「 ねぇ、サファイア。キミはもしかして  




† † †




「うーん……」

ユキは手頃な巨大な岩の上で足を綺麗に組みながら、手を顎に当てて考え込んでいた。

側にいたブースターもそんな主人を見て不思議そうに首を傾げていると、そのふわふわな体が誰かから持ち上げられる。

俯いている姿勢ではあったが、ブースターがちゃんと視界にはいっていたので、急に視界から外れた事に驚いて顔を上げた。

「なにをそんなに唸ってるんだい?」

やはり、というか、兄だった。

「……」

ちらり、と向こう側を見ると、ルビーもそれに倣(ナラ)って向こう側を見る。

すると、ルビーにとって意外な人物が犯人だったらしく、信じられないというように顔をまたこちらに戻した。

「……………まさか、サファイア?」
「……まぁね。きっとルビーも頭を悩ませる事になるさ」
「どういう意味?」
「いつか分かるよ」

ふぅ……と遠い目をしながら息を吐くユキ。

さっぱり分からない妹の態度に、ルビーは訝(イブカ)しげに首を捻った。

まぁ、ユキがこうやって何かをはぐらかしたように意味深な笑みを浮かべて曖昧な言葉を並べるのは珍しくも無いから、特に詮索をしようとは思わないが。

「……それに、それだけじゃ無いんだ……」

眉間に皺を寄せ、胸元の少し上に手を添える。

ルビーはその事にはピンと来たのか、ユキと同じ顔をして微かに俯いた。

「……今は、とりあえず特訓するしか無いよね」

そう、先日からルビー、サファイア、ユキ、三人の最後の特訓が始まっている。

指導するのはアダン。……そして、フウとランの三人のジムリーダー。

このマボロシ島は、外界とは時間(トキ)の流れが異なる不思議な場所であった。

ルビーとサファイアがここで三日ほど意識を失っている間に外界では21日が過ぎていたという。更に一日遅れてユキが目を覚ました時には外界ではなんと28日が過ぎていた。

だが、マボロシ島の時間(トキ)の流れはただ速くなっているだけではなく、常に変化していた。

潮の満ち干きのように……。

現在はマボロシ島で7日間特訓しても外界では一日しか経過していないという、意識を失っていた間とは真逆の状態になっていたのである。

時間(トキ)の流れが極端に速くなったり遅くなったりを、交互に繰り返すマボロシ島。

その流れが外界の時間(トキ)の流れとぴたりと重なったその瞬間にマボロシ島は姿を現し、出入りが可能になるらしい。

この事実を聞いた時、ルビーもサファイアもユキも驚いてしまった。

……けれど、

(アダンさん達の様子を ミ る限り、その時間の流れがまた切り替わるのは近い……)

という事は、この少しでも特訓出来る時間は貴重だ。

ごちゃごちゃ考えるより先に特訓を積むのが、今は得策であろう。

「確か、次はルビーとサファイアのダブルバトルだろう? 多分、今頃サファイアが待ちきれなくて先に初めちゃってるんじゃないかい?」
「……違いないね」

張り切った様子で先に特訓を始めてしまっている野生児の姿を想像してクスクスと笑うと、ルビーも同じ光景が過(ヨ)ぎったのか、優しい表情で笑った。

(……)

そんなルビーの優しい表情を見るのはなんだか久々だと思い、腹の中でひっそりとニヤニヤしてしまう。

「って事で、早く行ってあげなよ」
「そうするよ」
「あ、ルビー」

踵(キビス)を返していつもの特訓場所に向かおうとするルビーの服を、なんとか掴んで止めさせる。

「なんだい?」
「忘れ物」

今の今までユキの膝の上に乗ってじゃれていた紅い物体を引きはがし、ルビーに突き付けた。

なぜなら、今では特訓するのに必須だから。

「……本当にこのプラスルはユキに懐いてるね」
「このプラスル、あの時捨てられ船にいたプラスルと同一のポケモンか疑うよ……」

あの時の態度と全く違うんだけど、と複雑な表情を浮かべながらプラスルを見つめる。

  驚いた事実は、マボロシ島の時間の事だけでなく、このプラスルと今サファイアのところにいるであろうマイナンがこのマボロシ島に来ていた事もあった。

最初に気付いたのは、 気配に聡(サト)いランだった。

自分達以外にこの島に入り込んだポケモンか人がいるような、という言葉で少し辺りを見てみる事にしたのだ。

すると、すぐに木の実の影からプラスルとマイナンは見つかった。

どうして二匹がこのマボロシ島に迷い込んだのかは分からないが、ダブルバトルにはコンビで戦えるポケモンが大きい戦力になるという事で紅のプラスルは紅色の瞳を携えるルビーが、藍のマイナンは藍色の瞳を携えるサファイアが手元に置く事にした。

ついでに言えば、プラスルとマイナンは捨てられ船の事があったからか、ユキのピカチュウとも仲が良くて三人で戦う戦力にもなっている。

「さて、今度こそ行ってらっしゃい」
「あ、うん」

ポスン、とプラスルをルビーの腕の中に入れて、その見た目ではわからないようながっしりとした背中を乱暴に押してやる。

大切な親友を待ちぼうけにするなんて、例え兄であろうと許さない。

すると、ルビーはやれやれという顔をしながら  しかし満更でも無さそうだ  歩みを速め、こちらに向けて手を振った。

ルビーが見えなくなった頃、ユキは盛大に溜め息を吐いた。

「……ホント、びっくりするよ、その内」







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