キィ……キィ……。

リナは子供さながらにブランコに乗って漕いでみるが、段々虚しくなって足でブレーキをかけた。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

しかしそれも、人の気配と視界に現れた足で精一杯引っ込めた。

「やあ、お嬢さん。今日はアンニュイだね?」
「……アンタ、空気だけは読めると思ったんだけど。見込み違いかしら」

そんな売り言葉を言われても気にする事無く隣のブランコに座るリュウ。

「おー、ブランコなんて何年振りかなー」

口に笑みを浮かべて、楽しげに立ち漕ぎをするリュウに、眉を潜めてリナは苛立った口調で言った。

「ちょっとアンタ、どういうつもり?」

その言葉に反応してか、リュウは漕ぐのを止めてリナの方を向いた。
まだ何も言わないリュウに、リナは早口になる。

リナ自信も、なぜこんなに苛立っているのかわからない。

「今忙しいからアンタなんかの相手なんかしてらんないんだけど」

ほとんどブランコが動かなかった頃に、リュウは少し息を吐いて正面を見つめた。

「……放っとけなかったんだよ」
「!」

思わぬ言葉にリナのつり目が見開かれた。

それからまた、リュウはリナの方に向き直った。
とても哀しそうな顔だった。

「捨てられた仔犬(ガーディ)みたいにしょげてるのを見たら、放っとけるわけ無いだろ」

リナの身体が微かに、小刻みに震えた。

「わっ、わたしを仔犬と一緒にしないでっ!」

顔を赤らめて言うと、わずかに顔が柔らかくなった。
なんだかその事に安心してしまうなんてリナは自分らしくも無いと自嘲した。

「同じさ。いつも仔犬みたいにきゃんきゃん喧嘩売って、時折耳を垂らして寂しそうにする」

寂しそうに? わたしが?

リナは信じられないと言った面持ちでリュウを見つめた。
その反応に苦笑するリュウ。それでも想定範囲内だ。

「オレはそういう捨てられたポケモンに弱いんでね」
「……ふ、フンッ。ロケット団だったクセに」
「まぁ、それは色々事情があるんだよ」

「ふーん」とどうでもいいというように相槌するリナ。
いつの間にか普通に接してる。
さっきのように棘がある言い方でなく、いつも通りの普通の会話。

「で、なんでアンニュイだったんだよ」
「……」

いつもだったら、

「アンタに関係無い」

くらいの事は言っていたが、リュウのあの哀しそうな顔を思い出したら、話してみようかななんて思ってしまった。

「……今家に『レッドくん』が来てるのよ」
「あー、成る程ね。ハイハイ」

そのたった一言で状況把握できたリュウは、微妙な顔で幾度かうなずいた。

ルナという姉相手だとキャラが変わるシスコン紛いのリナなら、あの天然イチャコラカップルのやり取りを見たら、アンニュイになるのは当然だろう。
実際、リュウがそうだった。

「邪魔しようとしたけどさ」
「それすらも躊躇う位入っていけない状況だったと」
「……まぁ」

リュウも経験したのか、確信した口調でリナが言おうとした事をまんまに言った。

「オレもそういう時があった。その時、思ったんだ。『嗚呼、あの眩しい神聖なところに、オレは踏み込んじゃいけないんだな』ってさ」

それはまるで、自分だけが神聖でない存在だと言っているようだった。
自分は暗くて日の当たらない、誰の目にもつかない場所の人間なのだと。

リナはリュウの言葉に、そう悟ったが言わなかった。
それにリュウは、そういう事に悟い自分に言ったら、その言葉の意味を理解すると知って言っているのだから深入りは不要だと思った。

それとその言葉に自分と通じるものを感じたから。

「まぁ、二人に悪気は無いんだけどな」
「……それはわかる。わたしにも気を使ってる事も」

それがどうしようもなく居たたまれなくて、リナは公園へと逃げ出した訳だった。

「だから、しばらく帰りたくないのよね」

ふぅ、と軽く溜め息を点く。
それでも少しは気持ちが軽くなっていた。リュウに話したからだろうか。

「オレがしばらく相手してあげようか?」
「遠慮しとく」

「あ、やっぱり?」リュウはおどけて言ってみせる。

「──と言いたいところだけど、アンタが一人でブランコなんて恥ずかしいでしょうから付き合ってあげる」

いままで見たことが無いリナの笑顔に目を丸くするが、リュウもまた優しく笑い返した。


帰りたくない
(でもアンタがいるなら)
(悪くないかもね)



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