「チャビィ!」 ユキは声を張り上げた。 目の前には、ブースターの火で燃え上がった樹木。対して、ユキが呼んだポケモンは 相性は確実に悪い。炎はどうしたって氷で消える事は無い。 しかし、 「吹雪=I 」 彼女のトドクラーの 吹雪 はそんな常識が通用しないかのように、燃え盛る樹木を氷漬けにしていく。 それは相当な威力を表していて、トドクラーはドヤァとしてみせる。 ユキは、そのトドクラーのドヤ顔さえ愛しくて、間髪入れずに抱き締めた。 「great!」 するとトドクラーは恥ずかしいのか、ジタバタと足掻き始めた。 逃がすまいと力強く抱き締めた時、亜麻色の髪が目に入って来てそちらを見ると、そこには地べたで胡座をかくサファイアが口をあんぐり開けていた。 「うはー……すごかー……」 「わっ! サ、サファイア、いつからいたんだい!?」 「ずっといたとよ? ばってん、ユキが真剣やったけん。声ばかけんでいたとよ」 「ず、ずっと……」 無垢な瞳をパチクリさせながらサファイアが言えば、ユキは恥ずかしくなって後ずさった。 何がそんなに恥ずかしかったのかと言われれば、トドクラーを抱き締めていた事では無く、本気のバトル練習を見られた事だ。 一緒に戦う分にはまだ恥ずかしくは無いのだが、流石に一人で真剣にやっていた所を見られたら恥ずかしい事この上無い。 「なにか用かい?」 ごく自然に話を反らすと、案の定サファイアは上手く誘導され、思い出したように手をぽんっと叩いた。 「そうったい! 次の特訓はユキとあたしでタッグバトルばすると! やけん、呼びに来たとこだったと」 「それなら丁度いいや」 「?」 何が、というように目をしばたかせるサファイアをよそに、ユキは爽やかな笑みを浮かべる。 「サファイア。手伝ってくれるよね?」 † † † 手袋をキュッと引っ張ると皺が伸びて、自分の気持ちまで伸びやかになる。 ユキは、紅い瞳を光らせ、余裕の笑みを浮かべた。 その視線の先には、トクサネシティジムリーダーのフウとラン、そして二人が率いる太陽(ソルロック)と月(ルナトーン)。 隣には真剣な顔をしたサファイア。その表情からは隠し切れない緊張が見て取れた。 『毎回、どこを重点的に鍛えるのか、とか作戦を練ってきたけど、今回、作戦は無い』 ここに来る前に、ユキから言われた言葉がサファイアの頭の中でリフレインされた。 彼女は自分よりも一回り小さく、見上げている形にも関わらず、その鋭い紅い瞳と真剣な声に気圧されたのをはっきり覚えている。 『今回は 紅い瞳が、光った。 そして、その光を見た瞬間に悟った。 だから最終段階に入ったのだ、と。サファイアは考えるだけでも身が縮まる思いだった。 震えてくる自分の情けない体を軽く抱き締めると、微かに左手に温もりを感じる。……ユキの小さな手だ。 「大丈夫だから。……ね?」 幼い体格からは考えられないようなユキの大人びた声色に、サファイアは安心感を覚えていた。 自分よりも幾分か小さめのその手を握り返し、自然と柔らかい笑みを浮かべる。 「……ありがと、ったい」 「どういたしまして、ったい」 サファイアの訛りを真似るユキ。 ホウエンの訛りなんてよく分からないはずなのに、サファイアから聞いただけで上手く訛れている彼女は流石としか言いようが無い。 ……いつの間にか、サファイアの緊張は解れていた。 身の縮まる感覚は無くなり、震えていた体も収まっていた。 なんだかユキには助けられてばかりだ。そう思った瞬間に、サファイアの表情はいつも以上に真剣な物となっていた。 「今度は、あたしがユキを支えるけん!」 一瞬、ユキは意表を突かれたように目を見開かせたが、すぐに淡く微笑み返してから紅い瞳を光らせて目の前のジムリーダーを見据えた。 そして、顔を合わせるなり、 「今日は本気で勝ちにいきますから」 と素晴らしい笑顔(ただし真っ黒な)で言い放った。 正直それについてはサファイアも驚いてしまった。 ルビーといい、ユキといい、いきなりとんでもない行動にでたりして、心臓に悪い。 少しはこちらの身にもなって頂きたいものだ。 ユキの言葉を聞いて、半ば硬直していたフウとランはハッとして、また臨戦態勢を作った。 「……やれるものなら」 「やってみなさい!」 そう力強く言ったフウとランの動きに合わせて、ソルロックとルナトーンが動き出す。 さて、そろそろか。 そんな事を思いながら、ユキはサファイアと目を合わせ、頷いた。 二人が息ぴったりにボールを投げ、そこから出てきたポケモンを見てフウとランは目を疑った。 「トドゼルガ……!?」 ユキのボールから出てきたポケモンは、トドクラーではなく、牙が立派なポケモン 昨日は確かにトドクラーだったというのに、いつの間に進化していたのだ。 