。大体、三分の一の割合で当たった。 「次はサファイアだ」 「右」 「正解」 「左」 「正解」 「右」 「正解」 流石は野生児。野生のカンなのか、6回やって6回正解という素晴らしい結果だった。 「うん、いいぞ。直感力はサファイアの方が断然いいみたいだな。最後はユキだ」 また僕が最後か、と思いながら先の二人の時と同じく、アダンが突き出す拳を見つめる。 「……………………ダメだ」 『?』 右と左を見比べながら、ユキがそう声をあげると、三人は不思議そうにする。 ダメだ、というのは分からない、という事だろうか。しかし、直感的に選んでみたまえというのにこれでは趣旨が違うような。 「直感で選ぶだけでいいんだぞ?」 「……違います、それが 出来ない≠です」 「……もしかして、ユキ」 「うん。ミ≠ヲちゃうんだよね、どっちに入ってるか」 確かに、 物理的にミ≠ヲてしまうのなら、直感的とは言い難いかもしれないが、 「でも別にその拳が透けてるように見えてる訳じゃないんだろう?」 「まぁね。でもサファイアの場合は、カンが当たった感じで、僕のはそれなりの確証があっての事なんだ」 「こっちかな?」ではなく「あ、こっちだ」という感じらしい。 相変わらずユキの眼は不思議だ。 「まあ、それも一つの実力。キミには直感力は必要無いという事だな」 「うーん、果たしてそういう事なのか……」 ふ、と笑いながら言うアダンに、納得いかない様子のユキは腕を組んで悩み込む。 「あ、あの、それで、この特訓は何のためにしとると?」 今までずっと気になっていて、今のままだと聞く機会を逃すと思い、サファイアが思い切ったように尋ねた。 「カンタンなこと、心を研ぎ澄ますためだ。 戦いの中では瞬間的な判断をしなければならない事が多い。理屈ではなく、『これだ』と感じて行動する必要がある。とはいえ、感情に左右されてパニックになってしまうことも避けなければならない」 すぐにアダンの言葉に引っ掛かりを感じて、ユキはアダンを ミ≠ス。 だが、洞察力が良くて目が利くと言っても、流石に心中だけは見えなかった。 ユキがまじまじと見つめている中、アダンは心臓の位置に手を置いた。 「私はこの訓練で、キミたちのハートを強く鍛えてあげたいのだ」 苛立たしい位の輝きを放つアダンは、次の瞬間にはその輝きは消えて、サファイアを気の抜けたような目で見ていた。 サファイアはうつらうつらと舟を漕いでいたのだ。 「サファイア、サファイア」 「……うーん?」 「オホン!」 「…はっ!! す、すまんち!! なんか急に眠くなってしまったと!」 「この泉の水は精神をリラックスさせる力があるから、その影響かもしれないな」 しかし、アダンは自分が良い事を言っていた時に眠られてしまったので、かなり気が抜けてしまったようだった。 「無理する事はない。少し休みたまえ」 「ハ、ハイ」 その言葉に甘え、サファイアは近くの大きな木の上で眠る事にした。 ユキはその木の真下に寄りかかって、泉の前にいるルビーとアダンを見つめていた。 しばらく二人の間には沈黙がただ流れ、聞こえるのはサファイアの寝息と風の音だった。 「大師匠」 「ん?」 どの位の時間が流れていただろうか。 思い出せない位の沈黙を破ったのは、ルビーだった。 「あなたの言葉には説得力があって、ひとつひとつにうなずけます。ここであなたやフウさん、ランさんから受ける特訓で自分の力が高まっていくのもわかります。なによりも…、師匠の師匠というだけでボクには無条件に尊敬できる人です」 しかし、ルビーは言葉を一回区切り、「…ただ!!」と突然声を張り上げた。 「ただ?」 アダンは、何が言いたいのか大体の想像がついているのか、横目だけでルビーを見据えた。その紫色の瞳が妖しく光る。 笑みを浮かべていたルビーの表情も、いつの間にか影が差していた。 「ひとつだけ腹立たしく思っている事があります」 「ほう! 何かね? 言ってみたまえ」 アダンにいつものような笑みはない。 ルビーが真剣だからこそ、真剣に受け止めているのがよくわかる。 「知っているのに、あえてボクら3人には秘密にしている事がありますよね」 そう言いながらルビーは嵌(ハ)めていた手袋をゆっくりと外していく。 ユキはその時点で深く眉根を寄せるが、ルビーが次の瞬間に手の甲をアダンに見せた時、想像が現実に確証となって現れ、思わず服の上からペンダントを握った。 「2つの宝珠(タマ)がボクと彼女の体内にある事を!! マツブサ、アオギリの中から追い出された宝珠(タマ)は今、ボクたちの体の中に入ってるんですよね!?」 ユキの握った虹色の石がついたペンダントが一段と光を増した 洞察力 (知りすぎた瞳) 20141213 ←|→ [ back ] ×
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