そんな二人の表情を読み取ってか、ユキはクスリと笑ってトドゼルガの頭を撫でる。 「おやおや。ジムリーダー様とあろう者が、ポケモンのレベルを見ても分からないとは吃驚ですね」 明らかに刺々しい口調に、サファイアは唖然としたように汗を垂らし、言われた本人達であるフウとランはプライドに障ったのか、眉間に皺を寄せている。 しかし、それでも言い返せないのが現状である。 だからこそ、幼いジムリーダー二人は尚更悔しい思いでいっぱいだった。 (よ、よかったと? こんな事して……) (ん? ああ……まぁ、こうでもしないとジムリーダー様達は本気を出さないかもしれないからね) (ばってん……) (サファイア) (!?) こんな事をしなくても本気できてくれるんじゃないかと反論しようとした時、自分の名前を呼ばれたと思えば口元に細い人差し指が当てられる。 思わず驚いて猫のように跳ね上がってしまった。 (僕は『頭脳戦』よりも、後先考えてないような無我夢中のバトルの方が、本気を出している感じがするんだよ) (それ、は……) 確かにそう、かもしれない。 納得しかけてしまえば、一気に反論出来なくなってしまい、サファイアは言葉を呑む。 しかし、それにしても……、 「ユキ……っ」 「なに 顔を真っ赤っかにするサファイアを見て、やっと人差し指を離す。 純情な彼女には、ちょっと変わったスキンシップをしてしまうと照れてしまうようだ。 まぁ、きっと誰かさんと自分を重ねてしまっているのだろうが。 「さて、やろうか。サファイア」 「う、うん……!」 せっかく本気で戦闘態勢をとったフウとランを待たせてしまうと思い、視線を前に向き直すと、サファイアも必死に切り替えて前に向き直った。 サファイアが出したポケモンは、トロピウス。 それはユキの指示だった。先程まではなぜトロピウスなのか疑問だったが、今なら納得だ。 彼女は最初からフウとランに本気を出させるつもりだったのだ。 フウとラン、彼女達が本気を出した時は決まってバネブーではなく、自分のパートナーを出してくる。 二人のパートナーはそれぞれソルロックとルナトーン。 尚、二匹のタイプはエスパー・岩。という事は、草タイプのトロピウスが有効だ。 まぁ、フウとランは最初からパートナーを出していたから、ユキの意図に薄々気付いていたのだろうが。 「どうぞ、お先に」 余裕の笑みで攻撃を促すユキに、ランが眉を潜めて拳を握った。 双子とはいえ、プライドの高さは若干異なるようだ。勿論二人のうちで高いのは女であるラン。 「その余裕、いつまでもつかしら?」 ユキの挑発通りに先に攻撃に出るラン。 フウは何も言わなかったが、眉間に寄る皺が怒りを物語っていた。 「ルナトーン!」 「ソルロック!」 『 岩落とし!! 』 流石は双子ジムリーダー。 なんの合図も無いのに息ぴったりに動いて指示を出す。 だが、 「サファイア!」 「うん! とろろ、岩を 吹き飛ばす ったい!」 今までコンビネーションの特訓をしていて、もとより息の合った二人が劣る訳が無かった。 ユキがサファイアの名を呼んだだけで、サファイアはトロピウスに 吹き飛ばし≠使うように指示を出したのはかなりのコンビネーションだった。 「チャビィ!」 今度はユキはトドゼルガの名を呼ぶ。 すると、トドゼルガは目にも止まらぬ速さで自分の進むべき道を凍らせ、手を後ろに動かして氷の上を滑ると、通常の速さの倍以上も素早く移動し、トロピウスが 吹き飛ばし≠ス岩の元へと向かっていく。 そして 「チャビィ、そのまま岩を二匹にreturn! 」 return その言葉通り、トドゼルガが勢い良く岩をヘディングした事により、ルナトーンとソルロックの元へ岩が戻っていく。 「ソ、ソルロック!」 「ルナトーン……!」 二人は予想外の戦法に、目を見開いて自分のポケモンの名前を呼んだ。 つい呼んでしまった訳だが、あわよくばその声に反応してよけてくれ、と願う。 だが、それは叶う事は無く、無惨にもソルロックとルナトーンは自分達が放った岩に叩き付けられてしまった。 「まさか、岩をボールの要領で飛ばしてくるとはね……」 もともと、トドゼルガはタマザラシの頃からボールを操るのが得意だった。 ……いや、正しく言えば『ボールの代わりに丸いものをボールのように操る』のが得意だった。 トドゼルガのチャビィ曰く、ただ単にボールを操るだけでは刺激も無く、在り来たり過ぎてつまらなかったようだ。 それを知った時は、ポケモンにしては捻くれているなと思ったが、今はそれもトドゼルガの『個性』の一つだと思っている。 そして、そんな『個性』も含めてトドゼルガが大好きだという事も。 「さすがだよ、チャビィ! so cool!」 むぎゅぎゅ、と温かいトドゼルガを人目も気にせず抱き締めるユキ。 そんな主人にトドゼルガも満更では無い様子で抱き締められている。タマザラシの頃なら考えられないような光景だ。 タマザラシの頃ならば、抱き締められても恥ずかしそうに嫌がり、抱き締めるユキの体をペチペチ叩くはずだ。 今ではもう慣れてしまったのか、それとも進化をしたから少し大人の余裕が出来たのか。 「……チャンス!」 すかさずカメラを構え、トドゼルガを撮るにあたって一番のベストショットが撮れるであろうアングルを確保する。 「……おうふ」 しかし、すぐにトドゼルガが前足を突き出して阻止してしまう。 そうなのだ。トドゼルガは、唯一写真を撮られる事だけは嫌いなようで、こちらがカメラを構えれば必ずシャッターを押させない ように妨害してくるのだ。 それは今に始まった事ではなく、タマザラシの頃からであり、おかげで今まで作ってきたアルバムの中で唯一『チャビィ』と名前 が書かれた物だけが一枚も埋まっていない。 今までそんなポケモンはいなかったものだから、正直ちょっと動揺している。 「……チッ」 舌打ちをしながらパチンと指を鳴らせば、トドゼルガは勝ち誇った顔でそっぽを向いた。 「ちょっと……私達の事無視してる訳じゃないわよね!?」 「ん? ああ、すいません。そういえば試合(バトル)中でしたっけ? これはうっかり忘れてました」 これでもかという位嫌味たらしく、それでいて軽やかに言えば、双子ジムリーダーの女の子の方が眉間に深い皺を刻んだ。 「……思い知らせてやるわ。ねぇ、フウ?」 「うん」 ザッ、と構えをとる二人は、誰がどう見ても本気を出すように見えた。 もちろんユキもそれを察したのか、目付きをスッと細め、尚且つ楽しげに口元に弧を描いた。 「……待ってました」 ユキは別にフウとランが本気を出しているように見えなかった訳ではない。 寧ろ、本気を出しているのがわかったからこそ、もっとその実力を引き出してみたくなったのだ。 どんなにいつも本気を出したって、怒りの力にはどうしたって劣ってしまう。 それは、馬鹿な父と、馬鹿な兄を見てきた事で培った知識である。 二人の喧嘩は、それはそれは面倒くさ 普段から強い二人だが、その時の二人は手が付けられない。 いつも母か、自分がやっとの事で止めているような状態だ。 しかも、ポケモンは自分の主人の気持ちを汲み取り、自然と闘争本能に火を付けるので通常よりも力を蓄えた状態になる。 実際、今ルナトーンとソルロックは、先程とは雰囲気が違っていて、身体に サイコキネシス≠纏わせているのか薄く紫色のオーラが出ている。 (さぁ、超本気モードの二人はどうくるかな……?) 自然と口元に笑みが浮かぶ。 本人にとっては無意識だが、少なくとも隣で見ていたサファイアにはユキがバトルを楽しんでいるように見えた。 そんなユキを初めて見れて、サファイアは嬉しさを隠しきれなかった。 「……楽しかね!」 「え? ……うん、そう、だね」 ユキは自分が笑みを浮かべていた事に気付いたのか、口元に触れながら少しだけ戸惑っているようだった。 ふと、口元から手を離したかと思えば、ユキはサファイアを見て真っ赤な顔をしながらジトッと睨んだ。 「……サファイア。あからさまにニヤニヤしないでくれ」 「に、ニヤニヤ? あたし、ニヤニヤなんてしてたと?」 「うんそれはもうサファイアの事ならなんだって許せるこの僕が耐えられないと思う位にね」 「あれ!? 怒っとると!?」 いつの間にか彼女の一点の曇りも無かった笑顔に影が差していて、サファイアは恐ろしさに身を縮こませた。 彼女が怒ってしまったら手をつけられなくなってしまう事も、怒った彼女は末恐ろしく、あのルビーでさえ恐怖している事も今までの旅の中で学んだ。 どうにか怒りを鎮められないだろうかと思案していたが、ユキはそれ以上何も言わずに溜め息だけ吐いてそっぽを向いてしまった。 「……いい加減バトルに集中しようか。サファイアは『くれぐれも』こっちを向かないでね」 「う……が、頑張るったい……」 言いながら素直にユキから目を逸らす。 しかしサファイアはチラリと見えてしまった。 されど、ここらが引き際であるのも事実。 今ユキの方を見たら取返しが付かない事態になりかねないし、なによりジムリーダー様がやっと本気の本気を出してくれようという時に巫山戯る訳にもいかない。 サファイアは大人しくトロピウスの後ろ姿を眺めた。 ←|→ [ back ] ×
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